2013年11月20日水曜日
ワシントンDCでオススメの飯屋
先週出張していたワシントンDCで見つけた良い店を紹介します。
Zorba's Cafe
DCきってのオシャレエリアDupont Circleにあるギリシャ料理店。
今回の私のように単身で出張して現地に知り合いもいないと、メシをひとりで食べることになりがちで、そうなるとホテルで中華のデリをとるか、ピザ屋とかに安易に行ってしまいがちなんだけど、ひとりでも気楽に入れるちょっと美味しい店があると便利です。
ここはキャッシュオンのセルフサービスなので 、米国のレストランにありがちな、tipping目当てに店員がひたすら構ってくるウザイ感じも無く、コミュニケーションコストは低い(笑)
それでいて店員の愛想は悪くなく(飲食店の店員はだいたい移民だから訛ってる)、メニューとかも詳しく説明してくれて良いです。
詳細は忘れましたがこういうチキンケバブとポテトとサラダのセットで10ドルいかないくらい。ビール入れても13ドルくらいだったかな。米東海岸のメトロポリタンエリアの夜飯としてはかなり安いかと。。
上手いけど、肉はちょっっっっと!硬いかな。。(てかアメリカで柔らかい肉ってどこで食べれるんですかw)
内装も、地中海の古民家風(?)でなかなか良い。
ワシントンDCローカルな人たちもお一人さまでもたくさん来ていて、地元の定食屋といった風情。
Dupont Circleエリアはゲイが多く、文化発信の震源地としても知られる土地。オシャレなダイナーやバーがたくさんあり、夜遅くまでワイワイしているので、 滞在するにはオススメです。
今回の出張は、リンカーンメモリアルとかベトナム戦争メモリアルとか散策できて良かったなー。
思えば、11月に米国を訪れたのは初でした。
北半球どこでも、素晴らしい季節ですよね。
フォレストガンプのあの場面の!!!
ワシントンメモリアルは工事中だったよ
Zorba's Cafe
DCきってのオシャレエリアDupont Circleにあるギリシャ料理店。
今回の私のように単身で出張して現地に知り合いもいないと、メシをひとりで食べることになりがちで、そうなるとホテルで中華のデリをとるか、ピザ屋とかに安易に行ってしまいがちなんだけど、ひとりでも気楽に入れるちょっと美味しい店があると便利です。
ここはキャッシュオンのセルフサービスなので 、米国のレストランにありがちな、tipping目当てに店員がひたすら構ってくるウザイ感じも無く、コミュニケーションコストは低い(笑)
それでいて店員の愛想は悪くなく(飲食店の店員はだいたい移民だから訛ってる)、メニューとかも詳しく説明してくれて良いです。
詳細は忘れましたがこういうチキンケバブとポテトとサラダのセットで10ドルいかないくらい。ビール入れても13ドルくらいだったかな。米東海岸のメトロポリタンエリアの夜飯としてはかなり安いかと。。
上手いけど、肉はちょっっっっと!硬いかな。。(てかアメリカで柔らかい肉ってどこで食べれるんですかw)
内装も、地中海の古民家風(?)でなかなか良い。
ワシントンDCローカルな人たちもお一人さまでもたくさん来ていて、地元の定食屋といった風情。
Dupont Circleエリアはゲイが多く、文化発信の震源地としても知られる土地。オシャレなダイナーやバーがたくさんあり、夜遅くまでワイワイしているので、 滞在するにはオススメです。
今回の出張は、リンカーンメモリアルとかベトナム戦争メモリアルとか散策できて良かったなー。
思えば、11月に米国を訪れたのは初でした。
北半球どこでも、素晴らしい季節ですよね。
フォレストガンプのあの場面の!!!
