2009年12月28日月曜日

wrap up of the game


カトマンズ渓谷のスイス人サイトマネジャーからseasonal greetingが届いた。
やっぱり建築家は絵がうまいからかっこええのや


おそらく今年最後のエントリなので、ハイライトで一年を振り返ります。

反省(reflection)

今年は短かったけれどいろいろな出会いと展開があった年だった。
結果的に上手く繋がって来年以降の進路は決まったから良かったです。
年始に、mixi日記に悲喜交々の一年になるだろうって書いたけど実際悲喜交々の一年でした。
とりあえずお世話になった皆さんは一年間ありがとうございました。
来年もよろしくぅ


<1月>
・3回生修業。講読の最後の授業で、一緒だった生命科学研究科の院生の人に新規のSTS勉強会に誘われ、参加することになる。この勉強会きっかけでいろいろな人に出会い、進路も展開した。
・なんとなく進学を心に決めつつ、まだまだ就活

<2月>
・オーストラリアから高1のときのホストファミリーが京都に遊びにくる。すごく懐かしかった&楽しかった。
・サマリタン追いコン。実は一発芸コーナーでベース×ループステーション芸をこの時点で人前初披露していた。号泣して飲みまくったらしく、今年の二日酔いワーストはこのとき記録。
・ネパールはカトマンズに国際シンポジウムの手伝いでついていく。美しい国でした。素晴らしいものをたくさん見て、素晴らしい人との出会いがたくさんあった。凄くタフな11日間だったが、それだけに最終日の打ち上げの酒は最高にうまかったです。

<3月>
・STS勉強会で扱っているテキストの著者である阪大のHirakawa先生と会う。その深い学識とユルい人柄に魅かれてしまい、STS業界に完全に吸引された。この時点ではSTS方面に進むか迷っていたので進路の相談にも乗ってもらったりする。
・卒論の構想をIseda先生に話してみる。進路相談に乗ってもらい、東大のFujigaki研を紹介してもらう。
・ジャズ系春合宿最終日だけ参加。豪雪で脱輪しかかりつつもかねいちやにたどり着く。なぜか発表会でみっきー&みさっきー&やまぐちっきーよとConfirmationをセッション。
・アポをとり、東大のFujigaki先生を訪ねる。修士でSTS研究をやることを決めた。就活から完全に足を洗い、院試勉強を本格化させました。
・STS Network Japanの研究発表会にお邪魔する。阪大のNakamuraさんやFujigaki研のEmaさんなどSTS業界の人々と会い、色々話を聞いてもらえた。

<4月>
・4回生はじまる。履修登録ミスによる専門単位の取りこぼし発覚。前期は院試に向けた勉強×取りこぼし分回収×卒論という忙しい生活を強いられることになってもた。
・ジャズ系コンボライブ。ループステーション芸。確かな手応え。出来:85点
・北白川教会の平日の早朝ミサに通うようになった。このころは毎朝6時起きのアスリートのような生活でした。
・22さいになりました。ぞろ目いえい

<5月>
・ダークブルーニューサウンズオーケストラ初ライブのコンボ枠で演奏。エリントンの曲をたくさんやりました。出来:65点
・イケメンドラマー丸さんを囲む会。後にシリーズ化される会合の記念すべき第一回であった。
・京都生活4年目にして東京出張帰りの父が初めて京都にやってくる。先斗町の焼き鳥屋行った。高かった割に店主が若干ウザかった。
・ジャズ系新歓ライブ。「しげるクインテット」と「ハシモトハシモト」で出演。ハシモトハシモトはぶちかましたぜぇい!今年最高のライブ。出来:95点
・京大の国際交流プログラムでやってきているシンガポール国立大学の学生30人くらいを相手にしたバンケットになぜか参加。シンガポール人の知り合いがよけい増えた。タダ飯、うます。
・レッドデイアウトで「イケないお医者さんズ」とともに演奏。Dr.Feelgoodというロケンローバンドのコピーに初挑戦しました。難しかったーけど、キャベやトミーと仲良くなれたのは良かったです。出来:73てん

<6月>
・卒論中間発表1回目。そこそこ凹まされ、そこそこ励まされる。新しく得た構想のもとに調査を本格化させた。
・丸さんと肉の会。あじぇ
・丸山バキルーハン綾子の企画するLiving Libraryというイベントに通訳として参加。ジェンダーマイノリティ当事者や視覚障害者など、なかなか普段は話す機会がないような人々と会えてよかった。バキルーハンgj
・STS Network Japan研究発表会ふたたび。阪大CSCDのYamauchiさんに卒論の相談など乗ってもらう。

<7月>
・インキョカフェでライブ。ループステーション芸。前回ほどのインパクトはなかったかもしれん。出来:70点
・Fujigaki先生のコネで第四期科学技術基本法の特別委員会を傍聴させてもらえることになり、文科省へ。ほかのことでも考えていたのか、なぜか内容をあまり覚えていない。つまらんかった気もする。
・ギリギリで院試出願。もちろんFujigaki研一本で
・大好きな彼女と別れる。自分の運んでいる十字架が思ったより重いことを知った。Farewell, my love.
・卒論に向けた社会調査とドキュメントレビューを開始。。
・アルコール依存症→悪化
・『フレンズ』依存症→末期
・なみなみ会発足

<8月>
・高校からの友人数名が京都にやってくる。飲み会をした。
・長期帰省し、勉強に明け、暮れる。
・本ブログを開設。
・東京に乗り込み院試一次試験。前日にダークとロスガラのライブを見た。
・立命館大学の文化遺産防災国際研修2009がはじまった。

<9月>
・院試二次試験。
・文化遺産防災学国際研修の後半戦でふたたびネパールへ。いろいろな現地のスタッフや先生方と再会。卒論のための調査もいろいろやる。帰国日の朝、2月には忙しすぎてみれなかったヒマラヤを見に行く。かんどぉおおおおお!!!
・Fujigaki研究室合格。おそらくこれが今年一番のグッドニューズってことになるのかなー。
・シンガポール〜オーストラリアを2週間かけて傷心旅行。もとい豪遊。懐かしい面々と集結して人生の素晴らしさを称揚しあった。

<10月>
・p-wave.labでジャズパーティ2009&オト回廊に出演。かなりチャレンジングだったけど楽しかったし、プレイヤー冥利的にもそこそこ満足できた。自己評価:それぞれ55点、88点
・卒論中間発表2回目。まずまずの手応え。しかし相変わらず話が長いとか言われる。
・丸さんと魚の会。
・ひたすらだらだら

<11月>
・マッカー(本当の自分)デビュー!
・ぷれすてを買ってゲーマーと化す。アルコール依存の治療の一環として。
・NF。久々に音楽ばっかやれて幸せでした。

<12月>
・丸さんと鍋の会。
・長野県松本市まで小旅行。物損事故発生サーセンしたw
・Jazz系定期演奏会。「ハシモトハシモト」で出演。出来:75点
・クリスマスイーブはタテノリ絶叫セッション@高槻BIRD。相変わらずの超ハイレベルで自分の未熟さをふたたび痛感。。でもたくさん良いグルーヴを吸収できたし、凄腕音楽家たちと知り合えたし最高でした。


来年への抱負はありません。
とにかく皆さん良いお年を。そしてたくさんの愛を〜

2009年12月15日火曜日

交霊術と一般意志について

真の教養人を目指すべく、あいかわらずフロイト著作集を読んでいるのですが(現実逃避ともいう)、ついにかの有名な「無気味なもの」という論文に達し、そこにおいてフロイトも交霊術に言及していたことをはじめて知りました。

当然、ネイティブ・アメリカンがタバコの煙を使ってやってるやつとは違うもののことだろうけども。

フロイトは交霊術を通して、思考の非本質的な力能がどのようにして人を不安にさせるようなかたちをとるのかを説明しています。

フロイトによると、「思考が外的で、実践的で、直ちに有効な能力を有すると感じている病人は、人から条件を与えられたり打ち負かされたりするのではないかと絶えず懸念している」とされている。

この同じ状況がまた、交霊術においても引き起こされるものらしい。
交霊術が行われる場では、あらゆる個的な特徴を無効にするようなひとつの融合的な関係の中に、参加者全員が一同に押し込められることになるからです。

で、これって実は最近やたらあずまんたちが言ってる「一般意志/集合知」の発想に警鐘を鳴らす考え方なんじゃないかと思いました。

フロイトが研究していた「思考の全能」への信仰、あるいは交霊術における限界状況は、公的領域なき公共性がどのようなものであり得るのか、換言すればいかなる政治的空間にも関連しないような「一般意志」の様態の一面を例証しているのではないか。

つまり、人間にとって基本的な諸々のハビトゥス(個人の言語活動とか、認知活動とか)が前面に立ち現れてくる場合、それは主権の神話や儀式からかけ離れたまったく別の公的領域、すなわち、ひとつの非国家的な公的領域を生起させるのではないかということです。

ウェブ2.0という言葉が流行ってたころから「一億人総表現時代」が称揚されています。
ブログやツイッターないしニコニコ動画を通じて「群衆=マルチチュード」がそれぞれ考えたことを、これまで踏む必要のあったさまざまなステップをとばして発信していけるようになっています。
これは諸ハビトゥスの前景化にほかなりません。良いことかもしれませんが、語りや思考の氾濫は、その集積によって作り上げられる集合知の公共性がひとつの公的領域、すなわち多数的なものがそこにおいて共有の諸問題に関わり得るようなひとつの政治的空間のなかに包摂されない事態を招く危険もあると思うのです。

あたかも交霊術が実践される場のように。

そしてそのような事態はフロイトのいう「恐怖」をもたらしうるのではないかと思うのです。
21世紀、あらゆる価値の源泉となる「知」の公共性は、それが公的領域ないし政治的共同体とならない場合、諸々の支配形式を増殖させることになります。

集合知にこの理屈を直接当てはめて考えるのは難しいかもしれないので、現代の生産様式を例にとって説明しますと、例えば、今日のポストフォーディズム的労働過程において、すべての労働者は「思考する存在」として生産に参加していることは多くの人に共通した認識だと思います。
これはまさに、多数的な「群衆=マルチチュード」を特徴づけるものであり、現代の生産にとっての基礎となっています。
職務の分節化は、もはや客観的な基準に対応してはおらず、むしろ明確な形で、自由意志に基づき、可逆的でうつろいやすいものになっているのです。
そうした分節化は、次々に起こる科学的/技術的イノヴェーションに対して反応する際の機敏さや順応性といったものを保証しているので、現実の生産過程の内部におけるマルチチュードの思考の分節化が、公的領域にも、政治的共同体にも、構成原理にならないということは明白ですね。

知の公共性は、いかなる公的領域とも関連していない場合は、(労働における主従関係に対応する)政治的空間でのヒエラルキーの無統制な拡散へと姿を変える恐れがあると思うのです。
諸々の支配形式とはこのことです。
ヒエラルキーは拡散し、細部に及ぶものとなります。そしてこれこそ、知の公共性ないし分節化における否定的な裏面であると考えます。


あずまんの言っている「民主主義2.0」がどんな構想なのか僕もはっきり把握しているわけではないですし、どちらかというと僕は集合知の可能性には楽観的です。
しかし、集合知、ザ・コモンズ、マルチチュードといった新たな公共圏を叙述する着眼点ないし発想も、それぞれ両義的な存在様態であることを忘れてはならないと思いました。

2009年12月13日日曜日

My Favs⑥

前エントリで大麻に触れましたが、ラスタ以外にもマリファナが自身の文化的アイデンティティの大きな部分を占めているという人々はぼつぼつ存在するようです。

ネイティヴ・アメリカンもそうした人々の一部です。
ネイティヴ・アメリカンの人々にとって、大麻を含めたタバコ類一般は祖先や自然と更新するためのメディアとして神聖なものであるらしいです。

というのも煙には、その場の空気を霊と交信しやすくさせる媒介としての作用があるとされるかららしいのです。
(そう考えると仏前で線香をあげるという行為も、煙を通じてその場の空気に宿っている「人間以外の何か」と交信を果たしながら、魂を浄化させているということなのかもしれない)

なぜいきなりこのような話題なのかというと、ジョニ・ミッチェル『ミンガス』(1979)におけっるジャコ・パストリアスのベースプレイを聴いているうちに、ふと前述した煙の呪術的役割の話を思い出したからです。


つまり、本作におけるジャコのベースは精霊たちと交わり合う煙なのです。
チャールズ・ミンガスの死という喪失感を、根こそぎ燃やし尽くそうとするジョニの歌声は力強い神聖な炎であり、さらに彼女独特のギターの響きは必定の如く「あの世」を想起させ、気を抜くと魂ごと吸い取られてしまう静謐な緊張感を醸し出しております。

ジャコはといえばここぞとばかりに神懸かり的なプレイを連発しており、斬新なハーモニー解釈とスピード感は圧巻であります。
煙たる低音は故人の魂へと導くように時に一筋の道となって天上へと立ちのぼり、演奏の機微が時に風邪を起こせばふわりと空気中に充満してやがて自然の息吹へと吸い込まれていきます。
まさにジャコのベースがあの世とこの世の媒介となって、ジョニとミンガスの魂の交信を実現しているのですね。
これぞソウル・ミュージックなり。


ジョニさんがジャズ好きだった時代の傑作。


僕は基本的にタバコは好きじゃないが、定演のハシモトハシモトでもぜひマービンやJBの魂と交信したいなぁと思ふ・・・と一応言っておこう

2009年12月7日月曜日

あははーん

前のエントリでJoe Sampleの"In All My Wildest Dreams"が、Tupacの"Dear Mama"などで使われているというのを紹介しましたが、ちょっと思い立って調べてみたらまだまだありましたのでそのうち良かったやつを紹介します。

この曲はやっぱ定番ネタなのかもしれませんわ。

まず、
TQ "Westside"


ウェッサイカルチャーを愛する伊達男TQによる西海岸讃歌その名も"Westside"。
わりと控えめなサンプルのされ方です。この曲は前から知ってたのですが"In All~"が使われているのには気づきませんでした(笑
もとが相当メロウなのでこういうのには当然合いますね。

で、結構早回し目で軽快にサンプルされてるのが、
このDave Hollister "Keep Lovin' You"です


ちょwなにこの良曲wwという感想を抱いたのですが。
今すぐp.wave.labに入れそうな色のシャツを着て歌っているのが主役のホリスターさんです(しかしええ声しとる)。
ゴツい黒人のオッサンが歌ってるわりに結構かわいい歌詞の内容です。こういうのもいいなー

ほかにも何曲かあったのですが、やっぱ4コードループがカッチリしてるやつは使いやすいんでしょうね。
サンプルさんはNYの人のはずですが(確か?)、引用されるのは西海岸の人が中心みたいです。

こういう感じに、一つのサンプル元ネタを軸に広がるミュージック・ツリー(非常にbmr的表現だ!)を辿っていろんな楽曲に出会うという聴き方が出来るのも、Hip Hop/R&Bの面白いところですよ:)

2009年12月6日日曜日

Family Fair動画 2

昨日はジャズ系美食会のみんなで集まって鍋パやりました。
いつも通り楽しかったっす。
でもこうしてみんなで集まれるのもあと何回なのかな。とか考えると切なくなる。

・・うぉ

Koi & Family Fairようつべシリーズ第2弾です。
Facebookにも同じ動画を公開しているのですが、そっちはわりと良いリアクションも返ってきててうれしいです。
あーこのバンドでまたライブやりたいわ。

"In All My Wildest Dreams"



Joe Sample作曲。いろいろなバージョンのレコーディングが存在するのですが、ほんとに良い曲です。
実はこの曲、2Pacの"Dear Mama"でサンプリングされており(Joe Sampleだけにサンプリングマンセーか?)、そのネタをたどって僕がジャズ/フュージョンに入っていくきっかけになった曲の一つなので思い入れはかなり深いです。(参考音源)あと、アンソニー・ハミルトンの曲とかにも使われてるし、最近発見したLouis LogicていうジャジーヒップホップのDJもかなり早回しで下敷きにしてたりと、わりと定番ネタなのかもしれないです。
ま、とにかく、そんな大好きな曲を演奏するという夢を実現させてくれたメンバーに本当に感謝してます!


