2010年2月15日月曜日

Even I was once someone's Valentine, surprisingly... the absolute highlight of my life.

Is the best yet to come? I doubt it...*sigh*

とま、体調が悪いとどうしても気分までダウナーになってしまいますな。ワラ

when u feel down,,Fワードタントラが効きますよ。

F**K YOU!!

と3回叫べばあら不思議。スッキリ快調。
別に誰かを名指してなくてもね。
おすすめ。毎朝起きてやるとなおよし。


あ、で、St. Valentine's Dayは熱を出してしまい、出演を予定していた焼け跡も見送りました。
関係者各位、そして僕の出番を楽しみにしてくださっていた皆さん申し訳ありません。

言い訳になるが、
2月に入ってからも結局アルバイトを続け(年度末地獄への動員)、アルバイトから帰ったら発表要旨&資料作り(これ重いT_T明日閉め切り。ヤバい!!)、PAMOJAでやるスマップコピバンのトランスクライブ&練習(ウルトラE難度)、うしろがみバンドのワンマンイベント手配など(バンマスが頑張ってるバンドはやる気になる!!)、ジャズ系追いコンフルバンのトランスクライブ(やってないけどなww)、かわぬさんのバンドの準備(これもやってないw)ジャズ系卒業旅行の幹事(連絡してなくてスマン。宿以外何も決めてない。死ねる)、サマリタン追いコンの準備(ムズい。才能なさすぎワロタ。ほんでスパルタwでもきれいにハモったとき気持ちー!)など寝る間もありませんでした。(←遊びばっかやん)

そして昨日、ついにHPがゼロになりましたT_T

恥ずかしながら、ダラダラ生活が長過ぎて、少しでも忙しくなるとすぐに体調が崩れる仕様になってしまったようです。
当番医行って注射一本打ってもらったら熱は下がったけど。
いま体調崩しとる場合じゃないわぁほんま。。。


で、昨日は死んでて、バレンタインデーが日曜日とか「らりるれろ」の陰謀だろって思ったけど、アメリカではこの週末はウマい具合にバスケットボールの祭典、NBAオールスターウィークエンドだったんですね。
バレンタインデーのデートがNBAオールスター本戦とか夢だよな。
うらやましーぜアメリカ人!

というわけで今朝はオールスター中継見つつパワポ作ってます。
アメリカのバスケットはやっぱり「ショー」としての要素があるから面白いと思う。
今年のオールスターはダラスのカウボーイズスタジアム(フットボール場)で開催してて、8万人動員してバスケットボールの試合の動員数の世界記録を塗り替えたらしい(これまでの最大動員数は2003年NCAAファイナルの7万8千人。大学バスケ人気あるな)。
いいよーいいよーバスケいいいよー


20日乗り切ったらいちおう鬼畜スケジュールに一段落着くはず。
そしたらまた広島に帰ります。で、ボストンです。

鬼畜とは言ったけど結局ほとんど遊びイベントなんで楽しまないと意味ないな

とりあえず迷惑かけてるみなさんサーセンっす
ヒマになりましたらまた更新しますわ


プエルトリカン・アカペラグループのNOTAいいよーあーこれいいよー

2010年2月12日金曜日

悪魔の話

時が経つのは本当に早い。

2010年の波乱の幕開けを告げた未曾有のハイチ地震からもすでに一か月が経過した。
このブログはいつの間にかうんちく論的転回を経験したが、一応、ただ脈絡のないうんちくではなく、なるべくその時々の注目ニュースや季節を感じさせる話題などを取り上げるup 2 dateなブログにすることを目標としている。
ということでハイチネタでぜひエントリを書きたかったのだが、すっかり乗り遅れてしまった。

とはいえまだまだ大変な状況が続くハイチである。
地震国日本の尺度からすれば決して大地震とは言えない規模だったものの、とんでもない大「災害」になってしまったハイチ直下震災。
この一カ月は現地の悲惨な状況を伝える映像などとともに、欧米の政治家やセレブリティのコンシャスかつスピーディな反応に関する報道が注目を集めた。

だがそれを横目に、わしは「悪魔信仰」についてインターネットで調べるという不埒な行動をとっていた(許されたし)。
そう、ハイチから連想されるものと言えば、ヴードゥー教。
ヴードゥー教といえば、悪魔である。


わしは悪魔の存在を信じている。
もちろんそれはキリスト教的世界観における悪魔だ。
高校を卒業したての春休み、実話をもとにした悪魔憑きの映画『エミリー・ローズ』を映画館に見に行って、「一人暮らしなんてできんわ」と独白するほどの恐怖とともに、悪魔の実在を確信した。

わしはそもそもホラー映画がそれほど好きではない。
さらに、最近の邦画によくある「携帯の着信が呪いを呼ぶ」だの「とあるビデオテープを見た人は何日以内に死ぬ」だの、といった話は、設定を読んだだけで賢者モードに入る。
なんというか、不粋かつ安易に感じられるのだ。
理屈を超越した恐怖と、理屈と直結するテクノロジーをミックスするのは。
まあ、それはそれで、神秘なき時代に新たな恐怖を演出するための努力なのだろうが。

だがエミリー・ローズはわしの胸を貫いた。
エミリー・ローズという実在した若い女性が悪魔に憑かれ、周囲がその悪魔を祓おうと努力して失敗し彼女は亡くなる・・・それだけのシンプルなストーリーなのだが、実話ベースも相まって圧倒的な圧倒的リアリティが圧倒的にドSな演出で圧倒的に迫る!
あえておすすめはしない・・・わしも二度と見る気はないが、とにかくこの映画でわしは悪魔を信じるようになり、悪魔を退けるためにも日々祈らなければならないと思い、信仰を新たにしたのだった。