ワシントンメモリアルは工事中だったよ
2011年7月23日土曜日
忘れ得ぬ他s(ry
2泊3日で東北にボランティアしに行ってきた。
大学院のすごい身近に、ボランティア派遣をやってるNPOの事務局の人がいて、そこの車つかわせてもらう&仙台の拠点に宿泊っていうらくちんプランでしたが。
ボランティアっつっても、仙台から気仙沼まで行って、津波で流されちゃった老人介護施設の移転先に家財道具を運び込むだけっていう簡単なお仕事だったんだけど。。
しかし気仙沼、やばいなんてものではない。
もう結構回復してんのかなとか思って行ったんだけど、まだまだ復興がどうのとかそういうレベルじゃないよ。
完膚なきまでに、というのがぴったりくる。
ボランティアするしない関係なく、誰でも一度とりあえず見に行っておく価値はあるんではないか。
被災地のニュースとかに対する想像力も変わってくると思う。
「忘れ得ぬ他者」というBアンダーソンの使い古された表現なんて持ち出すまでもなく。
廃墟マニアなら垂涎の・・・っていうのは不謹慎だろうか。
しかしCOD4モダンウォーフェアで出てくるチェルノブイリの廃墟を思い出していた私はもっと不謹慎。
夜は、牛タン。
ディザスターツーリズm(ry
車なのでルービーはありません。残念
ほいで、トランプと麦酒
半分修学旅行みたいなもんだ
2010年9月7日火曜日
wings of time
ソウルから帰った。
ソウルはもうお手軽すぎて、海外という気すらしないけど、つるんでくれた現地の友達のおかげでほんとうに楽しい旅行になったわ。
実質4日間しかいなかった小旅行だったけども、そうとは感じられないくらい中身が詰まった良い旅行だった。
韓国料理たべたり、なかなかマニアな市中の観光スポットを巡ったり、ジャズクラブでライブをみたり、山間部にあるお洒落系ペンションに泊まって焼き肉したり、飲んだり飲んだりしました。
友人たちとは同じくらいの歳なのだが、やはり現在韓国は日本以上に若者の就職事情が悪く、彼らもちょいちょい任期付きの仕事とかしながらより良い労働条件を探して日々hustleしているという状況だ。
厳しい時代である。
この世界には2種類の不確実性がある。
まず第一に、対象に本性的に備わっている不確実性がある。
たとえばコインを投げるとき、表が出る確率は50%でしかない。
そして第二に、対象に関するわたしたちの不十分な知識からくる不確実性がある。
いわば認識的な不確実性だ。
たとえば「表がでる確率は50%である」というコインの性質を知らなければ、コインのふるまいに関する予測はより、不確実になる。
このうち、第二の不確実性は、世界に関する知識を獲得する努力によって低減することができる。
コインの性質を知ることは、賭けをする際の適切な行動選択の条件になる。
ただ、コインの表が出るか裏が出るかについては、最終的には不確実なままだ。
表が出る確率を努力によって大きくすることはできないのである。
同様に、自分を鍛えて優秀になることや、情報を収集したりコネクションを作っていくことで、人生やキャリアに関する第二種の不確実性を低減することはできるかもしれない。
しかしどれだけそのような努力を行ったところで、社会(Gesellschaft)の構造やふるまいが抱える第一種の不確実性はそのままに残る。
さらにこんにちのように、社会経済の構造が持つ不確実性が大きくなっている時代にあっては、われわれが個人や集団として縮減できる複雑性の範囲は極めて小さい。
最適行動をとったところで得られるリターンも少なく、かといってリスクが非常に小さくなるわけでもなし。
だからこそ、人生というギャンブルでは「この道」を行こう、狭き門から入ろうや。
というような辛気くさい話ばかりしていたわけじゃないですが。
兎に角、
こうしてどこか外国の街に行っても友人が迎えてくれて、楽しい時間と笑いを提供してくれるというのは素晴らしいことだなーと思う。
メルボルン、シンガポール、ボストン、ソウル・・・ほんで京都も。
まだ欧州に拠点がないが、このままいけば世界征服も夢じゃない。
というのは冗談でも、こうして世界中で思い出が分有されていって、私という記憶がいろいろな場所で残っていくのは、なんとも素敵な話ではないですか。
まだ学生だし結婚もしてないからできることだなー、とは思うけど。
2010年8月19日木曜日
京都でお盆
第三世代のサイバネティクスを通過したオートポイエーシス的人間観では、人間は自律的な学習システムとして捉えられる。
わたしたちは絶えず、自分の外にある環境から入力を受けて学習する。
ここでの学習とは情報をパケットのように受け取ることではなく、システムの作動の仕方を更新することだ。
そしてわたしたちは学習の結果として内なるシステムの作動の仕方を変え、環境に対する出力を変化させる。
環境もその影響を受けて様態を変化させる。
したがって人間というシステムは、環境の構成要素でもある。
複数の人間同士はお互いにとっての環境を構成している。
学習という語を用いると、いわゆる学校や仕事場での勉強的なイメージを持ってしまうかもしれないが、それ以外にも、あらゆる経験から学習は発生するし、システムも変化する。
わたしたちは日々の楽しいこと、嬉しいこと、腹立たしいこと、悲しいこと、、などから感じ取り、考え、記憶し、そして忘れてゆく。
この変化のプロセスは自律的なもので、時間とともに進み、止めることはできないし、逆行もしない。