"3 Deuces"



マーカス・ミラーの曲。「チュニジアの夜」の進行をファンクビートに乗せたモノで、元ネタはジェームズ・カーター(ts)がフロントだったりでずいぶん雰囲気が違うのですが、ここでも完全に独自の世界観を作り上げて自分流に料理してしまえるのがてつを氏のすごいところですね。もうてつをワールドが炸裂してます。
ベースソロは、最初はストラクチャーに忠実にビバップな感じで→スラップでリズミックに、、、というアプローチでしたが、スラップセクションの途中で収拾がつかなくなって思わずオーバードライブを踏んでしまいました。ペダルを踏むともう終わりですな。このへんはkmtさんにダメだしされたところでもあります。バンド自体が成熟していればもう少し違う展開も出来るのですが・・・つーか、もうちょっと上品に歪むペダルが欲しいところです。
最後のソリスト末光はいつも通りもって行ってる。まさにドラムヒーローイズムの体現者。名前間違えてスマン。

1月中にZACあたりに出て、追いコンにも出れたら本望です。ううむ

2009年12月5日土曜日

Family Fair動画 1

忙しくて、あるいは遠くにいすぎて僕のギグにこれないブラザーやシスターたちのために(笑)youtooobeに動画をうpりました!
いえーいv

とりあえず2曲ね


"L.V."



レトリックという日本のクラブジャズバンドのスローファンクナンバーです。
最初の20小節くらい僕がずっと間違った音を弾いてますね(汗
別にそういうアレンジというわけではないです。
てつをのソロがまじでかっこいいー彼は身近にいながらとても学ぶことが多い弦楽器奏者です。練習でもいっつも「ほー!」となりますわ。かの素晴らしいプレイヤーの演奏をいつも間近で見れて僕は幸いです。このときはギターと同じブルーで統一したファッションもいいね。


”The Best Is Yet To Come”



urbというもう解散した日本のクラブジャズバンドの曲です。
個人的にこの曲はかなりお気に入りです。
なつきっくは入りをミスってますがその後の僕の首の振りが好きです。自分で言うのもあれやけどさ。これぞハプニング!
なつきっくはテーマの弾き方が良いと思います。ちょっとレイドバックしたノリがヒップホップな感じでいいね。
ヒップホップの「ズーグズーグズーグズーグ」っていうダラシナくハネていく感じは、4ビートのジャズっぽいからジャズをやりなれている(?)僕たちに有利だと思いますわ。

昨日今日と、NFのビデオ見る以外に何もしてないんすけど。
あ、これから鍋の準備しないといけないんだった。

2009年12月3日木曜日

My Favs⑤

昨日の朝はAlicia Keysが行った世界エイズデーのチャリティライブがYoutooobeでニコ生的な感じで生放送されるってんで、早起きして見てました(熱狂的ファン)。

こういうライブをネットで生配信する試み、最近は増えてきたみたいだけど、やっぱり世界中の人たちと(パケットに分割され端末に送られデコードされるというプロセスを経ていても)「いま・ここ」を共有できるのは素晴らしいと思いました。
しかもlive webcastでリアルタイムでつぶやけるという。まさにニコ生。さすがにコンサートホールとまではいかなくても、世界中のみんなでリビングのTV前に集まってわいわい言ってる感じですね。アーキテクチャの生態系のリアルタイム性は加速するばかりです。マンセーーー

ショー自体もすごく良かった。アリシアさんはなんといってもMCが良いよね。あの、曲と曲の間だろうが曲中だろうが終止観客に語りかけている感じがすごい好き。真似したいよ。
新しい曲もいっぱいやってたけど、良い曲ばっかじゃないっすか!これは新作買うしかないなー

つーことで、今日はMs.A KeysのCDの中でも僕が一番お気に入りの"The Diary of Alicia Keys" (2003)を紹介しようー。



もう洋楽好きの中2とか含めてたいていの人が知ってる有名なCDだろうけどよー

僕はこれは、ガチで流行る前にリアルタイムで買って聴きました。帰宅してイライライライラしながらCDケースのビニール剥いて、スチャっとプレイヤーにセットして、再生ボタンを押した次の瞬間から「これはクる!!!」と思ってたのは軽く自慢です。
もーメッチャ好きです。当時はあまりCDをたくさん持っていなかったので、繰り返し隅から隅まで聴いてこれのことはもう知り尽くしてまさ。
高1の時、経済力がなかったのでbmrとかblastとか買えなかったから、タワレコのフリー誌であるBOUNCEを愛読していたのですが、確か2003年12月号の表紙と特集がこのCDだったんすよね(とっとけばよかったなー)。
で、読んでみるといろんな有名なライターの人が絶賛してたから、これは買うしかない!と思い、なけなしの日本円をはたいた。
当時はR&Bにはまりかけって感じだったけどもうこれ聴いてからドップリでした。
すごいツボったわけです。

アリシア・キーズのR&Bシンガーとしての新奇性について、よく言われていたのが、

「ヒップホップ世代で生粋のニューヨークっ子ながらも、クラシックの素養と端正なソウルマナーを兼ね備えている」

っていうことです。
90年代以降の北米メジャーリーグR&Bは、最新鋭のヒップホップサウンドを取り入れた所謂「ヒップホップソウル」というやつが主流でして、まあネオクラシカルソウルとか、あるいはジル・スコットやアンジー・ストーンみたいなオーガニック一派がいたりとか色々オルタナティヴも存在したけど、基本はメアリーJブライジ的なイケイケギラギラブリンブリン路線がど真ん中だったわけですね。説明しにくいけど。

で、そこにネオクラシカルとは別の文脈で現れた自作自演派がアリシア・キーズだったわけですわ。ブリンブリン系とは違うけどヒップホップのビーツも自由自在に乗りこなせるしラッパーとの絡みも余裕。しかしピアノも弾けて作曲もできる賢人音楽家である、という独特なヴァーサタイル・キャラ。さらにbling blingなヒップホップソウルの世界観と一線を画すピュアリティも兼ね備えている彼女の音楽は、メアリーJ以降大きなイノベーションが起きていなかったオーセンティックR&Bの歴史を新たな局面に突入させることになった!

そう、とにかくピュアなんすよね。歌詞が。
基本がド派手な世界、しかもしっとりしたラブバラッドでも、なんか劇画調の恋愛模様が多い90年代R&Bだったけれど、Aliciaの歌詞は朴訥だけどめっちゃ染みる。
凡人のわれわれでも共感できる内容なんすよね。しかも全部がイイっていう。英語も簡単だし、スラングとか全然使わないしこの人。
まあこういうのってシンガーソングライターの基本要件なのかも知れないっすけど。

とりあえずそれは置いといて、さらに00年代初頭と言えば、(Nasのアルバム紹介のエントリにも書いたけど、)ブラックミュージック界はこぞってback to basicsブームだったんですよね(同じ時期にブルーアイドソウル一派からは超イナたいジョシュ・ストーンが出てきたりさ)。つーことで70's回帰の時流の中担ぎあげられたのがたぶんこの人だったんだろう。確かにピアノを弾きながらR&Bを歌うというスタイルはマービンやレイ・チャールズを思わせますよね。
実際"The Diary of Alicia Keys"で聴けるのは、当時売れっ子中の売れっ子だったカニエ・ウエストのオールドスクールなプロダクションが冴えわたっているサマである。知ってのとおりカニエは真正の音楽オタクであり、マニアックな古いソウルやブルースの早回しネタ使いで有名。
そんなルーツミュージック好きの蟹江とがっちりかみ合ったんだからそれは、伝統的ソウルの継承者とも呼びたくなるよ。

では、件の「端正なソウルマナー」とはなんなのだろう?
アリシアキーズを形容するときには連発される言葉ながら、その正確な定義を見たことは未だない。

ので自分で考えてみた。
結論を先取りすると、たぶんここでいうソウルマナーとは端的に「サビメロを自分で歌うスタイル」のことだと思う。
考えてみてほしい。メアリーJ以降、具体的には93年以降のメジャーリーグR&Bでサビのメロディをちゃんと歌っている人物あるいは曲はどれほどあるだろう?もちろん探せばいくらでもあるだろうが、圧倒的に多いのが、サビのメロディはバックコーラス(あるいは本人の声別どりオーバーダブ)に任せて、本人はアドリブをとるというスタイルではないだろうか?
ライブなんかでは特に、1番は全く歌わず、2番からテキトーにアドリブというパターンが多いと思うのだが。

これってまあさっきからずっと名前が出てるMary J.Bligeっていうまあ僕もかなり好きな部類のR&Bシンガーが主流にしていったスタイルで、実は極めてゴスペル的な流儀なわけですよ。一番盛り上がるところのメロディはクワイアに任せて、ソリストは延々オブリを歌うっていう。

その一方で、アリシアさんは、たとえば"The Diary~"からカットされたシングルの"You Don't Know My Name"、"If I Ain't Got You"、"Karma"とか、あとなんだっけ?笑
・・・とかにしても、全部サビまでちゃんと自分できっちり歌っているというわけですわ。もちろんライブなんかでは、盛り上げるためにサビメロから離れることもあるけど、基本は自分で歌っている。
このスタイルがたぶん本来のレディソウルのマナー、つまりアレサやシャカなんかから脈々と引き継がれてきたものだと見なされ、いったんメアリーJがブツッと切ったその流れを再び引き戻したのがアリシアだと考えられているんじゃないですかね。
で、これが「端正なソウルマナー」と呼ばれているものの正体だと思うんです。あくまで仮説だけど。

まあこの「サビ歌い」に限らず、自分で作曲して楽器も自分で弾きながら歌うっていうスタイルをアリシアが「ど真ん中」にしたおかげで、ジョン・レジェンドとかラヒーム・デヴォーンとか、ちょっとマニアックどころだとヴァン・ハントとかの、自作自演派R&Bアーティストががんがんシーンの中央に躍り出てきて、結局は00年代後半のニーヨとかケリ・ヒルソンとかの元「職人」ライターのデビューの流れの布石まで置かれてしまったわけです。いやはやすごい影響力だ。

しかしアリシアキーズは本当に正統派レディソウルの継承者なのだろうか?
僕は違うと思う。デビューアルバムの"Songs In A Minor"(2001)はややブルーアイド・ソウル風味の曲が多かったし(でも良い)、鼻の整形後に発表された"The Diary~"では含有ブラックネスが増量されて印象的なピアノのリフもいろいろがっつりフィーチャーされてる、とはいえ、これも以上述べたような歴史的条件の中「担ぎ出された」感が否めない。
それは第三作の"As I Am"(2007)を聴けばわかる。ここでは既にR&Bというカテゴリに単純に括れない音楽が展開されており、あたかもキャロル・キングのような純粋なシンガーソングライターを志向しているかのようだ。もしくはスティービー・ワンダー/プリンス的な、ブラックというよりカラフルな世界観というか。
まあ間違いなく正統派のソウルからは遠ざかってますよ。
したがって、"The Diary of Alicia Keys"は、彼女のキャリアを通して最もソウル純度が高く、ブラック度も高い初期の作品という扱いになるのだろう。

なんにせよ、アリシア嬢が類稀なブラックミュージックの求道者であることには変わりない。
うーん。まじで彼女と同じ時代に生まれてきてよかった。それも言い過ぎではないくらい、良い音楽を作る人ですね!ジミヘン、スティービーワンダー、JB、スライ、パフ・ダディ、ベイビーフェイスなんかと並ぶアイコンだと思うよ。まじで。

アリシア・キーズのことになるとついつい長くなっちゃいました~wot a nerrrrrrd!
まだまだ語りたいけど、この辺で。

2009年12月2日水曜日

可憐カーペン太やべぇ

     _____________
   /|:: ┌──────┐ ::|
  /.  |:: |          | ::|
  |.... |:: |         | ::|
  |.... |:: |         | ::|
  |.... |:: └──────┘ ::|
  \_|    ┌────┐   .|       ∧∧
      ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄        (  _)    俺に彼女がいないことで
             / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄旦 ̄(_,   )
            /             \  `
           | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|、_)
             ̄| ̄| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| ̄| ̄

     |           .( ( | |\
     | )           ) ) | | .|
     |________(__| .\|俺の代わりにだれか一人、彼女とクリスマスを過ごせる
    /—   ∧ ∧  ——-\≒
  /      (    )       \
  | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ |
  |______________|