実際、悪魔をキリスト教の教義の中でどう扱うかに関しては議論が分かれるところではある。
新約聖書におさめられた福音のうちいくつかには、イエスが悪魔祓いをする場面も登場するが、カトリックの神学者の間では「悪魔=ローマ帝国軍」のメタファーであるとする説が主流であるようだ。
一方、ギリシア正教の一部では悪魔祓いの儀式を実際に請け負う教会なども存在するし、リアル・エクソシスト関連の動画などもいろいろ出回っていたりするのだが、怖すぎてとてもここでは紹介できない。
とりあえず十把一絡げでは行かないということである。
基本的に東欧の正教系修道会のほうが悪魔の研究についてはより、進んでいるということは言えるだろう。
しかしわしのようにカトリックでありながら悪魔をガチで信じているヤツもいる。

そんなこんなでハイチ地震をきっかけに故エミリー嬢のことなど思い出しつつ、悪魔信仰をキーワードにウェブを彷徨していたわしがたどり着いたのが、この記事である。
http://x51.org/x/03/08/2127.php

ヴードゥー教神父、悪魔との契約を出品:
英国はナリッジ(Norwich)在住のヴードゥー教実践者、Dtor Snake氏が"悪魔と契約して大物になる方法"をeBayに出品中。
落札後は落札者と個人的に連絡を取り、クロスロードでの契約を確実に行う。
落札者は氏が案内する闇の使者と"真の契約"を交わすことになる


もっとも、これは6年以上前の記事なので、オークション自体はとっくに終了している。
悪しからず。

もちろん、こんな話は笑って楽しむべきもの、信用したらアホである。
「悪魔との契約」と「eBay」という絶妙なミスマッチ感や、「これで救われた人はたくさんいる。でも、名前を明かすわけにはいかない」という理屈からプンプンするインチキ臭さはもちろんのこと。
それ以外にも、「契約」が二段構えになっており、Snake氏は要するに案内人に過ぎない点にも注意したい。
案内するだけの人間が「契約を出品」とはおこがましくないか?
手数料の規模にもよるが。

それ以前に、そもそもSnake氏はUK在住なのである。
イングランド東部の小都市に、どんなヴードゥー・コミュニティが?

こんな人を「ヴードゥー教神父」と呼んでいいのだろうか?

と問題点はいろいろあるが、Snakeさんの発言には、真剣に読むべきポイントもあるのだ。

曰く「本当はクロスロードの儀式の本質は悪魔的(サタニック)ではないんだよ。そもそも悪魔っていう概念自体、キリスト教が勝手に作り上げたものだしね」。

さてここで、映画『クロスロード』を思い出されたい。
ことの発端は、ウィリー・ブラウンという黒人青年(ロバート・ジョンソンの"Cross Road Blues"にて、「俺の友達」と歌われている人物だ)が、ミシシッピ某所の十字路で「ブルースマンとしての腕前」と「魂の所有権」を交換条件として契約したこと。

そして、その契約の相手をウィリー・ブラウンは「レグバ」と呼んでいるのだ。


話をハイチに戻します。
カリブ海に浮かぶイスパニョーラ島の西側を占めるハイチ共和国。
人口の95%はフランス領時代につれてこられた奴隷の子孫である黒人だ。
そしてヴードゥー教は、彼らの故地であるアフリカを起源としハイチで開花した(厳密には少し違うがジャマイカのラスタファリズムと同様の)、非常にパワフルでブラックな宗教である。

(余談だがわしがかつてハマった、米フロリダ州マイアミを舞台にした洋犯罪ゲームGrand Theft Auto: Vice Cityでは、街の外れにあるその名もLittle Haitiという地区にヘイチアン・ギャングたちがナワバッているのだが、そいつらが乗っているクルマ(カッコよさげなローライダー)はVoodooという名前だった。つまりアメリカではハイチといえばヴードゥー、ヴードゥーといえばハイチというわけだ)

黒いタキシードに身を包んだ粋な死神であるバロン・サムディや、蛇神ダンバーラ、怒りっぽい火の神オグン。
キャラ立ち激しい神々のオンパレードだが、中でも異色を放つ神がいる。
彼こそはレグバ(Legba)。
「ぼろをまとった老人の姿をしている」とされるため、死神や蛇神や火神と比べるとビジュアル的インパクトは少ないが、非常に重要な神格である。

トリックスターとしての性格も興味深いが、この場合に肝心なのは、レグバが神界と人間界を結ぶ鍵を握っているということ。
だから、神々を呼び出す儀式の際、最初に到着するのも、最後に去っていくのもレグバ。
彼がドアを開閉しないと交流は不可能なのだ。

そして、彼は「十字路の神」でもある。
十字路=交差点の意味するところは明白だろう。
神界と現実世界とが、文字通り交差するところ。
だからこそ、ウィリー・ブラウンは十字路を統べる主に「レグバ」と呼びかけたのだ。
アメリカンカルチャーとカリビアンカルチャーの距離の近さをいかにも示しているではないですか。


「ハイチ国民は、85%のカトリック教徒と110%のヴードゥー教徒からなる」と言われる。
要は、ハイチのヴードゥー教徒たちは同時にキリスト教徒でもあり、アフリカ起源の神々とともに、イエスもマリアも、そしてカトリック特有の多彩な聖人たちも信仰対象だということだ。
それら聖人は、時に単独で、時にはヴードゥー神と同一視されつつ、愛され崇められている。

たとえば聖ペトロ(ピーター)。
「初代教皇」と扱われることもある彼は、「天国への鍵」を保有すると言われている。
そして、さきほど書いたとおり、異界のドアを開閉する鍵を握っているヴードゥー神といえばレグバ。
ゆえにペトロは、レグバと同一視されることがある。

要するにハイチでは、ヴードゥーがキリスト教を吸収・合併したのだ。
だから「110%」なのだよ。


ロバート・ジョンソンが十字路で出会い、契約を交わした「悪魔」とは、実はレグバのことではないか。
そう結論づけるアメリカ文化史研究家も多い。

だが待たれよ。
映画『クロスロード』にふたたび話を戻すと、物語の終盤、老人となったウィリー・ブラウンが「レグバに会いたい」と言うと、使者が「レグバ?知らんのかいな、あの人は今は改名してんで。今は”スクラッチ”ゆうんや」とあざ笑うシーンがある。