それは生物が絶えず代謝を続けることと似ている。
人間の細胞は6〜7年で完全に入れ替わると言われる。
よく「ある人の脳を入れ替えても、その人は同一人物か」というような存在論が話題になるが、そのような大それた問題設定をしなくとも、われわれのは身体は常に代謝を繰り返し組成を変化させているし、その変化はマテリアルな次元に留まらず、システムとしてのふるまいにも現れるのである。
一時非常にハマっていた趣味に対する興味を失ったり、あるいはかつて非常に親しかった人と数年ぶりに会ってみると一切会話が噛み合なかったり・・・といった現象はわかりやすい例だろう(それぞれの逆も然り)。
わたしたちが興味の対象や付き合う相手を絶えず変えていくのは、システムとしての学習と、環境の変化の必然的な帰結なのだ。
おそらく、ずっと変わらないものなんて何もない。
だとしたら、しばらく会っていなかった人に再会したときに、その人は別人であると感じることがあっても当然だし、自分も相手にとって別人であっても何の不思議もない。
まあだから、諸行無常であることは、悲しむべきことではない。
そのときどきによって自分にとってベストなものは違って、時間が経って何かがベストではなくなっても、それがかつてはベストだったことに変わりはないのだから。
貨幣というメディアの機能が象徴するように、個人個人は究極的には機能的に等価な存在として、代替可能であるからこそ、社会生活を営んでいくことができるといえる。
もちろん、いつまでも仲の良い友達や、一生かけて打ち込める何かというのもあるだろう。
しかしそれらが可能なのは、システムとして変化していないからではなく、複数のシステム、あるいはシステムと環境の相互の入出力がバランスを保ったまま変化しているからにすぎない。
したがって、婚姻関係など、感情的な固着をともなって長時間持続する人間関係や、終身雇用などの社会制度は、きわめて強い不確実性の下に置かれていることがわかるだろう。
こうした不確実性を吸収するためには、絶えざる変化の中でも自己を同一のシステムとして同定する再帰的な仕組みが必要になる。
(それは往々にして困難である。不確実性を吸収しきれず、離婚する夫婦があとを絶たなかったり、新入社員が3年でやめたりすることからわかるように)
絶え間なく様態を変化させながらも、同一のシステムとして認識されるにはどうすればよいのだろうか。
否、実際にわれわれが社会生活の中で自己同一性を保持し得ているという事態は何を意味するのか。
いろいろな解があろうが、わたしはいきおい、人間は、自分が認識する自らの状態と、ほかのシステムからの入力から判断される、「他にとっての自己」の姿とを重ねあわせることで、システムと環境の境界を画定していると考える。
もっとも、システムは作動的に閉じているので、他のシステムの認識を完全に把握することはできない。
そもそも自己の状態をある時点に固定することは、システムを動態として認識することを放棄することである。
したがって完全なコヒーレンスは期待できないが、少なくともこの動作によって当初の不確実性は縮小されよう。
これがいつもできていれば良いのだが、長い時間を経るとどうしてもシステムの内側に投射される像と、実際のシステムの像とはズレてくる。。
長い時間的なインターバルを経てシステム同士が再びコミュニケーションするときの不確実性を吸収するしくみは可能だろうか。可能ならば、どのようにして可能だろうか。
この答えはわたしにとって未知だが、ひとつの方向性としてトポフィリア的なものにヒントがあるかもしれないという気はしている。
・・・
広島と京都に帰省していました。
広島では地元で就職した人々に会ったり、元ジャズ系の人たちと山口で遊んだりしました。
京都ではたまりたんの先輩たちと久々に集まり、五山の送り火を見たり、また、馴染みの面子でビアガルテンに行ったりもしました。
とても良い「夏休み」という感じでした。
たまにでいいから、まだまだこういうのやりたいなー
京都は人が集まってくるから好きなのか、京都が好きだから皆集まってくるのか。
本格的ディアスポラが起こればわかるだろう。
来週はついに国際学会ウィーク!
がっきーの「ガキの使いやあらへんで!:5日間スペシャル」が待ちかまえる。
しばらくロジスティクスの準備に明け暮れる。
夏が終わるねー
このブログももうちょいで開設1年。
わたしたちは絶えず、自分の外にある環境から入力を受けて学習する。
ここでの学習とは情報をパケットのように受け取ることではなく、システムの作動の仕方を更新することだ。
そしてわたしたちは学習の結果として内なるシステムの作動の仕方を変え、環境に対する出力を変化させる。
環境もその影響を受けて様態を変化させる。
したがって人間というシステムは、環境の構成要素でもある。
複数の人間同士はお互いにとっての環境を構成している。
学習という語を用いると、いわゆる学校や仕事場での勉強的なイメージを持ってしまうかもしれないが、それ以外にも、あらゆる経験から学習は発生するし、システムも変化する。
わたしたちは日々の楽しいこと、嬉しいこと、腹立たしいこと、悲しいこと、、などから感じ取り、考え、記憶し、そして忘れてゆく。
この変化のプロセスは自律的なもので、時間とともに進み、止めることはできないし、逆行もしない。