   ∧∧
  (  ・ω・)
  _| ⊃/(___
/ └-(____/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
                            俺はそういうことに幸せを感じるんだ
  <⌒/ヽ-、___
/<_/____/


おやすみ

2009年11月29日日曜日

The Advent Calender

ハロウィンが終わったと思ったら感謝祭も終わり、いよいよ今年も待降節ですねー。

僕たちの青春ゼロ年代もあと1ヶ月というわけです。

東京での住まいも決まり、来年1月末、卒論の口頭諮問が終わったら京都から引っ越すことを決めました。

残された時間の少なさにときどき発狂したくなる衝動に駆られますが、祈り、アルコールを摂取することで心を落ち着けています。

皆さん楽しみましょうね。


そういえば、
もう数日前のことですし、知ってる人は知っていると思うのですが、ナイナイの岡村・・・じゃなくてアレン・アイバーソンが、NBAからの引退を表明したらしいです。

僕が本格的にNBAを追跡しだした2000年のプレイオフファイナルでプレーしていたのがアイバーソン率いるフィラデルフィア76ersでした。コービー&シャックを要する無敵のLA王国に対して満身創痍で挑み、数々の名勝負を演出する姿はバスケ少年だった僕の胸を熱くしました。

登録選手の平均身長が6-8(203cmくらい?)を超えるといわれるNBAにおいて、わずか183cmと小兵ながら、果敢にインサイドにドライブして得点を稼ぎだすスタイルで、日本では特に人気がありましたね。

しかしオフコートでは、銃や麻薬の不法所持とかDVで捕まったり、挑発的発言を連発してリーグから罰金を喰らったりと、キャラがギャングスタラッパーそのものでしたし、玉離れが悪いプレイスタイルだったりで個人的には実はあまり好きな選手ではなかったのですが、でも間違いなく2000年代を代表するスーパースターだと思うし、コービーやガーネットと並ぶ、我々の世代のバスケットアイコンだと思う。

そんな彼が引退してしまうなんて、一時代の終わりを感じるじゃありませんか。

彼のスーパープレイ集はたくさん出回っていますが、僕は彼の動画の中でこのCMが一番良いと思います。リーボックのスニーカーとか全然好きじゃないけど、このCMのかっこよさはガチや!やっぱフツーにドリブルついてるだけでサマになるのがほんまに巧い人だと思うわ。



ありがとーおかむらさ・・じゃなくてアイバーソン!

2009年11月27日金曜日

on tourism②

昨日は立命にアルバイト行ったら事業仕分けでCOE系の予算もわりと削られるのが決まったらしくて先生たちはけっこう「ざわ・・・ざわ・・・」ってました。

バイト自体はひさびさにまったりと作業して、とちゅう京大の院生の人が地震計を取りにきて、それを運ぶのを手伝ったりしました(クソ重かったです)。

で、たまたま午後に印刷屋が持ってきたポスターを発見しまして、なんか水曜日のエントリで書いたこととタイムリーでかぶった内容の催しが今度上野の国立博物館であるみたいです。


文化遺産国際協力コンソーシアム シンポジウム
「観光は文化遺産を救えるか:国際協力の新たな展開」

 ●日 程:2009年12月13日 (日)
 ●時 間:14:00~17:00(開場13:00)
 ●場 所:東京国立博物館平成館 大講堂  
 ●参加費:無料


≪プログラム≫

14:00-14:10 挨拶:文化庁/外務省
14:10-14:15 挨拶:石澤 良昭 (文化遺産国際協力コンソーシアム副会長・上智大学学長)
14:15-14:25 文化遺産国際協力コンソーシアムの紹介:清水 真一 (東京文化財研究所 文化遺産国際協力センター長)

<基調講演>
14:25-14:55 世界遺産保護と観光マネージメント:未来の挑戦
         フェン・ジン (ユネスコ 世界遺産センター プログラムスペシャリスト)

14:55-15:15 ツーリズムの視点から見た文化遺産国際協力の展望と課題
         西山 徳明 (九州大学大学院 教授)

15:15-15:35 文化遺産と社会開発:ペルー北高地神殿遺跡のケース
         関 雄二 (国立民族学博物館研究戦略センター 教授)

15:35-15:50 休憩

15:50-16:10 私が見た観光と文化遺産
         浜島 直子 (モデル)

16:10-16:40 文化遺産と観光開発への支援―JICAの事例から
         国際協力機構

16:40-16:55 総合討議
         司会:西山 徳明 (九州大学大学院 教授)

16:55-17:00 閉会挨拶



おもしろそう。駆り出されることに期待。

とにかく、この数日で、観光事業論についてもちょっと勉強してみたいという気が起きてきました。
ばんばん宣伝してがんがん訪問者数稼いだらそりゃもうかるけど、文化財の保存は難しくなるし安売りってことになりかねない。
あと、それらは単純にトレードオフの関係にあるわけでもないと思うし、両立できる道もあるのかなとは思う。

そのへんは京都の寺社とかはさすがっていう面もあって、季節限定の特別拝観とかが好例。寺社同士が連携して同じ時期にやったりして、プロモーションも巧みだし、素晴らしい。
やっぱ日本の文化財はマネジメントの面では比較的ちゃんとしてるからこういうこともできるけど、難しい状況の国もあるだろう。
インドに行った時は寺院のほったらかしぶりに愕然としたし、観光資源を財源にしていかなければならない途上国ほど、管理されてないところが多いのだとは思う。難しいよな。

まあこんなこと考えたり本読んだりしてる場合では明らかにない!のですが。

院試が終わってからというもの、僕は勉強から完全に遠ざかり、パーになってしまいました。
音楽の歴史の本ばっか読んで、たまにドゥボール読んで・・・みたいな読書生活だったからな!

冒頭で触れた民主党の事業仕分けで科学技術関連の予算がごっそり無くなった話にしても、かなりSTSに関わりの深い話題なのですが、まったく何の感想も抱けませんな。
あーやだやだ。

修士でなにやるんだったっけ?

とりあえず言えることは、STSコミュニティから10人政策秘書を送り込んだら日本の科学技術政策はめっちゃ良くなるし科学技術創造立国も夢じゃないだろうということです。
これはまじで。

しかしこのパーな状態で、卒論を書かなきゃーなのです。ぎゃー
親しい何名かはすでに知っていると思うのですが、僕の卒論は完全に容量オーバーでして、2週間くらい前からがんばってダイエットさせて、70kまで減らしたんすけど、そこからスタックして1文字も減らなくなったんで、いっそ最初から書き直すことにしますたorz

そりゃ70k→20kより0→20kのほうが楽でしょう。
これは良い決断だと信じてます。

しかし別の懸念事項はゲームを始めてしまったことです。
今更GTA4。
ほんまハマるわ。開始後一週間で達成度46.9%らしい。うーんまだまだだ!
ストーリーは「スカーフェイス」みたいな感じ。ちょっと違うけど。主人公の東欧なまりの英語もかわゆいw
GTAシリーズはGrand Theft Auto 3、Grand Theft Auto Vice City、Grand Theft Auto San Andreasと、歴代やってきてるんですが、この4はさすがにPS3だけあってグラが半端ないし、街の描き込まれ方も前作の比じゃないです。
サンアンドレアスはマップ広すぎやりこみ要素多すぎだった感もあったけど、今回はわりとシステムもシンプルですこぶる良い!

とにかく卒論は核。

全然"on tourism"な話じゃなくなっちゃいましたね。
今日はいつもより駄文でした。



Lutherの声ヤバいノ(´д`)

2009年11月25日水曜日

on tourism

・・・

なんかカウンターが止まった。絶対アクセス伸びてるけど。
まっ、いっか。3182ってなんか呪いの数字なんかもしれん。
えっ、Lostの見すぎだって?なんか普段と文体違うって?

・・・

今日は京都駅の臨時観光案内所でアルバイトでした。
紅葉シーズンのこの時期限定で京都市や京都コンベンションビューローがやっているサービスで、僕が一回生だったときにスタートしたものです。
僕が所属するサークル、グッドサマリタンクラブからは外国人対応要員として毎年人員が派遣されており、僕も去年はやらなかったんですが、1、2回生のときはやらしてもらってました。今日は突然都合が悪くなってシフトに入れなくなった友達の代わりに入りました。

今日だけで外国人日本人合わせて1000人以上が臨時観光案内所を利用し、京都の観光ビジネスの市場の大きさを実感しました。
毎年このバイトやると京都の交通機関に精通してしまうわ。
もう今年はいろいろきかれてもパッパと答えられるし、「わしも京都に詳しくなったよのぉー」と思いました。

日本の人口が1人減っても、外国からの観光客が7人増えれば同じだけの経済効果を得られるという試算があるという話をある人物から聞いたことがあります。
これからhyper depopulationの時代に入る脱産業日本にとって、ツーリズムはとても重要な意味を持ってくるし、様々な形で外国人が訪れやすい環境を作っていく必要があると思う。

しかしどうして外国人は日本ないし京都を訪れるのだろう?何を求めて彼らは来るのだろう?といつも思います。
彼らが見たい日本とはなんなのでしょうか。
その形はさまざまであり、必ずしも実際の日本(京都)の現状とは一致しないと思います。
単純なエキゾチズムの需要に迎合してはならないと思うし(これは実際ネパールなどの途上国の観光業界では起こりつつある深刻な現象です)、ビジネス的な側面と文化財(tangible & intangible)保存を両立しなければならないと思います。

観光業は、常にあるひとつの問いを潜在させていると思う。それは「本当の○○とは何か?」という問いです。
僕はグッドサマリタンクラブに所属し4年近く京都で通訳ガイド活動を行い、その技術を発達させ自らに浸透させていく中で、自分のガイドによる媒介のオーセンティシティ(真正性)への問いかけを、いっそう拡大させ、それまで自明であった「オーセンティック」の前提をどこまでも掘り崩してきました。それはこれからも同じだとおもいます。
かつて、「本物」は単一でした。しかし、観光業の発達により、あたかも本物の京都の断片的な鏡像として、複数のオーセンティシティが生み出されてしまっているように感じます。
旅行会社、ツアコン、地方自治体、宗教法人などから構成される京都の観光ビジネス市場は、現実の単一性をフィクションに替え、ツーリストはすでにオーセンティシティの多層的なレイヤーで構成された世界を旅しているかのようです。

何を言っているかわからないと思いますが笑

例えば、友達と喋っているとき、話す内容の真偽は問われうるとしても(はいはい、僕のことですね)、友達の存在とか、キャラまでは疑いようがないですね。
しかし、極東の異国、日本を訪れ、その文化に触れる外国人旅行者にとって、対象たる「日本」の「真正性」はきわめて不確かだとはいえないでしょうか。これは僕が海外旅行に行ったときに得る感覚でもあります。とはいえ、訪れる国が自分の中で不確かだからこそ、その単一の真正性を保証するものが何もないからこそ、スリリングだとも言えるでしょう。私見ですが、「異国情緒」「旅情」といったものの正体は端的に言ってこの不確定性なのではないかと考えています。

さてこの不確かさを踏まえて、観光を考えてみます。
まず、多くの外国人観光客がツアーやガイドを利用するのはなぜか。ここではおそらく、旅行会社のツアーガイドによって提供される情報が「日本」の真正性を代替しているのでしょう。言ってみれば、「ツーリスト-ガイド」という人間関係における文脈的リアリティとでも呼ばれるべきものですね。

そして、半ばは論理的な必然として、日本はそれを媒介する「観光」の形式に従って変化する、という確信がもたらされます。
穏当に言い換えるなら、観光はオーセンティシティの文脈を部分的に決定する、ということになります。同じ情報であっても、それがガイドブックにかいてあることなのか、ガイドの言葉で語られたことなのかによって、まったく異なった意味に受け取られうるという事実。
観光業とはつまり「コンテクストを与えるもの」にほかならないわけです。
観光ビジネスは、「意味」を伝達するためのインターフェイスを提供することによって対価を得ています。したがってサービスにおいては、内容と媒介手段とがきわめて緊密に結びつくことになります。したがって観光業の限界について検証することは、すなわち観光ビジネス市場が消えてもオーセンティックな日本を伝えうるかという問いを批判的に検討することにつながります。

(観光論については多くの研究書があり、不勉強な僕が語るのもはばかられるのですが、)
観光業論には大きく分けてふたつの形式があると考えられます。ひとつは、歴史都市京都についての情報が伝達され蓄積され共有されることの効果を中心とするものです。これはかなり現実的な議論であって、その重要性については疑問の余地はないですね。問題は、観光業の発展そのものが外国人観光客に及ぼす影響について、それのみに限定した議論を試みることです。

観光業の発展が持つインパクトは、それが剥き出しの日本を伝達可能な形に変換するだと考えるなら明らかでしょう。
卑近な例をあげると、ガイド技術でもっとも重要なものに「通訳」があります。一般的には寺社のあちこちにある掲示を英語にして読み上げたり、ランチしに入った飲食店でメニューを英語で説明したりすることを指すのですが、最も広義には、「ある言語を別の言語に変換する」こと全般を意味しますね笑
この意味では、なぜ禅寺の廊下は鴬張りなのかを説明したり、舞妓体験をしている人を指差して「あれは本物ではない」と言ったりすることも通訳に含まれます。つまり、ツーリストが見るもの聴くもの感じるものの意味を理解可能な形にする、言い換えるなら、人間の視覚聴覚触覚嗅覚味覚に適合させるための技術なのであります。ガイドの意義はここに束ねられていますし、ツーリズム全般に拡張してみても結局は同じです。

僕の考えでは、観光業は、循環する貨幣の欲望に縛られたリビドー経済の中で、究極的には、どれだけオーセンティックなイメージを独自に生成しうるかという課題を担わされています。そしてその「オーセンティック」が、外国人が求めるものの最大公約数に近ければ近いほど良い。
もし観光ビジネスが隆盛を極めて、ツアコンや旅行会社が独自に、どんなに詳細なガイドブックよりも有益な情報を伝達しうることに成功したらどうなるでしょーか。
業者がオーセンティシティを伝達するのではなく、業者がオーセンティシティを生成すると言う事態は何を意味するのでしょうか。
もしそれが可能であるなら、「観光」の意義全体が、大きな転回を強いられることになります。少なくとも観光にまつわる議論は、その存在論的な地位の正当性を獲得するでしょう。しかし、さしあたりそれは不可能ですわ。さらに言えば、今後ともずっと不可能でしょう。

伝えるべき内容、「日本」を尊重しないわけではないですが、広く展開された観光業に多くのツーリストが依存せざるをえないということは、そこに過剰な「オーセンティシティ」が宿っているということでしょう。
既に述べたように、独自の真正性の生成ができないことは自明です。どんな「オーセンティック」も、観光のうえでは、訪問地たる「日本」とは切り離しえないわけです。
ここのところをしっかり意識しないと、ただただYokoso!Japanとか叫んでいるだけでは、良くないことになるでしょう。

どういう風に良くないかは、ちょっと、わからないですが・・・
生物多様性保存とかと一緒で、伝統文化保存とか文化財保存て、その意義を説明しろと言われたら弱いんよな。
その辺の話を、日舞とか茶道とかやってる人と語りたいなーー笑


みたいなことを、京都検定1級取得者のおじさんたちとずっと話してました。
さぼってはないです。

2009年11月24日火曜日

play da bass 4 u.