そしてその「スクラッチ」とは、とりもなおさず英語圏での悪魔の別名なのだ。
映画ではほんのわずかな言及ではあるが・・・この改名のくだり、哀しいことにアフリカの神がキリスト教に「悪魔」として取り込まれていることの証左ではないか。

ヴードゥー教→悪魔信仰というイメージも、ここから来ていると思われ。
なんとも申し訳ない話だ。
ハイチでは決してレグバは悪魔では無い(だろう)。

「クロスロードでの契約は、決して悪魔的ではない」
Snake氏はそう主張した。
それはつまり、十字路での儀式が本来、ハイチの人(アフリカ系)による、ハイチ(アフリカ)の神との交流だったことを強調しているのだろう。

だが・・・古代のユダヤ人が近隣民族の神々を悪魔として自分たちの神話に取り込んだのと同様に・・・近世以降のキリスト教はアフリカの神々を悪魔と同一視した。
それを批判したのが「悪魔っていう概念自体、キリスト教が勝手に作り上げたものだしね」という部分だという。

そんなキリスト教の不寛容さと対照的に、「有力な神様は大歓迎!」とばかりに、イエスやマリアや聖人たちを神として取り込む、無節操だがおおらかなヴードゥー教。

多極化・多元主義の時代を生きる人類に必要なのは、後者のメンタリティではないか。
時折、そう思う。


まあ悪魔がいることに変わりはないんだが。

2010年2月10日水曜日

ジブリング

先日金曜ロードショーで『崖の上のポニョ』が地上波初放送されたようだ。
わしは見とりませんが。
mixiニュースなんかでは裏番組の『剣客商売』の視聴率の高さが取り上げられてテレビ視聴者の年齢層の上昇が指摘されていたりなんぞするが、まあそれ自体は構わない、と思う。
ネット上でのジブリ人気は依然凄いものがある。
『もののけ姫』が放送されていた時もだったが、ジブリアニメ放送時のついったーのTLの変容ぶりはすごい。


ネット好きな人はみんなジブリ好きなのだろうか。むしろネットへの露出が多いだけじゃないか。おそらく世代をこえて安心して書き込める「鉄板」ネタなんだと思う。ジブリ名言はお茶の間、学校、そして次はネットで消費されてる。(via @rjohph)


とつぶやいたのはUrikuraさんだがこれには同意。
量産されるジブリの名ゼリフ引用は鉄板過ぎてもはやオモロくはないね。
ネタへの依存だけに終わってしまって、ジブリ作品の本質からはほど遠いものという印象すら受ける。
もっとも、「ジブリ作品の本質」の何たるかなぞ語れないがね。

セリフだけではない。
ジブリ映画の主題歌たちが、この国で人口に最も傀儡した普遍的メロディの一角を占めていることに疑問の余地はあるまい。
わしだって、「ポ〜ニョポ〜ニョんふふふふぅ〜♪」っていうのが最初本当にキライで、「まじでイライラするぜ」って思ってたハードな中ニだったんだけど、気付いたら自分でも鼻歌になっていたりするからメディアの洗脳って本当に恐ろしい。
しかもそのメディアが踊り場だったりするから話が難しい。
ジブリネタをとりまく状況に関しては、『もののけ姫』『ポニョ』と続いた地上波放送と、それに反応したネット上のコンテンツをぼんやり眺めつつ、ふ〜〜む。。などと考えていたのだが、ついにわしを戦慄させる出来事が起きたのだよ。

それはほんの数日前。
知人のDJサークルの追いコン的イベントに誘われ久々にワールドに乗り込んだわし。
そこで目撃したのが、金曜ロードショーでの記憶も新しい(であろう)「崖の上のポニョ」が即興でミックスされる現場だった。
フロアはガツンとアガったが、わしの体は凍り付いた。
(フリーーーーーーーズ!!マック&チーズ!)
ドープなBボーイやビューテホーなBガールが跋扈する驚異的リア充空間にナードな文化系ブラックミュージックファンであるところのわしが彷徨いこんでいたという特殊な状況のせいもあって、余計批判的なアティチュードが刺激されたのも一因だが・・・とりあえず、音盤になっているものはライセンス・クリアしてるんですよね?

だって久石譲である。久石め。
ジブリ仕事で大きな転機を迎えたのであろう今や国民的コンポーザーの大家。
それ以前に手がけた仕事についてwikipedia先生などでざっと調べた感じでは、、
テリー・ライリーなどのミニマル・ミュージックに深く傾倒していた学生時代、音楽家として活動するにはそれなりの芸名が必要だと改名(本名:藤澤守)したこと。デビュー時はムクワジュ、ワンダー・シティ・オーケストラといった現代音楽〜フュージョン〜エレクトロを自由闊達に往来する不世出のアーティストだったこと、など、現在の音楽性を語るに欠かせないルーツを持っていることがわかった。
でも久石譲のこういう原点について語る人って少なくないかね?
坂本龍一とはえらい違いだ。
とりあえずわしはジブリ関連以外の久石作品について全然知らない。
petyuratto氏とか詳しそうだな。

とにかくである。
ジブリ周辺の久石作品、特に最近はそんなに良いと思えないんだ(ポニョはひどいぜ)。
なんてのかな。がっつり「あーええ曲!」っていう感動がない。
いや、もちろん偉大な作曲家ではあるだろう。
もののけ姫のサントラはけっこー好き。
金もあるし、作品性も創作技術もすごいんだろう。