それは生物が絶えず代謝を続けることと似ている。
人間の細胞は6〜7年で完全に入れ替わると言われる。
よく「ある人の脳を入れ替えても、その人は同一人物か」というような存在論が話題になるが、そのような大それた問題設定をしなくとも、われわれのは身体は常に代謝を繰り返し組成を変化させているし、その変化はマテリアルな次元に留まらず、システムとしてのふるまいにも現れるのである。
一時非常にハマっていた趣味に対する興味を失ったり、あるいはかつて非常に親しかった人と数年ぶりに会ってみると一切会話が噛み合なかったり・・・といった現象はわかりやすい例だろう(それぞれの逆も然り)。
わたしたちが興味の対象や付き合う相手を絶えず変えていくのは、システムとしての学習と、環境の変化の必然的な帰結なのだ。
おそらく、ずっと変わらないものなんて何もない。
だとしたら、しばらく会っていなかった人に再会したときに、その人は別人であると感じることがあっても当然だし、自分も相手にとって別人であっても何の不思議もない。
まあだから、諸行無常であることは、悲しむべきことではない。
そのときどきによって自分にとってベストなものは違って、時間が経って何かがベストではなくなっても、それがかつてはベストだったことに変わりはないのだから。
貨幣というメディアの機能が象徴するように、個人個人は究極的には機能的に等価な存在として、代替可能であるからこそ、社会生活を営んでいくことができるといえる。
もちろん、いつまでも仲の良い友達や、一生かけて打ち込める何かというのもあるだろう。
しかしそれらが可能なのは、システムとして変化していないからではなく、複数のシステム、あるいはシステムと環境の相互の入出力がバランスを保ったまま変化しているからにすぎない。
したがって、婚姻関係など、感情的な固着をともなって長時間持続する人間関係や、終身雇用などの社会制度は、きわめて強い不確実性の下に置かれていることがわかるだろう。
こうした不確実性を吸収するためには、絶えざる変化の中でも自己を同一のシステムとして同定する再帰的な仕組みが必要になる。
(それは往々にして困難である。不確実性を吸収しきれず、離婚する夫婦があとを絶たなかったり、新入社員が3年でやめたりすることからわかるように)
絶え間なく様態を変化させながらも、同一のシステムとして認識されるにはどうすればよいのだろうか。
否、実際にわれわれが社会生活の中で自己同一性を保持し得ているという事態は何を意味するのか。
いろいろな解があろうが、わたしはいきおい、人間は、自分が認識する自らの状態と、ほかのシステムからの入力から判断される、「他にとっての自己」の姿とを重ねあわせることで、システムと環境の境界を画定していると考える。
もっとも、システムは作動的に閉じているので、他のシステムの認識を完全に把握することはできない。
そもそも自己の状態をある時点に固定することは、システムを動態として認識することを放棄することである。
したがって完全なコヒーレンスは期待できないが、少なくともこの動作によって当初の不確実性は縮小されよう。
これがいつもできていれば良いのだが、長い時間を経るとどうしてもシステムの内側に投射される像と、実際のシステムの像とはズレてくる。。
長い時間的なインターバルを経てシステム同士が再びコミュニケーションするときの不確実性を吸収するしくみは可能だろうか。可能ならば、どのようにして可能だろうか。
この答えはわたしにとって未知だが、ひとつの方向性としてトポフィリア的なものにヒントがあるかもしれないという気はしている。
・・・
広島と京都に帰省していました。
広島では地元で就職した人々に会ったり、元ジャズ系の人たちと山口で遊んだりしました。
京都ではたまりたんの先輩たちと久々に集まり、五山の送り火を見たり、また、馴染みの面子でビアガルテンに行ったりもしました。
とても良い「夏休み」という感じでした。
たまにでいいから、まだまだこういうのやりたいなー
京都は人が集まってくるから好きなのか、京都が好きだから皆集まってくるのか。
本格的ディアスポラが起こればわかるだろう。
来週はついに国際学会ウィーク!
がっきーの「ガキの使いやあらへんで!:5日間スペシャル」が待ちかまえる。
しばらくロジスティクスの準備に明け暮れる。
夏が終わるねー
このブログももうちょいで開設1年。
2010年3月4日木曜日
えいご③
旅行で米国に滞在するとき一番面白いと思うのが市井の人々の会話である。
僕はけっこう地獄耳なので、関係ない人々の会話内容がかなりの割合で耳に入ってくる(日本でも)。
電車の中で、酒場で、ストリートで、あるいはホテルのロビーで。。
今回は滞在中に
「I'ma bust'a up his ass!!」(あいつのケツにイッパツかましたるわボゲェ!)
なんてのを初めて生で耳にしたりしたよ。
古式ゆかしい街ボストンにもギャングスタ・ビアッチはいるのね。
まあそんなサグいセリフじゃなくても、特にジョークの類いはおもろい。
たとえば今回聴いたのが
"Why did the fried chicken cross the road?"
"It saw a fork up ahead."(ぎゃはは)
というもの。
これはもちろん
"Why did the chicken cross the road?"
"To get to the other side."