人生最後のNFが終わった。

いろいろあったけど、ひとことで言って、サイコーに濃厚で楽しい11月祭でした。
残念だったのは、ピン芸のとき時間が足りなくて予定していた曲を演奏できなくなったことと、Fam FairのMCでSuemitsuの名前を二回も間違えたことです(Suemitsuごめん!)。

軽音茶屋のステージって、なんかお気楽な面もありつつも他のライブと違う特別な感じがします。
ひとえに西部講堂という場のせいなのかもしれないですが。
もう来年は無いのかと思うと感慨もひとしおでした。

とりあえず、一緒に演奏して、音楽への愛と才能をシェアしてくれたみなさんに感謝してます。
もちろん自分以外のバンドもすごくカッコいいのがいっぱいあったし、懐かしい面々が集結した飲み会も楽しかった。
あと、裏方でいろいろやってくれた後輩たちや幹部のみんなとかありがとうでしたまじで。

今年は軽音茶屋×3とパモジャステージ×1で合計4コしかコンボなかったんですが、それだけに自分が本当に好きな人とばかり出来て、密度の濃い幸せな時間を過ごせました。
前にも書いたけど、才能ある人々と一緒にいろいろチャレンジしていく過程って素晴らしいと思います。

なんかジャズ系/軽音で良い仲間に出会えて本当に良かったと思う。
そんで、それが音楽をハブにした出会いだったというのが特に良かった。

僕は大学に入るまではひとりで楽器をやっていた人だったので、まったく人と合わせる楽しさとかを知らなかったのですが、ジャズ系に入って、最初にkimataさんとかに誘ってもらったバンドとか、あるいは一回生セッションとかで「せーの」でみんなで一緒に音を出した瞬間は今でも忘れられない感動を与えてくれました。本当に、当時の僕はニヤけちゃっておりました。
で、今改めてその初期の喜びを思い出したというか、10月にP.Waveの練習をしていたときくらいから、だんだん「みんなで音をだしている」という状況だけで楽しいと感じるようになってきてですね、いよいよ音楽が面白いと思ってきておりまして。

だからちょっとループステーションは卒業しようかな・・・とも思ってます。

違う楽器と音をぶつけ合うことでしか生みだせない、ハーモニーとかグルーブというものを一緒にずっと作ってきた人間同士というのはなかなか普通の人間関係とは異なる距離の近さを持っていると思うし、こう感じるのは僕だけかもしれないけれども、音楽を通じて知り合った先輩後輩同回の皆さんには独特のintimacyを抱いてしまいます。

(フルバンやったらカポーがごぼ②できるというのもある意味では当然なのかも)

Jazz系には、というか軽音には、プレイヤーとしても人間としてもカッコ良い人がたくさんいるし、そういう人たちと音楽ができて本当に恵まれていると思う。楽器やっててよかったわー
本当に後少ししかみんなでJAMできる時間はないけれども、まだまだ僕もカッコ良くなって、みんなの付き合いに報いれたら、、と思います。

最後に一応記録&クレジットとしてバンドメンバーとセトリ残しときます(今までのNFのセトリも残しとけば良かったなー・・・)。
みんなありがとうございましたーー!!



——Hashimoto Hashimotoーー
(Seitaro Hashimoto, Shota Ito, Chihiro Kawano, Hirokazu Koi, Kyoko Kuno, Ayako Maruyama, Louis Matsuba, ISSEI Suemitsu, Shunsuke Takagaki)

1. Sir Duke (Stevie Wonder)
2. I Got You (James Brown)
3. ABC (The Jackson 5)
4. Land of 1000 Dances (Wilson Picket)
5. Hold On, I'm Coming (Sam & Dave)
6. Stubborn Kind of Fellow (Marvin Gaye)


ーーCo:Illmaticーー
(Hirokazu Koi)

1. Klaviersonate Nr. 8 c-Moll "Grande Sonate pathétique" (Ludwig Van Beethoven)
2. BMJ (Kenji Hino)
3. We Belong Together (Mariah Carey)
4. Blast! (Marcus Miller)
*5. It Doesn't Mean Anything (Alicia Keys)


ーーU-Pentagonーー
(Kei Akita, Hirokazu Koi, Yu Naiki)

1. Whippersnapper (Wayne Krantz)
2. It Is Written (John Scofield)
3. Upper Manhattan Medical Group (Billy Strayhorn/Duke Ellington)
4. Shirts Off (Wayne Krantz)


ーーKOI & FAMILY FAIRーー
(Hirokazu Koi, TetsuWo Miyazawa, ISSEI Suemitsu, Natsuki Takeda)

1. L.V. (Re-trick)
2. The Best Is Yet To Come (urb)
3. In All My Wildest Dreams (Joe Sample)
4. 3 Deuces (Marcus Miller)


(*印の曲は実際には演奏されず)

2009年11月17日火曜日

My Favs④

菊池さんのトークで印象に残ったことの一つが、社会における「変形したミソジニー(女性嫌悪)の表出」を彼がたびたび強調していたことである。

日本にしろアメリカにしろ、世界の主要各国ではWWⅡ以降大々的な、表立った国家間戦争は起きていない。リビドー経済の資本環流チャネルが絶え、国内で、性別同士が慢性的な内戦状態に陥っているのだという。
男は女を、女は男を嫌悪していると。
その結果日本では一部でオタク化が進み、結婚問題少子高齢化問題も発生。
また、男が集団で若い女性を惨殺するような事件が相次いでいるのは、社会に蔓延するミソジニーの表出だという。

ミソジニーそのものは古い歴史を持ち、魔女狩りをはじめとして常に社会に時代ごとにさまざまな姿で現出してきた。
文化表象においても同様で、菊池さんがひいた例では悪女成敗もののアメリカの西部劇などその典型であるという。
現代ではそれが変形し、屈折した形で現われてきている。
タランティーノの最新作("Inglorious Bastards")とかものっそいミソジニー映画なんだって。
実はメルボルンで見たんだけど、確かに、GIがフランスで女ナチ党員を狩る物語である。
女性に対する暴力描写もかなり凄惨。

とにかく、異性間での交流が無くなると、ローカルな単位ではホモソーシャルな社会構成になるため、必然的に他者(=異性)への排他意識が生まれ、ひいては嫌悪が生じてしまうのだそうな。
また、内戦とはいいつつ、女による男殺しのベクトルが生じていないことを菊池さんは指摘していた。内戦状態ならそれなりに男殺し方向の社会現象なり文化表象なりが生まれてもよいはずだが、結局はミソジニーのトラディションに全員の思考回路が縛られており、その結果、男による女殺しだけが極端化しているのだと。

面白いthought provoking な議論でした。


さて、ミソジニー文化ときいて僕が真っ先に連想したのが、そう、米国産ギャングスタラップの世界である。
ヒップホップは異性愛男性の「男らしさ」が支配する言説の空間である。僕の整理したところでは、ひたすらにナイトクラブでのナンパ(アルコール&ドラッグinvolved)とその後の情事の描写を追求する「パーティアニマリズム」、金持ちで羽振りが良く常に女性にモテモテであることを強調する「ビッグダディイズム」などさまざまな分派があるのだが、中でも女性嫌悪の方向に「男らしさ」を振り向けているのが「ギャングスタイズム」の世界だと思うのだ。

ご存じのとおりギャングスタラップの歌詞では"ho"あるいは"b**ch"といった差別用語は頻出だし、「殺せ」「○ッチどもを○ァックしろ」などといった耳を覆いたくなるような表現も散見される。ファルスは当然銃である。
一貫して女性を嫌悪の対象、忌避すべきものとして扱っており、描かれる女性像も、意のままにならない悪女といった感じのことが多い。

しかしラップのテクストが面白いのは、それが対話的な性格を持っていて、発言や主張に対する「応答」が生じるところだ。つまり、「逆」=ミサンドリーである。
90年代のソルト・ン・ぺパ、ロクサーヌ・シャンテといった女性ラッパーが歌っていたのは、男性による性的支配からの解放、女性の自由、暴力的な男性に対する非難といった主題だった。
「クラブで悪い男にだまされるな」「暴力をふるう男から逃げて自由に生きろ」といったメッセージをシスターたちに呼びかけていたのである。
しかしこうしたリリックも、ミサンドリーと言い切ってしまうには十分に暴力的であるとは言えず、広義での「女性らしさ」が現れたものになっているとも思う。結局ラップの世界は、ヘテロセクシャルの恋愛関係に縛られており、そのへんが限界なのかな。
とにかく繰り返しになるが、この「対話性」こそ文化表象としてのラップの最大の特徴であり特長だと思う。

そのようなヒップホップ空間におけるセクシャリティにまつわる言説のやりとりの歴史は、21世紀に入り、ギャングスタイズムに片足を突っ込みつつも独特のジェントルさとクレバーさとを発揮し、ミソジニーへのリビドーを内省的叡智へと昇華したラッパーを出現させた。

Nasir Jones (aka Nas)である。

たとえば彼のリリックにはこんな箇所がある。
"...dressed in a white tee, looking for wifee, a thug girl who flies and talk so nicely. Put her in a coup so she can feel the nice breeze.
We can drive thru da city no doubt, but don't say my car's topless, say the titties are out."(Made You Look)

イカした車に乗って街をドライブし、オネーチャンを引っ掛けるといったシーンだが、ここで強調すべきなのは、描写されている理想の女性が、「頭もキレて品の良い話し方をする」サグガールだということだ。
さらに彼女を車に乗せて良い匂いを嗅がせてやれよと言っている。これは、単に女性を性欲の対象として描写したり、頭の悪い雌として蔑むだけだった従来のギャングスタイズムからの大きな進歩ではないか?
引用した部分の後半では、「オープンカーのことを”トップレス”」と言っちゃダメだよ。という箇所もありますね。
Nas様は下ネタNGのジェントルマンなんです。

また同じ曲の終り近くにはこんな箇所も登場。

"Ladies looking for athletes or rappers, whatever you choose whatever you do, make sure he a thug and intelligent, too, like a real thoroughbred is. Show me love. Let me feel how the head is. A female who's the sexiest is always the nastiest."

ここではなんと(スポーツ選手やラッパーと関係を持とうとする)肉食系女子たちに向けて、「本当にクールで頭が良いやつと付き合えよ」と呼びかけている(!!)
これは本来女流ラッパーがシスターたちに向けて訴えてきたメッセージではなかったか?
まるでジェンダーの交換である。
そしてその裏返しとして、ナズは「面食いは馬鹿を見るぜ」とブラザーたちにも呼びかけている。

「性」にまつわるナズのリリックは極めて理知的で、他と一線を画す。
こんな例もある。

"..If you don't wanna be my age and can't read and write, begging different women for a place to sleep at night, smart boys, turn to men and do whatever..."(I Can)

これはフッドの若い子供たちに人生論を説いた曲の一節ですが、「毎晩違う女性の部屋に頼んで泊まりたくないだろ?」みたいな感じで硬派でして、ピンピズム(pimp-ism)から距離を置く発言な訳ですね。これもある意味で女性的な発言と言えます。

まあとにかく、例をあげると尽きないんですけども、Nasはラップが持つこの「対話による議論の深化」という特長を常に意識していると考えられましてですね、いつもラップ空間の最前線にあるメッセージを発しているわけなんであります。

リリシズム

そして当然、Nasのようなメジャーリーグクラスのラッパーはストリートの代弁者であり、その発言や行動は社会に対し非常に大きな影響力を持っています。
これは深読みし過ぎかもしれないんですが、90年代に異性のラッパー同士で起きた貶しの応酬を見たNasはいち早く男女間の内戦状態に気づき、ここであえてトランスジェンダーなメッセージを打ち出すことで休戦を呼びかけたんではないかと思うのです。買いかぶり過ぎかな?
誰か「ラップミュージックから読み解くアメリカでのジェンダー間内戦の実際」とかいうタイトルで卒論書かないかな。
菊池さんの話聴いてたらそんなのも良いかもと思えてきた。

で、以上あげた曲が聴けるのは、



Nasir Jones "God's Son" (2002)であります。

Nasir Jones名義で発表されたNasの6thアルバムであり、文句無く僕が一番好きなラップアルバムですね。
皆さんもご存知かもしれませんが、Nasの1stのIllmatic(cf. Ko-illmatic)は、今でも、どんなブラックミュージック誌でも、90年代最高のヒップホップアルバムとして必ずあげられる超超超・超名盤なのですが、ある意味それが傑作すぎて、Nasの90年代のキャリアはIllmaticの幻影を振り払う歴史だったような気もするのです。これはあくまで私見ですが。
そして新世紀を迎え、NasはNasir Jonesに名義を変えて、このアルバムではおそらく完全にその呪縛から解き放たれてフロウを冴え渡らせています。

実は僕はこのアルバムを聴くまではラップに免疫がありませんでした。
ラップミュージックには「うるさい」「頭悪そう」「ハーコーな人たちの音楽」というイメージが常にありました。
しかしここで聴かれるのは、高く香るインテリジェンスとすべてのビーフを超越した崇高なリリシズムです。
完全にやられてしまい、僕は虜になりました。
滑舌もよくて歌詞も聴き取りやすいし、独特の粘りつくようなリズム感はNas特有のもので、本当に洗練されたスタイルが聴けます。

また、現在では盤石の体制となった感すらあるサラーム・レミ、スウィズ・ビーツといったプロデューサー陣も抜群の仕事をしており、当時の時流だった「オールドスクール回帰」がわかりやすく聴ける作品でもあります。
"Made You Look"では定番ブレイク”Apache"が、"Get Down"ではジェームズ・ブラウンの"The Boss"、"I Can"でも定番ブレイク"Impeach The President"が使われているなど、ヒップホップ入門にもうってつけのサンプリングネタの宝庫な訳ですよ。

後に結婚することになるKelis、"New York State Of Mind"のリメイクにまで発展する縁となるAlicia Keysといった客演陣の人選も実に的を得ており、その意味でも現在のNasにつながる傑作アルバムと言えます。

というかNasのアルバムは全部カッコいいから聴きましょう。
言ってくれたら焼きますよ。


現代のジェンダー論については難しいので僕も斉藤環の本とか買って勉強を始めました。
同じ生物学的違いでも、人種間の差異とかはならされる方向にあるとしても、男女差って、なぜか確然とそこにあるものとして扱われていると思うので。
すごく特殊な社会カテゴリだと思うのですね。
ま、また勉強したら感想を書くかもしれません。

2009年11月15日日曜日

To be, to be, ten made to be.