しかし。
おそらくこういうひねくれた感想になるのは、久石ワークスをそのまま使った昨今のジブリぬたクラブミュージックに対する「ツマンネ」という印象に起因しているのもあると思うのだ。
すぐ思いつくところでは、日本のジャジーヒップホップ集団VOLTA MASTERSの『Oriental Wind Remixed』が挙げられるが、これもパッと聴きだけ「おっ」ってなってあとはポイっちょ。
なんつかね、チープなんですよね。
冒頭で述べた名セリフ引用と同様、久石曲の大ネタ使いのどれからも感じ取れるのが「これを使えばどうにかなる」感。

問題はネタ依存だけではないだろう。
宮崎作品に流れる現代のマジョリティを、もしや昨今のトラックメイカーも求めているのだとすれば、かつての日本語ラップが経験することになった歌謡界進出にも似た、あの種の転換期をアンダーグラウンド/インディーズ・ヒップホップ界も迎えたことになるのだろうか。

この事態はまた、島谷ひとみの「雨の日には 雨の中を 風の日には 風の中を」を連想させる。
相田みつをの同名作品にメロディをつけ歌われるJポップが、一連のジブリぬたを量産する社会背景を象徴しているように思えてならない。

ひとことで言うなら道徳観ということになろうか。
道徳観という大義名分がメロウやジャジィといった言葉にすり替えられながら踊り場でかかる音楽のあり方を変えていこうとしているんじゃないか。

無法地帯化したネット社会において大人も子供も安心して楽しめるアニメは、このご時世たしかに貴重だろう。
わしだって宮崎作品は好きだ。
その美しい描写、時空を超えたストーリーに感動を覚えずにはいられない。
そして圧倒的な映像美をサポートするBGMも、その枠の中において高い完成度を誇っているように思う。

しかし、だからといってあの曲をサンプリングしたいというイージーな気持ちには同意しかねるな。
というより、音楽家ならその感動を他のエネルギーに替えて自分の作品にすべきじゃないか?
あるいは大ネタ使いじゃなくて、「そこを使っちゃうかー!」という唸るようなアイデアを期待しちゃうんだがな。文化系音楽ファンとしては。
従来のアニメの概念を超えた宮崎駿、そこに共鳴した久石譲も映像と同化することで、音の呪縛から解放され新たな境地を切り開いたのだ。
そうした大事なプロセスを省いたところでジブリったとしても、元ネタはもちろん自分のベストを超えるほどの感動なんて生まれないぞ。DJブースの住人諸君!

とまあね、件のDJに小一時間説教たれたわけじゃないけど、勝手にクリティカルになってもたということですわ。
ナードですな。

ちなみに久石ワークスではこの曲が好き(ジブリじゃないってゆー)。

2010年2月7日日曜日

レフトハンダーズのユーウツ② 〜すぐそこにいるマイノリティ〜

左利きピーポーの苦労を知るべく左利き用ベースを練習する!
という公約を守るべくこの間東京に行った折につけ、お茶の水の楽器屋街に向かったが、左利きベースなど実際ほとんど見当たらなかったから気に入ったものが見つからず結局買えなかった。

ま、とんだ茶番である。

何件も見て回っているとたまーにあったりもしたけれども、おそらく全体の本数に対しては1%以下だったと思う。
ギターも然り。
各ギター会社のカタログを見ても、名手たちのシグネチャー・モデルだらけで(それ自体は別におk)、左利き仕様モデルの有無すら書いていないものが多い。

さらに厄介なのが教則本だ。
わしはけっこう楽器教則本の類が好きで、新刊が出ると楽器屋とかで立ち読みしていろいろチェックしているのだが、どうやら日本では、レフティ用のベース(ギター)演奏指南書はほぼ皆無のよう。
たとえば初心者向けの教則本の多くに載っている指板-音程対応図だが、これを使って左利きベースの運指を学ぼうとすると、本を回転させて見なければならないだろう。
ベース(ギター)界は、徹底してレフティ・ブロッキンなのである。
これでは、「わかったよ、右利きで弾けば良いんだろ!」となる左利きピーポーも多いに違いない。
ああ、我々多数派が見過ごしているバリアが、こんなところにあったのだなあ。
バリアフリーが叫ばれる、この時代に。


人類の歴史を通じて左利きが少数派なのはなぜか?
これには諸説ある。

面白いのは「戦士と盾」説で、左利きの戦士は盾を右手で持つから、左にある心臓を守れず死ぬ可能性が高い、というもの。
まあ、ヘリクツですな。
どっちにしても、ドタマかち割られたら死にますがな。
古代から職業が戦士でなくとも右利きが多数派だったし、現代は剣と盾で戦う時代ではない。
それでも、常にレフティは少数派だ。
そもそも、この説は左利きが親から子へ遺伝することを前提にしているが、親が左利きだからといって子供の左利き率が上がるわけではない。
つまり、利き手は遺伝するものではないのだ。

では、何が左利きの原因なのだろう・・・という疑問自体がバリアだ、ということを我々は悟らねばならない。
正しい疑問は「人の利き手はいかにして決まるのだろう?」だ。

一説によれば・・・母の胎内で、胎児は自分の手の指をなめる。
そのとき、なめていた方の手が、出生時の利き手になるそうだ。
おお、生命の神秘! とは思うが、それが真実だとしても、「なぜ大半の胎児は右手の指をなめるのか」がわからん。
我々の近縁種であるチンパンジーには利き手の偏りが無いというし・・・にわか雑学ブログの駄文ごときでは解明できない、人類の大いなる謎なのだろう。


というわけで、遺伝性ではないが先天性ではあるらしい、利き手というもの。
しかし、他のどんな動物よりも学習期間が長いのがホモ・サピエンスだ。
そこには常に後天的要素がある。

たとえば、イギリス王室のレフティ率が並外れて高いのは、やはり「子は親を見て育つ」からだろう。
さらに興味深いのは、わしのBボーラー時代のチームメイト、中→高進学時に水球から籠球へ華麗に転向し、フィジカルなディフェンスと左手から放たれる高確率のジャンパーでベンチスタートながらHG高校バスケ部の強さを支えた名スイングマン、タクヤ・カネサワのケースだ。
彼の話を覚えている範囲では・・・「生まれた時は右利きだったらしい。ところが、兄貴が左利きだったため、真似しているうちにすべてが左に。が、鉛筆を持ち始めてから、書くのは右に逆戻り。ほぼ同時に、箸を持つ手も右に変わったみたい。だけど、野球のグローブとかは左利き用しか家に無かったから、いまだにスポーツはすべて左」だそうな。
なるほど。「環境が作る」部分もあるのだな。