というスーパークラシックの変奏だが、それを知っていなければなんのこっちゃだろう。
アメリカンジョークはただのすべり笑い芸ではなく、無い機知をムリヤリひねり出しつつ過去の傑作にも敬意を払う愛すべきカルチュアだと思うのだが、どうか。
ゆーて実際は、道を歩いていて冗談を耳にする率がそんなに高いわけじゃ、そんなわけはないんですけども。
でもそういうの聴いてニヤニヤしてたからあーあーキモイ東洋人がいるわって思われたかもね。
すべての差異を呑み込むブラザーフッドの国だけど、やあっぱアジア系はちょっと蔑視されてると思うのね。
Mad TVでも、アバクロンビー&フィッチの店で最初は「俺たちはイケメンの白人しか雇わねーんだよー」って黒人差別してたんだけど、結局黒人は文化的にも政治的にも強い社会集団だから雇わざるを得なくなって、みんな迎合して黒人みたいな喋り方になって、最終的にはアジア系を差別するようになるというオチのエピソードがあったし。
「パンダエキスプレス(米大手中華料理チェーン)にでもいっとけや〜〜」ってね。
そうだそうだ全部PRCが悪いんだ。とか言っちゃダメだよ。
でも、アメリカでもオーストラリアでもシンガポールでもそうだけど、現地の中国系の人々に中国語で話しかけられる瞬間は少し「イラー」とくるイラッモーメントですよ。
オイラ日本人なんですけども。
もっとイラッとくるのは、中国語を話せる中国系以外に中国語で来られた時ね。
向こうは気を使ってるんだろうし、まあPRCには全地球の20%の人口がいるわけだから確率的には合理的な行動かもだけどよ。
失礼やろがー!と、不思議にも不寛容な自分に気付く瞬間でもありますな。
この辺が、多民族国家でアジア系同士がイマイチ連帯できない理由なのかしら。。わかんないすけどね。
米ではユダヤ人もヒスパニックもアフリカ系もみんな仲良く協力して暮らしてるのに。。
閑話休題。
僕の今回の旅行の第一の目的は一応NBAの試合を観ることで(いつもの如く!)、まあばっちりTDバンクノースガーデンていうアリーナで地元のセルティックスの試合を3コ観てきたんだけども、実際アリーナに行くと、試合始まってしばらくすると船漕ぎ始めるおじーちゃんとかいるわけですよ。
ダフ屋経由で入手した年間チケットホルダーの放出品でクラブシートとってたから、割と定価は高めの席なので、ベテラン・バスケット・ファン風のおじいさんたちも周りには結構おられたのです(凄く年期入った渋ーーーいチームアパレル製品とか着てたり)。
で、まあその人たちはどうせ年間チケットで来てるから目の前で繰り広げられているスーパープレイもjust one of those thingsって感じで、うたた寝タイムに入っちゃったのかもしれないですけどもね、日本からはるばる来ている身としては、「もったいなくね???!!」という感想を抱かざるを得なかった。
そんな人がタイムアウト中にオーロラビジョンに映されて失笑を買ったりとかしたりしてそれはそれで面白いんだけど、うーん、やっぱMOTTAINAIと思った。
しかしですね、まあある程度はうなずける話なのですよ。
冒頭のジョークにも登場したフライド・チキンやBBQチキン、フレンチ・フライド・ポテト、ピザ!、ステーキ・サブなどなど、アリーナで売っている食事には脂っこい強力なアメリカ的食品が多い。
もっとも、メキシコ料理というややヘルシーな(それでも日本食に比べたら・・・という感じだが)逃げ道も残されてはいるのではありますが。
で、そういうグリーシーなソウルフード系のものを食べると発生する眠気のことをズバリ言い表すスラングに
ITIS
というのがありまして。
お腹いっぱいご飯を食べたあとって、
「あーこのまま寝かせてー」と思うくらい、体もいい感じにポワワーンとして眠くなりますよね。
そういう状態をitisと呼ぶのです。
僕がこの単語を初めて知ったのは、確かDave Chapelle's Showのいちエピソード。
バーベキューソースに浸かったスペアリブが薬の容器の中に入っている映像が登場し、
「RIBSは、アメリカでナンバーワンの睡眠薬」
という、インチキながらも的を得たコマーシャルのスキットで同語が出てきました。
「ひとたび消化されると、RIBSのバーベキューソースと油ギッシュな豚肉が胃の中に広がり・・・creating an age-old condition called the ITIS(昔からあるアイタスと呼ばれる状態を作り出します)。体がだるくなり、すぐに眠りにつけるでしょう。」
と、アメリカの薬のCMにありがちな囁き声系の女声ナレーションが説明していました。
つまりこのITISとは、消化器に負担のかかる脂っこい食事をとることにより、胃に血液が集中して脳の血流量が相対的に下がり、眠くなってしまう現象を指すわけであります。
これをよりダイレクトに表現したfood comaも、itisの同義語(こちらもスランギー)。
こんな表現がわざわざあるくらいだから、TDガーデンのおじいさんの居眠りも、まあ仕方ないかということになりますかね。
彼がソウルフードを食べていたのかどうかは定かではないけども。
また、たびたびこのブログでも参照してきているアニメ "Boondocks"にも、"The ITIS"というエピソードがありましたな。
ここでノンカットの映像を見ることができます。
これは、グランダッド(おじいちゃん)がソウルフード・レストラン『The Itis』をオープンし、それが数々の問題(肥満、怠慢、etc.)を引き起こす・・・というお話。
余談になりますが、『The Itis』の看板メニューは「The Luther」という特大のベーコンチーズ・バーガー。
普通のベーコンチーズバーガーとの違いは、パンのかわりにKrispy Kremeのドーナツを使っているところ(!!!)。
しかしこのLuther Burger、ただのジョークかと思っていたら、、、
なんと実在しました(笑
調べてみるとジョージア州ディケイターのミリガンズというバーで発祥したもののよう。
さすがデブ超大国。バカすぎるw
油分&糖分&塩分の三冠王!なこのバーガー、食べたらすぐにダルくなって爆睡(pass out)確実ですな。
さて、このitisですが、実際に使う時は、
I got the itis(お腹いっぱいで眠い).