今日は人環主催のシンポでバイト〜メトロで菊池さんトークショー

という流れでした。

シンポはバイトだし、期待してなかったんだけど意外とおもろかった。

気候変動問題の話で、またかよって感じだったけど、登壇者は経済学者中心でいろいろ新鮮でした。
やっぱり環境政策はいろいろコストがかかるから、いまリーマンショックでボロボロの先進国は限界費用下がってるし、途上国に負担をふるべきなのかどうか・・・みたいな話とか。おもしろーい。

でも、とりあえずみんな「CO2排出量削減」ていうマクロフレームは疑わないんだね。
そもそも「地球温暖化」自体が科学仮説にすぎないのに。。
恐るべき京都議定書レジーム。
まあそれはよしとしよう。少なくともそういう突っ込みを入れるのは経済学プロパーの人たちの仕事じゃねーや。

ただ、IPCCがやってる排出量推計は相当複雑な計算モデルに基づいているから、そこにさらに不確実な経済学のモデルを導入して算出された排出量削減量対コストの予想グラフなどはだいぶ胡散くせーなと思った。この辺はコンピュータシミュレーション・パラダイムの陥穽と言わざるを得ない。
それらをもとにそれらしく語っているプレゼンはよけい胡散臭い。未来のことなんてわからないはずなのだが。
Stern Reportにしてもそうだけど、偉い人がキャプション書いてきれいなグラフにして綴ってあったら説得力を持ってしまうから、イメージ(図)とオーソリティの共犯関係というやつはすごい。それだけでロジックになっちゃうという。


気候変動問題は厳密には人間全員がステークホルダーとなる問題であると思うから、「インデペンデンスデイ」じゃないけど、その解決は、グローバルな目標設定としては悪くないと思う。潜在的に人類みんなが一致団結する可能性をはらんでいるというか。
しかし現実には、各国に負担をどうやって分配するかでモメているわけで。ならば、モメごとがフェアに解決される仕組みを作らなければならないと思いますよ。

不確実な予想は政策を作るうえでの見立てとしては意味があるものだろうけれど、今のIPCCのやり方では分配された負担がちゃんと消化されているかどうかさえ不透明にならざるを得ないので、それが問題だと思います。
IPCCでは各国から推薦された科学者たちが文献レビューに基づいてジャッジメントして、排出係数のデフォルト値を決定していますが、たとえば農業分野の排出係数について専門家ジャッジとそのリファレンスを比較分析した結果、不透明なデータ操作や根拠を明示せずに下した直感的判断が、リファレンスに示された全論文のデータを超えるほどの大きさとなって結論に影響を及ぼしているという報告もあります。

アメリカと中国が大きく温室効果ガス排出量削減の負担をしなければならないことがよく話題にあがりますが、このシステムではデータの地域代表性とか、不確実な場合「安全性」をどちらにとるか(産業活動からの排出量を検討する場合、温暖化防止の観点からは、あえて排出量を大きめに計上するように排出係数を設定することが安全側となる。翻って産業界から見れば、排出量は少なめに計上されるように設定することが安全側)とかの政策的判断を科学者が無意識に下す可能性も生じますわな。もちろん「意識的」に下す可能性も。
温室効果ガス排出吸収インベントリは、もうピア・レビューできないレベルまで細分化していて、当事者以外は全員シロートみたいな状況ではらちがあきませんね。
インベントリは本来、社会の発意に基づいて、最新の知見を用いて作成される境界オブジェクトであるはず(Dilemma of boundaries!!!!)。

そもそも、「地球環境」という究極のザ・コモンズを扱うのに、所有権を人格に分配することに気を狂わせていた近代の産物である「国家」という単位をベースに考えていること自体に、ちょっとしたずれを感じる。
とにかく、コモンズを扱うのにnation 2 nationの考え方は不向きなんだと思う。やっぱこれからはgalaxy 2 galaxyで考えていかないと笑

とまではいかないものの、アカデミアと政治を架橋した広範な議論に基づいて形成された社会的合理性に基づいて、政策決定者が判断を下していくべきでしょうね。



眠いので菊池さんについてはまた後日Zzz

2009年11月10日火曜日

My Favs③

風邪っぽい。。。が、すぐ治るだろう。
こういうときはあえて(寝る。チキンスープを作る。などの)風邪っぽい行動をとらず、何気なくactiveにenergeticに生活していれば体がだまされて本格的な風邪になどならないものである。多分。
今風邪ひいたら、いろんな人に迷惑がかかるなぁ。。。
だからモダンタイムスに行ってビールでも飲もう。

はい。前エントリーでさんざんテクノをあげておいたわりには、今日はヒップホップの名盤の紹介です。


Pete Rock & C.L. Smooth "Mecca and the Soul Brother" (1992)
です。

うーーーん。ジャケからして格好良すぎですね。
これは知る人ぞ知る、「ジャズ・ヒップホップ(not ジャジー・ヒップホップ!!)」のあり方を決定づけた超名盤でして、まさにクラシックと呼ぶにふさわしい作品です!
17年も前にもうこんなかっこ良い音楽が出来ていたというのが驚きです。ジャジーとかメロウとかいう言葉は今でこそ流行ですが、正しく「ジャズ」というものを取り入れたスタイルはこの時代のNY産ならではです。ヒップホップの世界がぐっと広がる一枚です。

NYのヒップホップは、サンプリングの時代がやってきた後、88年頃にはファンキー一色になります。また、88年にはカリフォルニアからNWAの『Straight Outta Compton』も登場、ウェストコーストのファンク・スタイルが全米に広まり始めてもいました。さらにこの80年代〜90年代初頭は大ダンス・ブームが巻き起こっていた時でもあります。そんななか、自分たちの出番を窺っていた新たな世代の面々が、ファンキーでアッパーなものに代わる「俺たちのスタイル」のよりどころとしたのが「ジャズ」でした。
NYはジャズの街です。NasやDJプレミアの親がジャズの演奏家であることからも窺えるように、ニューヨーカーにとってはジャズは身近なもの(らしい?)。そして90年前後は、ピート・ロックらがネタ使いしたジャズ・ファンク、クロスオーヴァーもののレコードが安かったのです。この作品でも、1ドル以下で手に入れたというフレディ・ハバードの『Polar AC』が使われているというのは有名な逸話です。
しかし「100円のレコードが、最高のビートに生まれ変わる」というのも、ヒップホップ的な価値観ではカッチョよいことなのです。こうして新たな世代は「ジャズのクール」を武器に、ファンキーな先輩たちを押しのけて世代交代を果たしていきます。

で、なぜこの"Mecca and the Soul Brother" がジャズ・ヒップホップの指標となったのかを考えてみます。
ピート・ロックは最初、Untouchablesという職人プロデューサー集団の一員でした。それもあって彼のビートは、よく整理された機能的なものになっていったのだと思います。で、その特性は自らのユニットの1stアルバムである本作で全面的に発揮されたわけですが、ジャズの要素を「ホーンのトバし」に代表されるようにシステマティックに表した本作のビートは、一言でいうとマネしやすいものだったのでしょう。同時代にいたジャズ系トラックメイカーとしてはDJ PremierやQ Tipがいますが、彼らが聴かせた「ジャズ」はきわめて複雑で高尚で(それでもかっこいいんだけど)、誰にでもマネできるものではなかったのだと思われます。
それに対し、実はこの作品はリリース当時イージーリスニングだとコンサバなリスナーに揶揄されもしたほど、誰の耳にもジャジーに響くわかりやすいものだったのです。

もちろんヒップホップ・ミュージックはパーティーから生まれた音楽ですが、僕にとっては同時にお洒落でリラクシンな音楽でもあります。ほとんどのブラックミュージック愛好家の方も同様の受け取り方をしているのではないでしょうか。
ただ現在は「ジャジー」という言葉だけが一人歩きした結果、ジャズ・ヒップホップの流儀といったものが曖昧になり、スカイ・ハイ・サウンドにEW&Fやメロウ・フュージョンなどをサンプリングした曲までもがジャジー・ヒップホップのカテゴリに括られるようになってきています。
原点に立ち返れば、ジャズとヒップホップのおいしい関係はそんなものではなかったはずなのです。それはこれを聴けばわかる。
ヒップホップにおけるメロウネスブームの源流となり、同時に最高傑作でもあるこのアルバム、ブラック・ミュージックプロパーの観照者ならずとも必聴です!

モダンタイムス行こ。

2009年11月6日金曜日

My Favs②

・・・

来週末の予定が決まらん。
metroであるなるよしの講演会に行くつもりでいたが、早稲田でSTS学会があることをすっかり忘れていた!!
まあ東京にいく金もないし(が、東京に行ったついでに東京駅にできたという松岡正剛と丸善のコラボ書店をいち早くチェックしておきたいという誘因もある)なるよしだろ。。。と思っていたら、修士の指導教官から飲み会だけでも来いとのメールが・・・どうしよーどうしよー飲み会楽しいのかな・・・「顎足つきなら行きます」とか言ってみようか。入学許可取り消されそう。
悩みはつきません。



さて、僕が一番すきなジャズ・ベーシストが祖国チェコ共和国で 大統領栄誉賞 を授与されたそうです。
すばらしい。
そこで今日はこのジョージ・ムラーツ氏参加のおすすめCDを紹介したいと思います。




Tommy Flanagan Trio "Eclypso"(1977)
であります。



名サイドマンとして知られるトミフラ(p)が、ジョージ・ムラーツ(b)、エルヴィン・ジョーンズ(dr)と組んだトリオで録音したものです。
基本的にはスタンダードの演奏が中心なのですが、アレンジ的に目新しいところがあるわけでもなく、少し今の感覚からするとピアノトリオとしてはやや、色彩感に欠けるかもしれません。

こんな言い方はあれですが、なんとなくトミー・フラナガンは、「ジャイステを弾けてなかった人」というイメージがあるせいか、あるいは枕詞のようについて回る「サイドマン」「名傍役」というキャッチのせいか、バンドリーダーとしてはやや力不足という先入観を払拭するのは聴き手にとっても難しいのかもしれません。まさに僕がその困難を抱えているように。マッコイ・タイナーやケニー・バロンといった同世代のジャズ・ピアニストと比べても何となく迫力を欠く印象です。
が、このCDでも、やはりよく聴けばバド・パウエル派としての名に恥じない気合いのはいったバッピーなアドリブをかましていますし、トランスクライブの素材としてはなかなか良いCDかとは思いますが。

で、まあなぜこの一聴して平凡なCDが特別に好きかというとですね、ひとえにジョージ・ムラーツが素晴らしいからです。
ジャズ・ベーシストというと、大概ちょっと走ったままずっといく系か、超変態グニャグニャ系かどちらかに大別されると思うのですが、その両方の特徴をバランスよく併せ持っているのがムラーツさんだと思うのです。
アンサンブルの中で上の方の音域にもガツガツ食い込みつつ、ここまでリズムの芯がしっかりしているのはジョージ・ムラーツとエディ・ゴメスくらいですね。
特にジョージ・ムラーツの歌心はすごいです。なにげないウォーキングラインであっても極めてメロディアスで、4分音符が歌っているという。
さらになんと言ってもこのCDのハイライトは最後に収録されたConfirmationのベースソロであります。たった2コーラスなのですが、完成度が神がかっています。僕は一時期この曲を聴くと興奮して部屋のモノをいろいろ壊してしまっていました。
基本に忠実にバッピーに弾き倒すところとメロディックに行く箇所の使い分けが素晴らしく、また、ひとつひとつのフレーズがシームレスにつながっており、流れるようです。しかし決してラファロのようにモーダルなアプローチではありません。ここが逆に渋いです。そしてなんと言っても歌心に溢れ、グルーヴしている!
彼のベースは非常に音程が聴き取りやすく、耳コピもしやすいです。ウッベで弾くにはsurgicalなlevelのtechnical proficiencyが必要ですがT_T
もともとクラシックの演奏家であり、シマンドル奏法を駆使し、弓弾きの名手であることでも知られるムラーツさんなのですが、さすがにピッチの良さが半端無いです。弦高はベタベタに低いと思われ、若干エレベライクな音色なのですが、それでもウッドベースという楽器の魅力を最大限引き出す弾き方を心得ておられますね。この辺は僕の主観ですが、ムラーツのベースは甘すぎず、それでいてクリスピーすぎない最高の音だと思います。

あーあとこの人、イケメンなんですよ。笑
もう60歳をすぎられたようですが、最近はサイラス・チェスナット(p)とルイス・ナッシュ(dr)とのトリオで、Manhattan Trinity名義でコンスタントに作品を発表しており、それらもおすすめです。
おすすめジャズベーシストの話でした。

2009年11月4日水曜日

If this is the cross that I have to bear,,,

「呼吸の仕方もわからなくなるんじゃないかってくらい、もう私あした死んでる、死んでなきゃおかしい
くらい苦しくて。だけど、朝起きたら生きてるんだよ。で、なんで生きてるのって思うけど、生きていけちゃうんだよ。いなくなったら、もう生きていけないと思ってたのに、いなくても生きてけるんだよ。」via momo





クロード・レヴィ=ストロース氏が亡くなったようだ。
つい先日、友人たちと、未だ存命であったことを驚きあったばかりだったのだが。
御年100歳。さすがに最近は知識生産の第一線からは退いていたようだが、それでも私たちがまたひとつ、大きな知の灯台を失ったということには違いないだろう。
現在、誰もジミヘンの影響を受けずにギターを弾くことができないように、あるいは、ジャコの影響なくしてエレクトリックベースを弾くことができないのと同じように、現代のあらゆる人文社会思想をめぐる語りにおいて、レヴィ=ストロースと無関係でいることはできない。
心からご冥福をお祈りします。

で、己斐のパソコンも死にました。クロードさんと同じ命日
そんでこの際思い切ってMacbookに乗り換えることにした。
ついに脱Windowsや。さようならビルゲイツこんにちはスティーブジョブズ
お金を貯めてほかに買おうと思っていたものは買えなくなったけれども(かめらとか・・)、まあ、そんなもんやろ。

今日納品です。wktk
マッカーの皆さんはよろしく
とりあえず今はOfficeの入手ルートを検討中。こんにちはビルゲイツagainあと、Adobe製品とかは入ってるのかしら。

2009年11月1日日曜日

My Favs①

11月ハジマタ

ナンテコッタイ/(^o^)\

とりあえず今月中に卒論の第一稿完成を目指します!
今日から再開じゃ。


なんかダークの人たちがホムペでCD紹介をしているようなので僕もお勧めCDをレコ評していくシリーズを始めたいと思います。
エリントンのCDのレビューはしません。

で、第一弾はこれ。




Marcus Miller『M2~Power and Grace~』(2001)

であります












マーカスさんが2001年に発表したソロ作で、彼のグラミー初受賞となった作品らしいです。(Best Contemporary Jazz Album部門だったけか?)