そしてなんといっても左利きといって忘れちゃいけないのがイエロー・ジャケッツやジャコ・パストリアス・ビッグバンドで活躍するベーシスト、ジミー・ハスリップ氏だ。
彼の演奏する映像を見ると、ベーシストならば平衡感覚がおかしくなりそうになる。
というのも彼はただ単に左利きというだけではなく、ボビー・ウォマック式に、右利き用のチューニングをそのままひっくり返した状態でベースを弾いているからだ。
つまり一番太い弦が最下部に来るというわけだ。
この人は6〜7弦ベースを弾くので、非常にファットでストロングなローB弦が手首から最も離れた場所にあるのはかなりキビシいハンデとなると思うのだが・・・
またエレクトリック・ベースでは、音程が下降するフレーズを演奏する際、ワンストロークで複数の弦を弾くことで省エネな発音をする「レイキング」というテクニークを多用するが、もちろんこのチューニングスタイルでは封じられた技となる。
すべて一音一音独立したピッキングが必要になるということだ(逆に上昇フレーズでレイキングを使えるとも言えるが・・常套句的な節回しではあまり有効なアドバンテージとは思えないな)。




この映像ではウェザーリポートの名曲"Havona"でのジャコのフレーズを練習しているようだが、驚くべきスピードと精確さだ。
奏法上のハンデをものともせず、右利きベーシストを差し置いて現行ジャコ・フルバンのグルーヴを担うジミー・ハスリップ!すごい!!

だが・・・もしジミー・ハスリップが、利き手を右に矯正されていたら。
技巧派ベーシストとして大成していただろうか?
いや、ジミー・ハスリップだけではない。
ジミ・ヘンドリックスもベイビーフェイスもボビー・ウォマックもポール・マッカートニーも、右利きへの変更を余儀なくされていたら、その生来の才能を発揮できただろうか?

というのも、利き手矯正はメンタル面でリスキーだからだ。


左利きに生まれついた子供を右利きに変える。

この習慣は東アジア、つまり、中国、台湾、韓国、そしてもちろん日本に特徴的なものだ。
揃いも揃って、非科学的で排他的な国ばかりに見えるな。
しかし、かつては欧米にもレフティたちへの激しい蔑視が存在した。

英語では「右」と「正しい」が同じrightで表される。
また、「器用さ」を意味するdexterityという英単語は、ラテン語で「右」を意味するdexterに由来する。
ところが、「左」を意味するラテン語sinisterは、英語で「不吉な」「邪悪な」の意味となっている。
ヒドい話だとは思わんか。

この日本に、そんな左利き蔑視があるかどうか、わしは知らない。
だが、前途に待ち構える社会的圧力を考慮してか、左利きから右利きへの矯正をよしとする習慣はまだあるだろう。
これはやめておいたほうがいい。
子供の内面に深いダメージを残す可能性がある。

自ら進んで、利き手を変更しようと思い立つ子供はまずいない。
ということは、矯正はすなわち強制であり、虐待なわけだ。
そして、そこには親の叱責が必然的に付随するだろう。

ここでひとつことわっておかなければならない。
わしはさっきから繰り返し「矯正」という言葉を使っているが、矯正とは「欠点などを正しく直すこと」である。
左利きは欠点ではないので、この言葉遣いは不適切だ。
意味を考えれば「強制」と書くべきだが、便宜的に使わせてもらいます。
サーセン左利きのみなさん。許されよ

とにかく、もって生まれた本性を、何が悪いわけでもないのに、親に否定される。
それも、人生開始後まもなくだ。
そりゃキツいよな。
これがトラウマになり、吃音を含む言語障害、学習障害、うつ病、などなどの後遺症を残した例が多々報告されているのだ。

「幼児なら矯正は可能」という説があるが、親が「矯正してやろう」と思うのは、「子供が明らかに左利き」だから。
つまり、その時点で利き手は既に定まっているわけだ。
矯正が幼少時に行われるのは、それが「子供が親に逆らえない時期だから」に過ぎない(逆に、大人になってからでも自ら望んでやれば、ダメージを受けずに両手利きになれる。らしい。まあだからこそ「左利きスタイルでもベースを弾けるようになっちゃろう」と思い立ったわけでもあるが)

メンタルな後遺症は当然、生来の能力発揮の妨げとなる。
左利きのままなら活かせた能力を捨てさせられたレフティが、これまで何万人いたのだろう。
こう書いていること自体、残酷なのだが。


わしはレフト・ハンデッドではないがレフト・ウイングドではある。
人類は多様であるべきだし、少数派は少数派として尊重されるべきだ。
多数派独裁という病理を黙って見過ごしちゃだめっす。

グッドサマリタンクラブの人々は、善きサマリア人が助けたのが、当時のパレスチナの被差別少数民族のレビ人だったことを思い出すべきだし、ジャズ系の人だって、ジャズが少数派のアフリカン・アメリカンたちが育んだ文化であったことを忘れちゃいけません。

説教臭くなって申し訳半分です。
ああヒマだ

2010年2月6日土曜日

もうちょっとトルコについて

前回はイスラエルや聖都イェルザレムに対するわしの思い入れ諸々や聖書の話を書くつもりだったがトルコに話が飛び結局乳製品の話題に終始した。
せっかくなのでトルコについてもう少しうんちくを記しておこう。