というように、必ず"the"をつけるようです。
けっこうみんな使ってる言葉だと思うし知っていると便利な表現ではあるよね。
しかし日本人が使う時は気をつけなければならないのであーる。
僕も今回旅行中にアフロセントリックな友達に"itis"の使用をたしなめられました。
ははは
僕は英語を話していると、普段よりさらに輪をかけて失言が増えるのですわ。
でもね、英語の場合は失言しても、
"Was it that loud?"
と、フレンズのチャンドラー風に切り抜けれるからokよね。もちろんokじゃないときもありそうだけどもやで。
実はitisは、その昔はNワードと組み合わせてN-----itisというように使われていたそうで、
「黒人は怠け者」
といったような人種差別的意味も含まれていたらしいです。
"~~itis"というのは、
meningitis(髄膜炎)
appendicitis(虫垂炎)
tonsillitis(扁桃腺炎)
といったように、「炎症」を表す接尾辞です。
つまりNワードにitisをつけることで病名らしさを演出し、
「たらふく食べたあとで眠くなる黒人の病気(人種に関係なく眠くなりますが)」
という意味で、ブラック・ピープル同士が自虐的なジョークとして使ってきたものなのだそうな。
今では非ブラックの人が使っても(without the N-word of course!!!)差別としては見なされないようですし、友人の中には「全然問題ないじゃん!」という人もいます。
しかし件の彼のようにいやがる人もいるので、意味だけ知っておけば十分なのかなー
たまに反省
でもなんて楽しい
英会話
(字余りしまくり)
僕はけっこう地獄耳なので、関係ない人々の会話内容がかなりの割合で耳に入ってくる(日本でも)。
電車の中で、酒場で、ストリートで、あるいはホテルのロビーで。。
今回は滞在中に
「I'ma bust'a up his ass!!」(あいつのケツにイッパツかましたるわボゲェ!)
なんてのを初めて生で耳にしたりしたよ。
古式ゆかしい街ボストンにもギャングスタ・ビアッチはいるのね。
まあそんなサグいセリフじゃなくても、特にジョークの類いはおもろい。
たとえば今回聴いたのが
"Why did the fried chicken cross the road?"
"It saw a fork up ahead."(ぎゃはは)
というもの。
これはもちろん
"Why did the chicken cross the road?"
"To get to the other side."