僕が多分高2くらいのときに買ったCDで、それはもう大好きでした。今はもうあまり聴きませんが、マーカスのソロ作の中で一番良い作品だと思います。

このCDではですね、もちろんマーカスのハイパーなベースプレイが炸裂してます。
トレードマークのギラ②スラッピングをはじめとして、流麗なフレットレスでの演奏からシンセベース、バスクラ(笑)まで狼藉三昧です。
しかしそれらすべてが極めて音楽的でして、普通のベーシストのソロアルバムのように、ただバカテクを駆使して弾きまくるだけでなく、スタイリッシュな音楽に完璧に昇華しているのが素晴らしいです。
だからベーシストじゃなくても楽しめます。

このへんは本当に、マーカスが名プロデューサーであることの証左だとおもいます。
非常に豪華なゲストミュージシャンたちの持ち味も最大に引き出されていて、ベース以外にも聴きどころ満載です。
ケニー・ギャレット、ブランフォード・マーサリス、ウェイン・ショーター、ジェームズ・カーター、ハービー・ハンコック、オマー・ハキム、ラファエル・サディーク(!)といった面々が参加しているのですが、この人たちのクレジットを見て、これ以降僕はJazzのCDを買うようになり、音楽の幅が広がるきっかけにもなりました。
ジャコも言っているように、ベースはハーモニーとリズムを架橋する役割を果たす楽器であり、ベーシストはアンサンブルのすべてを把握していなくてはいけません。メンバーの個性を理解し、それを最大限に生かすべく作曲し、アレンジし、ベースプレイで即興をインスパイアしていく。そのすべてを高次元で実現しているという意味において、このCDはまぎれもない「ベース」のアルバムだと言えるでしょう。

マーカスの音楽は、CD屋ではたいてい「ジャズ/フュージョン」に並んでいるんだけど、気に入っているのは、それが独特のクラブミュージックテイストをまとっているところ。それもハウスとかテクノではなくて、ヒップホップやR&Bといったいわゆる「アーバン」と呼ばれるジャンルの香りがするところが良いのです。
だから、ラファエル・サディークやTake6、コリーヌ・ベイリー・レイといったソウル/R&B系の客演陣とも絡みが抜群によいのも納得ですね。
多分、この『M2』において、「ビバップ+アーバン」という公式のもとに成立すると思われるマーカススタイルはひとつの完成形を見ています。

レゲエ風のフィールを帯びた打ち込みトラックの上でドタマから渾身のスラッピングテクニックを炸裂させる“Power”、コルトレーンへの溢れる憧憬と敬意を示しつつもクラブミュージック世代ならではの新解釈を施した”Lonnie's Lament”、愛娘ニッキーに捧げたハートウォーミングな小品“Nikki's Groove”、ハービー・ハンコックと激渋の掛け合いを聴かせる”Goodbye Porkpie Hat”、そして「チュニジアの夜」の進行をファンクビートに乗せたクールなトラックの上でジェームズ・カーターがフリークトーンを爆発させる“3Deuces”まで、どこを切ってもギラギラした魅力に溢れた名盤です。

ぜひ一度聴いてみてください。

2009年10月25日日曜日

東京大学のアルバート・アイラー感想+P.wave lab振り返り

昨日はP.waveの打ち上げ的なSomethingでした。そのいっぽう人知れず「東京大学のアルバートアイラー」を読了しました。


さてさて、ジャズ系に入って、傑作と言われるジャズのCDたちを聴きだして、さらにそれとは別でジジェクとか斉藤環とか齧り齧りしていた2回生の私が「マイルスは神経症的主体でトレーンこそ統合失調症だ!」と思ったのは、マイルス・デイビスはスイング~ファンク~ヒップホップと、時代ごとに父権的だったビートを下敷きにして即興音楽を作っていたり、マイケルジャクソンやビートルズとかポップスターの真似をしたり、「フリー」というパンドラの箱の存在に気づいていながら黙って「モード」にとどまっていたりしたのに対し、ジョン・コルトレーンはバカテク天才インプロバイザー&コンポーザーだったにも関わらず、あっさりフリーにいっちゃってポピュラリティの追及を放棄し、「宇宙」とか「私は神になりたい。まじで」みたいな発言をしはじめたからである。
つまり、マイルスは抑圧的な現状に迎合し続けるという意味でオイディプス帝国主義の虜囚だったと思ったわけですわ。
一方でトレーンは、循環する貨幣に握られた社会の欲望の型にはまることはなかったけれど、結果的には革命的な欲望が現代の社会にぶつかって敗北した姿そのもののように思えた。

でも『東京大学のアルバート・アイラー』ではそういう整理の仕方はされていない。
むしろ、平均律~バークリー・メソッド~MIDIへと連なる機能和声による作曲/演奏法を一貫して「モダニズム」の運動ととらえ、そこを軸としてモード奏法の発明でバークリーメソッドの外へとジャズ、ひいては北米のブラックミュージック全体を解き放ち、20Cの初頭にすでに出現していながら機能和声理論による分析を拒んでいたブルーズという音楽の初期衝動を蘇らせたマイルス・デイビスをこそ、音楽史におけるスキゾフレニーの登場としてとらえている。まあスキゾという言葉は菊池さんは使ってないんだけど、菊池さんによればブルースの登場時点で、MajorとMinorを共在させるというそれまではなかった方法で複数性を表現できるようになっていた。この、アフロアメリカンが本来的に持っていた脱構築的なブルース衝動―――メランコリーを統合失調に消化するという技法―――がモダニズム運動の慣性に引きずられていったん抑圧されたのを、もう一度マイルスが引っ張り出したということになっている。

だから菊池さん的にはマイルスこそモーセであり、モダニズムの極北をいく存在だったということらしい。モードの時点でバークリーメソッドでは分析できないということなので、これはこれで納得。トレーンは即興法を硬派に追求した結果、ビバップ~モードを通ってスペースに行っちゃった人だから系統が違うらしい。
今月のJazz Lifeのインタビューでリチャード・ボナも、「マイルスバンドの演奏を、音量を絞ってらっぱの音だけ取り出して聴くと、彼はブルースそのものを演奏していたということがわかる」と言っていた。深い。それしか言えん。

なんつか、しかしその「単純化された機能和声の理論による作曲」という流れとそこから逸れていく流派を固定的に対置して、(端的に言ってマルクス的なものからの逃走の文脈において)ジャズの歴史全部を説明しているところがニューアカそのものなんだよなぁ。。菊池さんは文庫版のあとがきで「この本はアンチ・ニューアカデミズム」とか書いてるけど、あもっくそニューアカが香ばしいのですが。まあ別に悪いことじゃないと思うわ。僕は宮台さんとか濱野さんとかの00年代の批評を通った世代がポップミュージックの歴史をどう解釈するかに興味がある。

で、楽理の発展史的には、平均律~バークリーの分析を拒むような形式の誕生こそが近代合理主義の超克だったらしい。そんで、MIDIが登場して音楽がさらに規格化されちゃって、それへの抵抗としてジャズミュージシャンたちはプレイヤーとしての意匠をさらに強化し、正統派モダン・ジャズ回帰、フュージョン/クロスオーバー、フリーインプロに走って行ったというのが、『アイラー』では結論として、ジャズの「ハイパーモダニズム」だとされています。確かにリビドー経済の欲望の型から脱したという意味では成功した「逃走/闘争」であると思うし、結論としてはきれいですな。しかし僕はポピュラー音楽はまた別の側面においてポストモダニズム(あーこの言葉使っちゃった^^;)を経験していると思っていてですね、ちょっとそれについて書きます。

とりあえずP.WAVE.LAB..というバンドについての話。
今年のジャズパーティとオト回廊にてパフォームした実験音楽バンドです。
P.Waveがやったのは、デューク・エリントン、エリック・ドルフィー、クロード・ドビュッシー、トム・ヨークといった過去の偉大な作曲家の作品を切り貼りし、一つのステージに再構成することでした。サンプリングという、MIDIと並ぶ素晴らしい発明品を駆使してですね。
でもこの手の音楽やると必ず目くじら立てて批判してくる人々がいるわけです。じゃずぱでMatsuba氏の隣に座っていた「・・・こいつらッ!」という顔芸を披露していたおじいちゃんがそうだったかはわからんけども、サンプリングにアンチの人たちは大体、「芸術の持つ一回性」がとか、「オリジナルのオーセンティシティ」とか「アウラ」がどうのこうのと言う。
しかし私は、サンプリングを駆使した音楽において行われているのは「文脈の差し替え」であり、アウラの再生産なんだと声を大にして言いたい。

ここまで書いて思ったが、メンバーの一人なのに自分のやったことに注釈いれるのも変ですね。まあ発案者じゃないから良かろ(?)

とにかく、文脈の差し替えは悪いことじゃない。それによってオリジナルの持つインパクトを効果的に普遍化できるわけです(ここではオリジナルが何かという話はひとまず保留)。パウロがキリストの磔刑を勝利と解釈し、ラカンがフロイトを鏡像段階のソシュールをとおして読んだようにですね。
客も違えば演奏された場所も時間も違うわけだから、たとえばCDに閉じ込められた録音ですら完全に同じ反復をすることはできないでしょ。ましてや、ドビュッシーとRADIOHEADが西部講堂で並べて演奏される状況とか(しかもホットケーキ調理中に!)、「アラベスク」が作曲された時点では考えられなかったはずです。私たちは場所とか時間とか客とか演奏方法とかいろいろ新たに文脈を付加して、オリジナルの持つ意味を変化させる。だから極端な話、どんなにサンプルてんこ盛りの音楽でも、たとえば毎回まったく同じリストでプレイするクラブDJがいたとしても、その一回一回がスペシャルなものでしょ。
P.waveで気に入ったのは、「After music is over~」ていうドルフィーの名言も再生しちゃったところ。これって電子楽器とかサンプリングといった手法にアンチな人々に対する痛烈なアイロニーになっていると思ってですね。つまり、おまえらがどんなに嫌いなサンプラーとかCDJで作られた音楽でも、この西部でこの時間に生起した出来事としてのShowcaseは、「You can never capture it」ですよという。一回性を条件とするアウラの生成を宣言しているわけですね。さらに、それをDolphyの引用によって行うことで、メタ性も付加している。これはTsubasaの人生最大のファインプレイと言わざるを得ない。

学生のフルバン(特にベイシとかエリントンを完コピする集団。アレンジャーいるとことかは別で)を、音楽的な新規性の無さをやり玉にあげて鼻から毛嫌いする人もいてる(僕もかつてはそっち側だった気もする)が、これを一種のサンプリングと考えると、単なるコピーでも新たな価値が付加されていることは明らか。学バン文化はビッグバンドによるスイングジャズという形式がもつ新しいポピュラリティの発現なのだ。極めてアリストテレス的なアイデアで恐縮ながら、ビッグバンドジャズは、それが生まれた世界大戦期のアメリカではたまたまダンスホールで演奏されていたにすぎず、内在する慣性力のようなものによって、21世紀の日本でも続く演奏者の伝統と新しい聴衆を獲得したのだとも言える。

学術論文の価値が後日、同業者に引用されまくることによって決定されるように、音楽においてもオリジナルが作曲された時点ではまだその価値や意味の系列は定まっていないのです。
実際、ハードバップ後期の、俗にファンキージャズと呼ばれる一群の録音の中には、90年代に入ってからクラブミュージック世代によって再評価され、名盤となった作品も多い。Pete RockやCL Smooth、Lord Finesse、Large Professorといった東海岸のヒップホップクリエイターたちは、ニューヨークが育てた文化の象徴として「ジャズ」をサンプリングし、自らのアイデンティティとしていった。本当にドナルド・バードとかボビー・ハッチャーソンをベタ敷きにして。
別の歴史的契機への移植によって、オリジナルは新しい真実性と価値を獲得する。そしてその新しい付加物とともに再生されるバードの録音は、まったく別のアウラをまとうことになるのだ。