2回生次の話になるが、川端の日独文化センター(ゲーテ・インスティテュート)にドイツ語を習いにいっていたときのことだ。
そのときわしが習っていた先生(ベルリン出身)のうちの一人はトルコ語を話すことができた。
彼は西ドイツ駐留中の米兵とドイツ人女性の間に生まれ、ベルリンで移民のための職業訓練やドイツ語学習の世話をするソーシャルワーカーとして働いていた経歴を持つ。

彼によれば当時(70年代?)の旧西ドイツでソーシャルワーカーをやろうと思ったらトルコ語は必須だったという。
そこで彼も自ずとマスターせざるを得なかったわけだ。
というのも、移民はともかくドイツに来る国際出稼ぎ労働者の大半がトルコ人なのだそう。
そういえば、『エロイカより愛をこめて』にも、ドイツ帰りのトルコ人兄弟が出てきたな。

というわけで、今でも先生のようにトルコ語を話せるドイツ人はドイツ各地に結構いて、ドイツ語とトルコ語はタイトな関係にあるんだとか言ってたな。
確かに字面はとても似ていたりする。トルコ語もウムラウトあるし。

ドイツの隣国といえばオーストリア。
(この間イギリス人相手に、「オーストリアってどこだっけ?確かドイツの一部だよね」というヒトラーネタのジョークを言ってみたら、「え・・・・・・」みたいな感じでドン引きされて肺が外れる思いをしました。みんなも気をつけてね)
この国の首都ウィーンもトルコに縁がある。
しかしこちらの縁は、友好的なものでは全くない。

時は1529年、スレイマン1世時代。
全盛期のオスマン帝国軍が、この都を包囲したのだ。
そのきっかけは、フランス王フランソワ1世が、ライバルである神聖ローマ帝国の新皇帝カール5世に対抗するため、イッパツ逆転の秘策としてオスマン帝国と同盟を結んだことだ。
背景には、マルティン・ルターの宗教改革とか、新大陸のハプスブルク家領土とかいろいろあるのだが、このブログは歴史講座ではないから、割愛。
面白いのは、この「ウィーン包囲」がヨーロッパにもたらしたものである。

諸説あるが、クロワッサンはこの包囲の最中にウィーンで生まれたものだという。
つまり、オスマンといえばイスラム、イスラムといえば三日月。
十字架がキリスト教の象徴であるように、三日月(精確には「新月」だが)はイスラムのシンボルなのだ。
そして、三日月といえばクレッセント、つまりクロワッサン。
要するに、オスマン軍の包囲に苦しむウィーン市民が「あいつらを食うたれ!」という怨念で作った三日月型パンが、クロワッサンの原型である・・・と大昔に世界史の授業で教わりました。

他にも、オスマン帝国が世界の食生活に与えた影響は大きい。
意外なところではトウモロコシだ。
以前触れたトマトやジャガイモと同じく、トウモロコシの原産地は新大陸。
そして、ここに最初にたどり着いた旧世界人はすなわちヨーロッパ人だったし、かの地の作物を持ち帰ったのもヨーロッパ人だ。
だが、好き嫌いとなると別の問題である。
どうやらヨーロッパ人には好まれなかったようなのだよ、トウモロコシは。
なので、せっかく輸入されたのに、トウモロコシはヨーロッパを素通り。
しかし、オスマン帝国の皆さんは、この植物を栽培する。
後にヨーロッパ人も考えを改めてトウモロコシを採用するが、その際にイスラム圏から逆輸入したため、「トルコ小麦」と呼んだという。
(いかにもうんちくっぽいだろw)

また、やはり新大陸原産である七面鳥は、英語でターキー(Turkey)という。
つまり、「トルコ」そのものやんけ。
これまたトルコ産と誤解されたことが命名のきっかけになったらしい。
大西洋を越えたスケールの大きい誤解を生んでいたわけだ。
さすがオスマン帝国。やることがデカいぜ。

トルコについて知ってるのはそんくらいかな。。。と思ったが、もうひとつあった!
懐かしの京大D軍2006がレパートリーとしていた曲の一つに『Pick Up The Pieces』というのがありまして。
そのとき参考にされていた音源はフィル・コリンズのビッグバンドのものだった。
このフィル・コリンズ参加のビッグバンドプロジェクトの仕掛人が、名プロデューサーでありアレンジャーのアリフ・マーディンなわけだが、このアリフ氏、実はトルコ人、チャキチャキのイスタンブールっ子なのである。
本当にチャキチャキかは知らんがね。

イスタンブール大学卒業後、ロンドンで経済学を学んだ堅気エリートのアリフにとって、当初音楽は趣味に過ぎなかった。
しかし、トルコをツアーしていたディジー・ガレスピーに出会って、音楽を生業に!と決意する。
奨学金を得て入学したバークリー音楽院を卒業後、アトランティック・レコーズに就職。
すぐにプロデューサー/アレンジャーとなり、最初はジャズを手がけていた。
そして1967年、アレサ・フランクリンのアトランティック移籍がマジックを生み、ファーストコール・プロデューサーとして大成。
すごくヴァイブが合ったんだろうな。
そう、ZACOでもよくかかるあの名曲"Respect"にしたって、アリフ・マーディン制作なのだよ。
80年代の「シャッカーン」のかけ声で有名な釈迦カーンの"I Feel For You"もアリフが手がけたものだ。

時は流れて2001年。アトランティックの副社長の職を辞したマーディン。
とうとう引退か!と思いきや、数ヶ月後にはEMIと契約し、やがて野良ジョーンズを送り出した。。。というのがものっそい端折ったアリフ・マーディン一代記である。

しかもこの40年ほどの間にアリフは、他にもロバータ・フラック、ダニー・ハザウェイ、ダイアナ・ロス、パティ・ラベルらをプロデュースし、"Pick~"のオリジナル演者であるところのアヴェレイジ・ホワイト・バンドにホール&オーツにカルチャー・クラブといったソウルに影響を受けた白人アクトとも関わり、ウィリー・ネルソンやベット・ミドラーなども手がけている。
20世紀半ば以降の音楽史に多大な影響を与えたトルコ人だとは思わないか?