というスーパークラシックの変奏だが、それを知っていなければなんのこっちゃだろう。
アメリカンジョークはただのすべり笑い芸ではなく、無い機知をムリヤリひねり出しつつ過去の傑作にも敬意を払う愛すべきカルチュアだと思うのだが、どうか。
ゆーて実際は、道を歩いていて冗談を耳にする率がそんなに高いわけじゃ、そんなわけはないんですけども。
でもそういうの聴いてニヤニヤしてたからあーあーキモイ東洋人がいるわって思われたかもね。
すべての差異を呑み込むブラザーフッドの国だけど、やあっぱアジア系はちょっと蔑視されてると思うのね。
Mad TVでも、アバクロンビー&フィッチの店で最初は「俺たちはイケメンの白人しか雇わねーんだよー」って黒人差別してたんだけど、結局黒人は文化的にも政治的にも強い社会集団だから雇わざるを得なくなって、みんな迎合して黒人みたいな喋り方になって、最終的にはアジア系を差別するようになるというオチのエピソードがあったし。
「パンダエキスプレス(米大手中華料理チェーン)にでもいっとけや〜〜」ってね。
そうだそうだ全部PRCが悪いんだ。とか言っちゃダメだよ。
でも、アメリカでもオーストラリアでもシンガポールでもそうだけど、現地の中国系の人々に中国語で話しかけられる瞬間は少し「イラー」とくるイラッモーメントですよ。
オイラ日本人なんですけども。
もっとイラッとくるのは、中国語を話せる中国系以外に中国語で来られた時ね。
向こうは気を使ってるんだろうし、まあPRCには全地球の20%の人口がいるわけだから確率的には合理的な行動かもだけどよ。
失礼やろがー!と、不思議にも不寛容な自分に気付く瞬間でもありますな。
この辺が、多民族国家でアジア系同士がイマイチ連帯できない理由なのかしら。。わかんないすけどね。
米ではユダヤ人もヒスパニックもアフリカ系もみんな仲良く協力して暮らしてるのに。。
閑話休題。
僕の今回の旅行の第一の目的は一応NBAの試合を観ることで(いつもの如く!)、まあばっちりTDバンクノースガーデンていうアリーナで地元のセルティックスの試合を3コ観てきたんだけども、実際アリーナに行くと、試合始まってしばらくすると船漕ぎ始めるおじーちゃんとかいるわけですよ。
ダフ屋経由で入手した年間チケットホルダーの放出品でクラブシートとってたから、割と定価は高めの席なので、ベテラン・バスケット・ファン風のおじいさんたちも周りには結構おられたのです(凄く年期入った渋ーーーいチームアパレル製品とか着てたり)。
で、まあその人たちはどうせ年間チケットで来てるから目の前で繰り広げられているスーパープレイもjust one of those thingsって感じで、うたた寝タイムに入っちゃったのかもしれないですけどもね、日本からはるばる来ている身としては、「もったいなくね???!!」という感想を抱かざるを得なかった。
そんな人がタイムアウト中にオーロラビジョンに映されて失笑を買ったりとかしたりしてそれはそれで面白いんだけど、うーん、やっぱMOTTAINAIと思った。
しかしですね、まあある程度はうなずける話なのですよ。
冒頭のジョークにも登場したフライド・チキンやBBQチキン、フレンチ・フライド・ポテト、ピザ!、ステーキ・サブなどなど、アリーナで売っている食事には脂っこい強力なアメリカ的食品が多い。
もっとも、メキシコ料理というややヘルシーな(それでも日本食に比べたら・・・という感じだが)逃げ道も残されてはいるのではありますが。
で、そういうグリーシーなソウルフード系のものを食べると発生する眠気のことをズバリ言い表すスラングに
ITIS
というのがありまして。
お腹いっぱいご飯を食べたあとって、
「あーこのまま寝かせてー」と思うくらい、体もいい感じにポワワーンとして眠くなりますよね。
そういう状態をitisと呼ぶのです。
僕がこの単語を初めて知ったのは、確かDave Chapelle's Showのいちエピソード。
バーベキューソースに浸かったスペアリブが薬の容器の中に入っている映像が登場し、
「RIBSは、アメリカでナンバーワンの睡眠薬」
という、インチキながらも的を得たコマーシャルのスキットで同語が出てきました。
「ひとたび消化されると、RIBSのバーベキューソースと油ギッシュな豚肉が胃の中に広がり・・・creating an age-old condition called the ITIS(昔からあるアイタスと呼ばれる状態を作り出します)。体がだるくなり、すぐに眠りにつけるでしょう。」
と、アメリカの薬のCMにありがちな囁き声系の女声ナレーションが説明していました。
つまりこのITISとは、消化器に負担のかかる脂っこい食事をとることにより、胃に血液が集中して脳の血流量が相対的に下がり、眠くなってしまう現象を指すわけであります。
これをよりダイレクトに表現したfood comaも、itisの同義語(こちらもスランギー)。
こんな表現がわざわざあるくらいだから、TDガーデンのおじいさんの居眠りも、まあ仕方ないかということになりますかね。
彼がソウルフードを食べていたのかどうかは定かではないけども。
また、たびたびこのブログでも参照してきているアニメ "Boondocks"にも、"The ITIS"というエピソードがありましたな。
ここでノンカットの映像を見ることができます。
これは、グランダッド(おじいちゃん)がソウルフード・レストラン『The Itis』をオープンし、それが数々の問題(肥満、怠慢、etc.)を引き起こす・・・というお話。
余談になりますが、『The Itis』の看板メニューは「The Luther」という特大のベーコンチーズ・バーガー。
普通のベーコンチーズバーガーとの違いは、パンのかわりにKrispy Kremeのドーナツを使っているところ(!!!)。
しかしこのLuther Burger、ただのジョークかと思っていたら、、、
なんと実在しました(笑
調べてみるとジョージア州ディケイターのミリガンズというバーで発祥したもののよう。
さすがデブ超大国。バカすぎるw
油分&糖分&塩分の三冠王!なこのバーガー、食べたらすぐにダルくなって爆睡(pass out)確実ですな。
さて、このitisですが、実際に使う時は、
I got the itis(お腹いっぱいで眠い).