サンプリングはクラブミュージック生産の基本テクとなり、ジャズだけに限らず、オールド・ソウルやファンク、ダンス・クラシックスなども新しい歴史的契機への植え替えを次々に経験した。
そして、サンプリング技術の進歩はさらなるポストモダンな経験を、メタファー/象徴としての「ジャズ」に強いることになる。
ニューヨークのヒップホップユニット、GangsterrのトラックメイカーDJ Premierは、「チョップ&フリップ」と俗に呼ばれる技術で、サンプリングネタを、オリジナルを判断するのが難しいレベルにまで細かく裁断し、それをサブリミナル効果的に散りばめたトラックを次々に生産した。上記したように、それまではモロ使いが主流だったにもかかわらず。
ここにおいて完全にオリジナル/非オリジナルの二分法は意味をなさなくなった。Guruは、自分でも把握できないほどに元ネタを散種することによって、マイルスとは別の意味においてジャズを砂漠へと解き放った。
さらに90年代も後半に入ると、ロサンゼルスの鬼才Madlibが、そうした「サンプリング元ネタの名曲」を、もう一度生楽器(全部自分で演奏。超ヘタクソ笑)で再構築するという二重の脱臼をやってのけた。彼はヒップホップに記号論を持ち込み、思想としての音楽を体現するのが東海岸のリリシストたちだけではないことを身をもって証明した。
(ほとんど北米の話に限定されちゃいましたけど、そのへんはサーセン。僕はUKとか欧州でのブラックミュージックの流れには疎いんです。ジャイルス・ピーターソンとかさ。そのへんに詳しい人が語ったらまた違うと思う)

はい、そんで僕たちの青春、00年代です。製作面でのテクニカルなイノベーションを経て、オリジナルと引用の二分法が崩れた後の時代、音楽のモダニズム運動は、コンテンツを伝達する情報技術のイノベーションによりさらに加速されました。

最初から行きます。かつてヴァルター・ベンヤミンは、『複製技術時代の芸術作品』の中で、かつて絵画・彫刻などの芸術作品は、「いま・ここ」に現前しているという「一回性」において「アウラ」を持ちえたが、19世紀に台頭した写真や映画などの複製技術は、その「一回性」の条件を奪ってしまったと論じました。ベンヤミンの考えによれば、芸術作品の「アウラ」は「一回性」という経験の条件、つまりその対象がオリジナルであり、「いま・ここ」という一回限りの場において知覚、経験することで支えられているんですね。しかし、映画や写真やレコードといった、コンテンツを大量に複製してしまう技術の出現は、その「一回性」を奪ってしまうという。
この構図は長年支配的であり、たびたび参照されてきたものだけれども、所謂ニューメディアが登場したことと、それを爆発的に普遍化させたブロードバンドの人口への傀儡によって、芸術作品を取り巻く環境はさらに変化しやした。われわれはベンヤミンを超えて、音楽を含めた芸術の存在様式を読み替えていく必要があると思います。
iTunesで音楽買って、あるいはYoutube上の動画の音声データだけタダで取り出してアイポッドに同期して聴いたり、それをもとにミックスした音源をライブで使える時代ですから。

レブ・マノービッチは「ニューメディア」を定義して、表象するものが不連続で理算的であるメディアだとした。(The Language of New Media, MIT Press, 2001)その意味でニューメディアが対象とするのは、常に「データ」なのである。この定義は必ずしも電子的な媒介物を含意していないが、情報技術の進歩がなければ現れることがなかったのは明らかだ。ちょっと本筋からそれるかもだが(笑)、近年の情報技術の革新と普及を美術史におけるエポックととらえ、広くデジタルデータ化された芸術作品全般とそれをめぐる知覚と経験の変化について論じていきたい。

ニューメディアが、コンテンツが「データ」であることをその最大の特徴とするなら、ニューメディア時代の芸術作品は情報理論のロジックに服従的であるはずだ。つまり、情報の、それ自体としては決して現前することがないという特徴を芸術作品も持たざるを得なくなるのである。ジャック・デリダはテクストという身体を与えられた言葉を「パルマコン」として話し言葉から決定的に区別した。話し声は現前の感覚を含意するが、書くことによって、言葉は、その場面には不在である者への書き込みへと変更された。電子メディアの登場は、この変形をさらに進めたといえるだろう。テクストの登場によって失われていた、語の本来持つイメージとしての感覚が、コンピュータによって回復されると述べたのは、英文学者のキャサリン・ヘイルズである(How We Became Posthuman, The University of Chicago Press, 1999)。ヘイルズによれば、情報技術の発展に従って、言葉は物質的に耐性のあるテクストでなく、電子的なイメージと相互作用するようになった。ニューメディアの時代において言葉をとらえるには、現前と不在の二分律よりも、情報理論のようなパターンとランダムネスの弁証法的関係が有効だという。しかしヘイルズは、それを物質的世界の消失と取り違えてはならないことを強調する。物質的インターフェイスの変化こそがこの転換を引き起こしたのであり、パターンとランダムネスの弁証法は、物質的世界を消去していない。ニューメディアが生み出した語の意味作用の変化は、その消費様式の変化に結びつき、新しい身体経験を引き入れているのである。

ヘイルズが述べたのは主に文学テクストの生産の文脈においてであろうが、この変化は、音楽を含めた他の多くの芸術作品の形態においても現れているといえよう。フロイトのような存在論になるが、そもそも人間は常に間接的な代替イメージ、身体的刺激、あるいは他者の身体を手掛かりとしなければ己の身体イメージを確保できない。そうした中で、絵画や彫刻の身体経験は、間接的な表象実践の中で、人間が自らを見つめなおす際に強い力を持つ、きわめて凝集されたイメージとしての経験であった。それはまた、映画や写真では異なっている。映画や写真に写し取られた身体のイメージは、己の身体とそれを取り巻く状況を極めて生々しく与えてくる。バルトが『明るい部屋』で述べた「写真的エクリチュール」は、写真があまりにもあるがままであるがゆえに、現実との強い結びつきを有していることを説明する概念である(みすず書房、1985)。そして、ニューメディアの時代にあっては、もはやそのような区分ではとらえきれない身体性の存在様式の地平が現れているのではないだろうか。いまや表象されるコンテンツは「情報」なのであり、身体性は情報が現れる地点によって如何様にも経験されうる。

このことを踏まえると、さっきのベンヤミンの立場が、そもそもの前提から崩れ去ってしまうことは明らかだ。ポストモダニズムとシミュラクルについての議論はすでに語りつくされた感すらあるが、実際、データ化された可変的なコンテンツがネットワーク上を流動する現代にあって、何がオリジナルであるかは大した問題とみなされていないといえよう。これは、前述したような、サンプリング&MIDI時代のクラブミュージック生産者が行ったオリジナルと引用の脱構築のダメ押しである。端的に言って(!)、今日「いま・ここ」は遍在する。ニューメディアは、芸術が持つ「いま・ここ」性をも複製しうるのである。

例えばウェブ上でストリーミング配信されるような作品を考えてみる。これまでのメディアとの最大の違いは、オンデマンド型の鑑賞に適しているということになるだろう。現代人の多忙さを反映し、各個人が、自分の都合のよい時間に、自分好みのコンテンツを鑑賞できるこのような形態は、よりポピュラーになってきている。映画館やコンサートホール、美術館、あるいはお茶の間のテレビとは明らかに異なり、もはや鑑賞者たちは鑑賞の場を共有する必要がない。コンテンツはパケットに分解され、お互い物理的にはるかに離れた情報端末に分配され、それぞれに再構成される。「いま・ここ」はあらゆる場所に現れうる。マノービッチも、ニューメディアの別の特性として、モジュラリティという言葉を使っている。ニューメディアは、ある機能を持った統一体を一つ一つバラバラにでき、いつでも再構成できるのだ。これはある単一の身体をもった芸術作品では不可能なことである。ショウビズとしてスタートしたジャズ然り。

ニューメディアの席捲は芸術鑑賞における主体の自由度を高めているように見える。ではこの事態は手放しで歓迎すべきことなのだろうか。現実には一方で、情報アーキテクチャからの強い規制を受けるようになっているのではないか。再びヘイルズを参照すると、彼女は、情報の持つ、耐久財との決定的な違いは、それが保存された量ではないことであるとしている。インターネットを通じてやり取りされるファイルは、実際の物理空間上の交換とは異なり、どれだけコピーしても元のファイルが失われるわけではない。ヘイルズによれば、情報にとって持つ者と持たざる者を分け隔てる決定要因は、所有というよりアクセスであるという。アクセスという言葉はそれ自体エンコードとデコードに必要な暗号を生産者と消費者が共有することを要請している。電子メディア時代の語り手の形態は、物理的にはさまざまに現れうるが、その常数として、複雑なコードを操作する能力を持つとヘイルズは言う。コードの操作者として語り手を構築することで、読み手にも変化は起こる。デコーダーへと移行した読み手は、テクストを超えたコードの力に影響を受け続けるようになる。

コードという語の持つ意味は、文学作品との関係において、より強力になるのかもしれない。しかしコードの共有は、電子メディアに媒介された芸術作品全般の消費、鑑賞に必要な義務として付きまとうもののように思われる。単純にメディアリテラシーの問題へと解消できるものでもない。先にも述べたが、この問題は情報環境アーキテクチャに関わる。コンテンツとは無関係な電子メディアに媒介されることによって、主体と芸術作品を取り巻く世界は暗号に満たされるのである。そこで必要とされるのは解釈ではなく解読である。主体は自分の情報端末を通して見えるものを見えたままに受け取ることで、複製された「いま・ここ」性を感受しつつも、絶えずそのイメージを二重化しているコンパイラ言語を意識せざるをえないのではないか。そうした暗号を共有しているという事実において、時間的にも空間的にも別々にいる無数の鑑賞者たちは、同一の「場」を経験しているのかもしれない。視覚的聴覚的空間を攪乱し認識に時間的不一致を到来させるテレプレゼンスの「不気味な」体験について、デリダは郵便と電話のアレゴリーによって語った。電子メディアがもたらしている根源的な変動は一見このモデルと類似している。しかし芸術鑑賞に到来しつつあるのは、もはや空間的でも視覚的でもない世界と言えるのではなかろうか。マルチメディア世代の人間にとって、複製メディア体験が身体性を最初から取り込んだものであったことを踏まえれば、情報ネットワークを介した芸術鑑賞は、自らの身体が時間空間を超えて無限に拡大していくような主観体験をもたらすものである。そうした感覚の中で、それぞれの鑑賞者は、それぞれの「いま・ここ」性において「一回」しかない場を知覚している。これは印刷技術と映像的音声的複製メディアとの「緊張関係」をあまりに意識していた前世紀の複製メディア論の射程ではとらえきれない事態だろう。ニューメディア時代の芸術鑑賞者は、なんの抵抗もなくこの文化変容を受け入れられるため、形式と身体性において一体化することができる。認識と媒介のあいだに厳密な区分を設けることは、もはやできない。そしてそれゆえに、主体は意識せずして自由を奪われていると言えるだろう。

ニューメディア環境の下では、主体は解釈ではなく解読をするようになると述べた。これでは、暗号を用いてエンコード/デコードできる以上のものを、芸術は伝えることができなくなる。精神分析医の斎藤環は、コンピュータグラフィクスを例にとってこの話題を扱っている(『メディアは存在しない』NTT出版、2007)。確定記述の集積の、直接的な画像への変換であるCGには、決定的に「ノイズ」が欠けており、そこに表現力の限界が存在していると斎藤は言う。これはデジタルに取り込まれ、ダブ処理を施された音声データにも共通する特徴である。つまり、芸術にとって本質的であるはずの、記号レベルで実体化できない、明示できない要素が、CGやMIDIを含む電子メディアでは伝達できないというわけだ。これではますます一様な「解読」が要求されるようになり、主体の自由が脅かされる由々しき事態となる。
(ここで、すべてを「ザ・コモンズ」と化して公開してしまえば、コードを定める必要がなくなり、このような自由を奪われることもないという可能性が示唆されるが、その議論はここではひとまず保留しておく)

さて、ニューメディアは本当に主体から自由を奪うのだろうか。そして芸術からいわば偶発的な要素を取り去ってしまうのだろうか。この問題の自己解決の可能性を示唆しているのはまたしてもヘイルズのパターン/ランダムネスの弁証法モデルである。ヘイルズは、ニューメディア環境下にある主体が共有する一定のパターンをもったコードは、長大であるがゆえに、その一部にランダムな要素が混入した場合でも、全体に及ぼす影響が大きくなると主張する。電子的なノイズのような小さな変化が非線形な相互作用を引き起こし、いわば「質から量」への転化が、おこるという。その結果もたらされたランダムネスが新しいパターンとして認識されるようになり、コンテンツの変化へと連続していくという。

P.wave.lab..は、こうした情報技術革命と、それに付随する主体の不安とが切り結んだ地点に生まれ落ちたポストモダンジャズの鬼子である。われわれはヘイルズの指摘するような方法によってではないが、生楽器によるインプロヴィゼーション(+ホットケーキ)という要素を加えることによって、ニューメディアに媒介されて(過去から、そして現在から)運ばれてきたデジタルなコンテンツてんこ盛りのショウケースの中にも、可塑性を半ば強引に引き入れた。ニューメディア時代にあって、その技術的恩恵を最大に享受しつつも、ショウビズとしてスタートし、即興性を本質的な要素としていたトラッドなジャズへの敬意を忘れないことで、新たな形での自由を生成したのだ。
ここに、ジャズが向かうべき未来のひとつの形があるとでも言っておこう。



いろいろ講釈垂れましたが、デリダ先生によれば
「意味は真理を待ち受ける」(『声と現象』)そうです。

みなさん良い日曜日をば。

2009年10月18日日曜日

やっとリンクの貼り方わかった




おとといじゅーじやに立ち寄ったら、菊池なるよしの本が文庫になっていたので思わず買いました。

やっぱおもろいなーこういう本は。
ふだん読まないといけない専門書などとはページをめくるスピードがおのずと違ってくる。
それはそうと菊池さんの文体はザンギャフのそれに似ている。

この本を初めて読んだときは確か2回生か1回生の終わりだったけど、そのとき○らしたさんに「マイルスはパラノでコルトレーンはスキゾですね」とかいう話をしたら、
む○したさんには「いや、逆だろ」と言われて、僕はただ怪訝な顔をしていた気がする。