さて。
わしが一番好きな音楽ジャンルは?と訊ねられれば間違いなくそれはR&Bだと答える。
R&Bは時に「プロデューサー・ミュージック」と呼ばれるほど制作においてプロデューサーが重視されるジャンルでもある。
クインシー・ジョーンズ、マーカス・ミラー、ジャム&ルイス、ロドニー・ジャーキンス、ティンバランド、ベイビーフェイス、ジャーメイン・デュプリ、スコット・ストーチ、そしてカニエ・ウエストに至るまで、わしがお気に入りのプロデューサーは数知れず。。
そしてR&Bを聴くとき、すごくプロデューサー・オリエンテッドな聴き方をしているのも確かだ。

お、そういえば、アリシア・キーズがついにヒップホップ/R&Bプロデューサーのスウィズビーツと婚約したっぽいね。
秘密裏にですが。
なんか二人が一緒にマンション買ったっていう話題でオンラインのゴシップ記事は持ち切りです。
スウィズさんも今の奥さんと離婚成立したらしいし、こりゃーいよいよ、って感じだね。
どんなすごい部屋なのか気になります。
スウィズビーツといや、サラーム・レミとタッグを組んでナズ神の作品の制作を担当していることでも有名。
この結婚きっかけで、ナズ曲へのアリシアキーズの客演仕事(もしくは逆)がこれから増えるかなーとか、ファンとしては勝手に期待しちゃいますな。
ムフフ


閑話休題。
とにかく、R&Bヲタは同時にプロデューサーヲタでもあるわけなんだな。
(だからR&Bのディスクガイドを購入するときは、絶対にプロデューサー別索引がついているものを選ぶべき。わしが言うのだから間違いない)
で、件のアリフさんである。

既に書いたように、彼は元々ジャズ畑出身。
クインシー・ジョーンズやマーカスもそうだが、ジャズ/フュージョン業界で名を成してR&Bプロデューサーに転身(兼業)するという例は結構ある。
で、そういう人たちの作品に共通して聴かれる「ジャズ脳」的哲学みたいなんがあるかどうか考えたことがあって、、

と続けたいが、えーがけんトルコから離れすぎたし、この話は相当マニアックかつ独断に満ちていると思われるのでまたの機会にします。
ばい

2010年2月4日木曜日

乳製品dairyについて

地元のバカな男たちと話し合った結果、3月に卒業旅行でイズラエルに行くことが決定した。
野郎4人で聖地巡礼楽しみじゃ。
ちょっと前から「やっぱ海外でテンションがつん上げようや」って言ってたところなんでうまく日程はまって良かったです。

サマリタンで行こうってゆーとったニューヨーク(ハワイ)は中止になったわけだし、アメリカ旅行の旅程も減っていたところだったのでかわりのテンション上げ材料が生まれてよかったわ。


wktkタイムが続くわけだが、ところで旅行メンバーのうちの一人にモラという絶倫男がいる。
彼とは2007年の夏にともにトルコを旅行した仲である。
トルコと言えば思い出すのがなんと言っても乳製品のクオリティの高さだ。
数年前より、なぜか多くの人がヨーグルトであることを否定するようになったが、わしはヨーグルトがかなり好きである。
ケ○ィアなんかで満足するなよ。
ブルガリアのイメージが強いが、実は「ヨーグルト」というのはトルコ語で、トルコ人は何にでもヨーグルトソースをかけて食べる。
ケバブをはじめとする肉料理、温野菜、サラダ、フルーツ、サンドイッチの中身にまで、さまざまなタイプのヨーグルトソースが用いられており、世界三大料理の一つに数えられるトルコ料理にヨーグルトは欠かせない存在である。
そしてこれらが本当に美味しいのだ。
ガーリックにオリーブオイルやトマト茄子ズッキーニなどを多用したオーソドックスな地中海風味にヨーグルトを加えるこのスタイルはわしのツボをバッチリおさえており、とにかくトルコ料理はサイコーなのであった。
ヨーグルト以外におつまみに最適なチーズ各種も揃っておりましたし、本場のトルコ・アイスクリームはすごく生乳っぽい味で、アイス嫌いなわしでも美味しく食べられた。



さて。
このトルコの乳製品の高クオリティはひとえにアナトリア高原の遊牧民カルチャーに由来する。
定住して農業を行うことができない遊牧生活では野菜を安定して入手するのが非常に困難だ。
そこで日本人のような定住民が主に野菜から摂取するビタミンなどをどうやってとるかが死活問題となる。
その答えが乳であり、乳製品だったのだ。

たとえばトルコと並んで遊牧カルチャーが有名なモンゴルには馬乳酒というのがある。
(ところで朝青龍引退したな)
この馬乳酒、「酒」と名前がついているがアルコール度数は1〜3%程度で、飲むヨーグルトに限りなく近い味らしい。
また、このモンゴリアン馬乳酒を参考に作られたのがカルピスだ!という説もある。
カルピス好きのアナタも注目すべき逸品だ。

またしても前置きが長くなってしまった。
件のモラという男だが、彼の父親は広島市内でクリニックを営む開業医で超金持ちであるだけでなく、彼自身も広島大学のメディカルスクールに通う医者の卵であると同時に蹴球プレイヤーで、かつテライケメソという絶倫ぶりを誇っている。

しかし!
そんな誰もがうらやむ男は、不幸にもトルコにおいて美味なヨーグルトやチーズを口にすることができなかった。

というのも彼は乳糖不耐症だからである。

「乳」「ミルク」とは、当たり前だが哺乳類の母親が子供を育てるために出すもの。
そこには、乳糖(ラクトース)という物質が含まれている。
これを分解・消化するには、体内で分泌されるラクターゼという酵素が必要だ。
だが、離乳期を過ぎた子供は、ラクターゼを分泌しない体になってしまう。
これが普通の哺乳類である。
しかし人類の場合、なぜかラクターゼが分泌され続けるのだ。

これには多大なメリットがある。
たとえば遊牧民の場合、野菜も小魚も簡単には入手できない遊牧生活において、馬乳やら牛乳やらラクダ乳やらが飲めないとしたら、ビタミンやカルシウムの欠乏は必至。
ラクターゼが分泌されるからこそ、生き残れたとも言えるだろう。

しかし、哺乳類としてのセオリーどおり、離乳期を過ぎるとラクターゼを分泌しなくなる体質の人もいる。
モラである。
これを「乳糖不耐症」と呼ぶわけだが・・・実際には世界人口の何割ほどが、「不耐症」組なのだろう?

ここで早川書房から出ている『食べる人類誌』という本を参照しますと、乳糖を消化できるという身体的特性を持つ人々、つまり「ラクターゼ分泌ピーポー」の起源地域は北欧を中心としたヨーロッパと、中東を中心に三つ又になった東西ベルト地帯(西は北アフリカ、東南はインド、東北はモンゴルまで伸びる)に限定されているという。

ということは、それ以外の地域に起源を持つ人々、つまりアジア系、太平洋諸島系、南北アメリカ先住民、そしてアフリカ系・・・これらの人々の大半は、離乳期を過ぎたらミルクが飲めないのだ!

前エントリでも西アフリカ系の人々が乳製品に弱いということにちらっと触れたが、ある調査によるとアフリカン・アメリカンの乳糖不耐症は全体の75%にも達するらしい。

その調査によれば、ラクターゼ分泌において最強なのはスウェーデンで、不耐症率わずか2%。
以下、調査地域がとびとびだが、スイスの10%、フィンランドの18%と続く。
一方、オーストラリア先住民は85%、中国93%、タイは98%、ネイティヴ・アメリカンはほぼ100%が乳糖不耐症だという。

これら乳糖不耐症の人々を合計すると、世界人口の70%にのぼるとか。
これはもう、「乳糖不耐症」などと病気のように呼んでいる場合ではない。
世界的に見れば、飲めない方が普通なのだから。

なぜ、こんなことを知らなかったのだろう・・・と思ったが、自問するまでもなく答えは明白である。
そう、自分自身が乳糖不耐症ではないからだ。

人間、自分と体質が違う人のことはてんでわからないもの。
たとえば、わしは台風の接近を膝関節で感知するという特技を持っている。
昔やってもたケガの影響で気圧が下がると膝がとても痛くなる。
そんなわけで雨の日はやたらユーウツだったりする。
一方でわしは花粉症の人の苦しみがわからない。
「スギ花粉がたくさん飛んでいる」と言われても、全く感知できないのだ。

お互いがどれほど隔たっているかを認識すること。
それが理解への第一歩だと思うのだな。

本題は乳糖不耐症だった。
しかしこのブログをご覧の皆さん(日本人)のほとんどが、「??」という感じではないかと思う。
わしも、知り合いにいるラクターゼ不分泌ピーポーといっても、モラ以外に思い浮かばぬ。

一方中国では90%以上の人が乳糖不耐症・・・
日本人の多くが乳糖を消化できるのはわれわれがモンゴル平原起源の蒙古族(多分ラクターゼ分泌オリジネイター)の末裔であることの証左ではないか?
漢民族とは違うのである!

・・・とえらくエスノな発言をしてもーたが、もちろんわしら日本人もいろいろ混ざった結果なので(笑)、それだけが理由じゃないとは思う。

ここからは完全な推量となるが、おそらく「乳糖に対する耐性は、オール・オア・ナッシングではない」ということなのだろう。
たとえば「牛乳コップ一杯くらいならおk。しかし大量に飲むとグルグルッときてまう」という人は結構いるんじゃないか。
つまり、乳糖不耐症者の中にも、「見込みのある人」がいて、慣れれば、鍛えればOKとなるケースがあるのでは。

この「慣れればOK」セオリーを実証する。
面白い話がある。
猫は哺乳類だから、母乳を飲んで育つが、ある程度育つとラクターゼを分泌しない体になり、母乳を飲めなくなる。
当然、牛乳も飲めないはずだ。
しかしである。
ヨーロッパの猫は、成長しても牛乳を常飲している例が多い。
これは、牛乳常飲地域であるヨーロッパでは、飼い主が離乳して間もない猫に牛乳を与え、結果的にラクターゼ分泌機能を鍛えてしまっているということではないか?

そう考えると、日本の給食制度というものはなかなか絶妙なシステムかもしれんよな。

一般的な哺乳類にとって、ラクターゼ分泌期間はおおざっぱに言って一生の最初の3%のみだという。
我々人類は特殊な生物なので通常の公式が当てはまらないが、満4歳を迎える頃になるとラクターゼの分泌量はピーク時の10%まで落ち込むとか。

しかし!
幼稚園や保育園に入園し、4歳頃から牛乳を定期的に飲むことで、衰えかけていたラクターゼ分泌機能が刺激され復活。
その後、小〜中学校の給食で毎日ほど牛乳を飲むことにより、ラクターゼの分泌が維持される・・・ということではなかろうか。
もちろん、モラのように「見込みの無い人」、つまり完全な乳糖不耐症者への無理強いは遺憾。


ここからは、「乳糖OK」派の人たちに向けて。

最近、我が国では牛乳消費の落ち込みが激しいという。
わしは酪農牛乳協会のまわし者ではないが、われわれ「ラクターゼ分泌ピーポー」が世界人口のたった30%しかいないとすれば、少数派であることのメリットを最大限に生かすべきではないか。
熱量(カロリー)はあるが栄養価の無いジャンクフードを形容する「エンプティ・カロリー」という言葉があるが、ミルク類はその逆、非常に中身のあるカロリーである。
乳児のEntire Dietを支え、遊牧民の命をつないでいるものなのだから当然である。

わしはそのメリットを存分に活用するつもりだ。
そして、ヨーグルトがヨーグルトであることを否定するつもりはない。