今読んだら確かに逆だと思った。

今日は嵐山に遊びに行く予定。

2009年10月5日月曜日

People Get Ready

昨日は天気が良かったので河原で仲間とキャッチボールなどしました。

出雲路橋のへんは芝生が広くて気持ちよいね。

平和すぎた。



その後遅刻しつつも「魚の会」へ。

Marusanを中心としたいつものグルメ会メンバーで海鮮料理くって酒とか呑みました。
久々にみんなと会えて話せてよかったです。
魚も美味かったし。

でも2次会残ったのは、AladdinとTaylor Oだけ。

4回生は最後のセメスターなわけだけど、なんだかんだ皆さん忙しいのかな?
僕ぁ結局かなりヒマなんだが。

このままだとかなり無為に日々を過ごしてしまいそう。
今日も結局何もしてねーや。ちょっと学校行ったけどね。

京都の人々と離れる前に、金と体力の続く限り遊ぶ所存。
みんな頑張りましょう。

2009年10月4日日曜日

旅行中考えたこと2

駄文が続いた気がするので今日くらいはまともなエントリーを書けたらよいと思う。


言語学者のソシュールは、「パロールは個人的なものでラングは社会的なものだ」と言っていて、これがおそらく一応言語学をかじったことがある人8割がたの通念だろう。なにも根拠はないが。


ソシュール先生には申し訳なく、わりと突拍子もなくてさらに申し訳ないのだが、

「ラング(文法)は個人的で、
パロール(発話)こそ社会的なものである」

という実感を得る瞬間が9月の旅行中に多々あった。


先月はシンガポールとオーストラリア(とネパール)という英語圏ないし準英語圏の国々をめぐったのだが、これらの国々では、きわめて異なるアクセントや特有の言い回しを携えた英語が話されている。

特にシンガポールではマレーやマンダリンの語彙をふんだんに借用した悪名高いSinglish、オーストラリアでは日本語で言う北関東弁のような田舎言葉(イメージです。。むしろIrishとかがそっちに相当するのか?Aussieは結構かわいいからね。広島弁?)Aussie Englishが話されている。

さらに、そこに飛び込んでいった僕が「話す」英語はどちらにも属しておらず、おそらく日本語的なラングを基本としてそれを補う形で構成された文法の上に、きわめてアメリカ的要素が強い語彙とアクセントを携えていると思われる。一応努力目標としているのはカナダ人の英語である。しかし周辺にいる何人かのネイティブによるとたまにシンガポール人のような訛りが出ているらしい。



例えば「コーヒー飲まない?」という単純な提案を行う場合、

シンガポール人なら「Join me for Kopi?」というであろうし、
オーストラリア人なら「Would you like a cuppa?」となるであろう。

ちなみに僕なら普通に「You wanna grab some coffee?」と言う気がする。
純正のアメリカ人なら「Hey let's hit a starbucks dude!」というところだろう。


(すごくわかりにくい例だし、十分じゃない)


とにかく、この劇的なSinglish~Aussie環境の転換を経て感じたのは、それでもコミュニケーションが成立するということは、一見ばらばらな個々人の発話は周囲の集団の中での社会的なプロセスを経て(きわめていい加減かつどうとでも解釈できる表現で申し訳ない)「英語のパロール」というレンジへと一種「翻訳」されているからではないかという可能性である。

つまり、世界中の英語話者全員が、ある普遍的で厳密な文法=ラングを共有しているからコミュニケーションが成立しているのではなく、コミュニケーションを担保しているのは言葉の使い方の緩やかで可変的な「同型性」なのではないかということだ。

文法というのは個人が、言語の生得的な能力をもとにしながら、他の人と言葉をつかってコミュニケートしながら作り上げるものだ。そのときには誰も文法なんて教えてはくれないし、自分の中で個人が自分なりに作り上げるしかない。僕自身もよく、まわりの人の話し方に影響を受けるのを感じるし、個人の中ですら固まっていないものだと思う。

ただ、ソシュール先生も言ったように、言語構造はとりあえず恣意的なのだが、世間にある程度フィットする形でしか作れないので、世間で流通しているコードにある程度合わせていくことになる。(僕もシンガポールで「Fair dinkum」などとは言わないし、オーストラリア人の男友達に対して「Dude!」と呼びかけることもない)

だが、それが自分の周囲でのコードに完全にあっているかどうかはわからない。というより、「これがAussie!」「これがSinglish!」という厳密なコードがあること自体が幻想であろ。

個人によって文法が少しずつ違うというのはそういう意味である。

しかしあまりにもめちゃくちゃな言語構造だと、言葉が通じなくなるので、修整せざるを得ない。それで少なくとも上に述べた「同型性」に関してはだんだん収斂していくことになるだろう。

そんで、ラングというのは自分の頭の中にあるだけでは何の役にも立たないので、必ず発話することになる。そこでコミュニケーションできなければパロールは成り立たないから、パロールは社会的なものだと思う。


うまく説明できたかな。
自分の文章の下手さ加減にほとほと嫌になるぜぃ。

ちなみに、僕は「社会的Social」という言葉があまり好きではないということは断っておこう。
修士でのボスは大好きなのだが。

2009年9月30日水曜日

旅行中考えたこと3

院試のために地理学を勉強してよかったことのひとつは、都市や都市の景観を一定の意味付けとともに観察する視点がついたと思われることである。

人文地理学の下位区分に都市地理学という領域があるのですが、
勉強する過程では、僕がもっとも興味を持って取り組めたところです。
ざっくり言って都市の機能や構造や景観、都市内部ネットワーク、都市間ネットワークなどについて扱うのだが、雑多な要素の集合体ではなく都市をひとつの有機的な構造物としてとらえる観点は刺激的であった。

都市社会学や都市工学プロパーの人からすればあたりまえなのかもしれないが、都市という「場所」のもつ意味は単なる空間的な広がりでなく、そこに住む人々の生活様式や人間関係をも含む。
コルビュジェのような合理性と効率性だけを探求した都市デザインの考え方への反省から、都市地理学の分野ではそこに住む人々と、都市環境との相互作用もありきで考える研究スタイルが広まったらしい。

なかなかここではがっつり説明できないのですが、建築、人類学、マイノリティ研究、ジェンダー研究などと相互作用しつつ都市地理学研究はヒューマニスティックな方向への転回を遂げてきており、その辺も魅かれた理由のひとつ。
ベンヤミンやフーコー、ド・セルトーなど著名な思想家たちも都市についての多くの記述を残しており、地理学者から引用を受けている。



さて、京都に住んでいて痛感せざるを得ないのが、市街地の基本設計の古さである。
基本的な構造が1200年前から変わってないんだからしゃーないが、あの中心部のゴチャゴチャ度は致命的と思われる。
平安京時代から市街地はもちろん拡大しまくってるが、それを踏まえても人口密度は完全なキャパ越えであろ。道路は狭く、車では走りにくいしすぐ渋滞する。チャリが多い街だがチャリを停めるスペースも十分でなく、さらに交通を阻害した揚句自治体に撤去されるわな。
また、京都の伝統的な土地の区割りはうなぎの寝床と呼ばれるように、間口が狭く奥行きが長いスタイル。これをそのまま利用してオフィスビルなんかが建ってるわけだが、そのときに道沿いに駐車場を作ってセットバックで建てるので、並立する建物同士の壁面がそろわず景観上もよろしくないそうだ。この辺は価値判断を含む。

シンガポールという街は最新鋭の計画都市という風情である。
おそらく65年の独立後本格的に開発が始まったのであろうから、上海を除けば現代の世界の主要都市の中で計画的には一番新しいくらいかもしれない。
機能的に配置されたノードと、それらの間に生じるフローを適切に処理できるだけの利便性を備えた公共交通機関はまあ、いわゆる新興経済地域の大都市に共通する特徴だろうが、シンガポールの場合は面積的に限定されているから余計便利に感じるのかもしれない。
郊外の(?)居住スタイルもきわめて合理的で、蜂の巣のような集合住宅の間にぽんぽんとオープンスペース(+フードコート+ウェットマーケット)がある感じ。だから不思議と密集感はない。同じ形の巨大ビルがたくさん並んでいる光景は少し異様ですが。CBDからのアクセスも完ぺき。一定数の世帯が、広い公園のようなオープンスペースを共有するスタイルは防災上も利点が多いそうだ。(京都でも昔は「町」毎に集会所があって、それがセミパブリックなオープンスペースの役割を果たしていた)もっとも、シンガポールは自然災害がほとんどない地域らしく、それも爆発的繁栄に寄与した要素のひとつだろう。
通常多民族国家では、同じ民族的・文化的バックグラウンドを持つ人たちが地理的に隣接した地域に集住してリスクやコストを下げるためのコミュニティが形成される。しかしシンガポールの場合はセグリゲーションはそれほど顕著ではないように感じる。通常、明瞭なセグリゲーションを呈するのは移住後間もないものに限られる傾向があるらしいが、そのためだろうか?あるいは民族間の潜在的な政治的軋轢をとことん取り除き、国民が経済活動に集中できるようにした政策の賜か。この辺は住んでみないとわからないんだろうな。歴史の本で勉強していきたいところ。
おそらく人口400万人クラスの都市だから今は成り立っているのだろうが、地下鉄はキャパシティ限界ぎりぎり感を感じさせたし、集合住宅も建てかえラッシュはいつかやってくるだろう。どんな計画都市もいつかは古びる。
古びたときいかに対処するか。

一方メルボルンは18Cのゴールドラッシュに端を発する古い町である(京都ほどではないにせよ)。
かつては自動車をはじめとした重工業が栄えていたが、やがて生産に直接かかわる部門は移転し、本社機能や金融機関、専門サービス業ばかりが残った。都市の人口拡大と、中心部での土地利用上の摩擦を理由に居住地は外延部に拡大した。という、まさに後期資本主義時代の大都市の典型的な歴史を辿っている。
しかし素晴らしいと思うのがその中心街区の古いインフラや土地の利用の仕方である。特にかつての鉄道関連や倉庫関連の施設やその跡地を利用したフリンダーズ駅~ヤラ川沿いのウォーターフロントが美しい。
CBDにも歴史ある教会や公園がたくさん残っている。下手をこくと空洞化してしまう可能性のある都心部を、都市の歴史や趣を感じさせる形で再開発し、人口や雇用を維持しようとする方法をジェントリフィケーションと呼ぶが、まさにメルボルンはそのお手本とでもいうべき例ではないでしょうか。
郊外化もすさまじいが、結果生じる都心へのアクセスの問題を、Massiveな道路網で解消しているのが男らしい。
アメリカの大都市では極端に進んだ郊外化により、都心の衰退が深刻であることが叫ばれている。その点、メルボルンの都心は郊外に比べて今なお、「都市の顔」としての相対的な強さが保持されている。メルボルンでは2000年以降も、都心部において小売機能や飲食店などが増加しているらしい(バスガイド情報)。新しいラグビー/サッカースタジアムも建造中という、なんだか景気がよさそうな街なのである。
ただ、この街は人口増加のペースがあまりに早いため(2018年までにはシドニーを抜き、オーストラリアで第一の都市になると予想されている:バスガイド情報)、Massiveな道路もさすがに渋滞し始めている。中心街区の駐車スペースもまだまだ深刻ではないものの、かつてよりは不足気味になっているようだ。
しかしあれだけ土地があればいくらでも対処のしようはあるだろう。



京都にしろそうだが、日本においてこれから完全に新しい計画都市はありえない。基本的なフレームは維持しつつ、そこに住む人々の生活その他もろもろの事情の変化に合わせてモディファイしていくしかないわけだ。土木とか建築はかっけぇ学問だし、都市の思想とか建築思想とか憧れるが、やはり限られたリソースと面積の中で都市を時代に対処させていくのは、簡単な仕事ではないんだろう。みんな賢いんだなぁ。

京都でジェントリフィケーション的なものがあるとしたら、すぐに思い浮かぶのが町屋を改装したギャラリーとか飲食店である。うまいことブランド化されてる。しかしこれはおそらくトップダウン式になされたものではないから、定義からは外れるかもしれない。観光向けの開発が自然発生的に進めばインフレ圧力がかかる。結果的に町屋を下宿として借りるとなるとバカ高いともきく。これはまあ良いことだろう。
とりあえず京都は住みやすい街ではある。駐輪スペースの問題が一番大きいと感じるが、伝統的建造物保存地区だけ残してそれ以外全部やりなおしというような大改造をするわけにもいくまい。気持ちよく暮らすには公共心が求められる。


長々と書いたわりに結論がうんこになった。
結局観光旅行の感想をもとに内容があることなんか書けないのかもしれん。

2009年9月5日土曜日

サボり厨、アデュー~Mecha-Suzanneへ~

http://suzanne0721.tumblr.com/post/180483615/cd-pretaporter

デリダ厨のわしが考えてみた。

ジャック・デリダはユダヤ系フランス人だけどアルジェリア生まれだった。
家族はほぼユダヤの伝統を失っていた。
さらに、アルジェリアがフランスから独立した結果、彼の故郷はフランスから分断された。

フランスからも切り離され、ユダヤの伝統からも隔絶したルーツを持っていることは、ざっくり語弊を恐れずに言えば、さまざまな概念や着想を区切る境界を曖昧にする脱構築という営為を根幹とする、「脱領域的」な彼の思想に深く影響を与えているように思う。
この点はサイードなどとも通じるが、デリダの場合はただ単にルーツがあいまいであることを強調するのではなく、歴史から切り離された後でも不可避な形で繰り返し回帰してくる、自らのなかのユダヤ的なものにも何度も言及していたのが特徴だろう。これも、単に確固たるルーツがある/ないという二分法の脱構築であると感じる。
デリダは、自らの身体に「書き込まれた」痕跡である割礼に対する執着を示しており、旧約聖書からの引用を頻繁におこなったほか、「署名」や「亡霊」といったモチーフを好んで用いていた。さらには、内面はまったくユダヤ的ではないが、ユダヤの「署名」を持つ自分の体というものを究極の契機として、身体化された記憶とそうでないものとの違いを殊更に強調し、グラマトロジーについての大著を生み出すに至ったのだという可能性が「示唆される」。

これはあくまでわしの解釈じゃけどの。
デリダの出自と思想の関連については先生自身が、
『西洋とイスラム』という対談集で詳しく語っていたんじゃなったっけ確か。

あと、高橋哲哉本にもこのへんのことは書いてあった。ちょっとまた読みたくなったけど早く返してよKawanoさん。

2009年8月22日土曜日

scratch

ひとしれずはじめてみた。

本当は院試終わってからはじめようと思っていたのだけれども。
院試は明々後日す。とりあえずKYOTOに帰ってきました。