というように、必ず"the"をつけるようです。
けっこうみんな使ってる言葉だと思うし知っていると便利な表現ではあるよね。
しかし日本人が使う時は気をつけなければならないのであーる。
僕も今回旅行中にアフロセントリックな友達に"itis"の使用をたしなめられました。
ははは
僕は英語を話していると、普段よりさらに輪をかけて失言が増えるのですわ。
でもね、英語の場合は失言しても、
"Was it that loud?"
と、フレンズのチャンドラー風に切り抜けれるからokよね。もちろんokじゃないときもありそうだけどもやで。
実はitisは、その昔はNワードと組み合わせてN-----itisというように使われていたそうで、
「黒人は怠け者」
といったような人種差別的意味も含まれていたらしいです。
"~~itis"というのは、
meningitis(髄膜炎)
appendicitis(虫垂炎)
tonsillitis(扁桃腺炎)
といったように、「炎症」を表す接尾辞です。
つまりNワードにitisをつけることで病名らしさを演出し、
「たらふく食べたあとで眠くなる黒人の病気(人種に関係なく眠くなりますが)」
という意味で、ブラック・ピープル同士が自虐的なジョークとして使ってきたものなのだそうな。
今では非ブラックの人が使っても(without the N-word of course!!!)差別としては見なされないようですし、友人の中には「全然問題ないじゃん!」という人もいます。
しかし件の彼のようにいやがる人もいるので、意味だけ知っておけば十分なのかなー
たまに反省
でもなんて楽しい
英会話
(字余りしまくり)
2010年3月2日火曜日
2009年10月4日日曜日
旅行中考えたこと2
駄文が続いた気がするので今日くらいはまともなエントリーを書けたらよいと思う。
言語学者のソシュールは、「パロールは個人的なものでラングは社会的なものだ」と言っていて、これがおそらく一応言語学をかじったことがある人8割がたの通念だろう。なにも根拠はないが。
ソシュール先生には申し訳なく、わりと突拍子もなくてさらに申し訳ないのだが、
「ラング(文法)は個人的で、
パロール(発話)こそ社会的なものである」
という実感を得る瞬間が9月の旅行中に多々あった。
先月はシンガポールとオーストラリア(とネパール)という英語圏ないし準英語圏の国々をめぐったのだが、これらの国々では、きわめて異なるアクセントや特有の言い回しを携えた英語が話されている。
特にシンガポールではマレーやマンダリンの語彙をふんだんに借用した悪名高いSinglish、オーストラリアでは日本語で言う北関東弁のような田舎言葉(イメージです。。むしろIrishとかがそっちに相当するのか?Aussieは結構かわいいからね。広島弁?)Aussie Englishが話されている。
さらに、そこに飛び込んでいった僕が「話す」英語はどちらにも属しておらず、おそらく日本語的なラングを基本としてそれを補う形で構成された文法の上に、きわめてアメリカ的要素が強い語彙とアクセントを携えていると思われる。一応努力目標としているのはカナダ人の英語である。しかし周辺にいる何人かのネイティブによるとたまにシンガポール人のような訛りが出ているらしい。
例えば「コーヒー飲まない?」という単純な提案を行う場合、
シンガポール人なら「Join me for Kopi?」というであろうし、
オーストラリア人なら「Would you like a cuppa?」となるであろう。
ちなみに僕なら普通に「You wanna grab some coffee?」と言う気がする。
純正のアメリカ人なら「Hey let's hit a starbucks dude!」というところだろう。
(すごくわかりにくい例だし、十分じゃない)
とにかく、この劇的なSinglish~Aussie環境の転換を経て感じたのは、それでもコミュニケーションが成立するということは、一見ばらばらな個々人の発話は周囲の集団の中での社会的なプロセスを経て(きわめていい加減かつどうとでも解釈できる表現で申し訳ない)「英語のパロール」というレンジへと一種「翻訳」されているからではないかという可能性である。
つまり、世界中の英語話者全員が、ある普遍的で厳密な文法=ラングを共有しているからコミュニケーションが成立しているのではなく、コミュニケーションを担保しているのは言葉の使い方の緩やかで可変的な「同型性」なのではないかということだ。
文法というのは個人が、言語の生得的な能力をもとにしながら、他の人と言葉をつかってコミュニケートしながら作り上げるものだ。そのときには誰も文法なんて教えてはくれないし、自分の中で個人が自分なりに作り上げるしかない。僕自身もよく、まわりの人の話し方に影響を受けるのを感じるし、個人の中ですら固まっていないものだと思う。
ただ、ソシュール先生も言ったように、言語構造はとりあえず恣意的なのだが、世間にある程度フィットする形でしか作れないので、世間で流通しているコードにある程度合わせていくことになる。(僕もシンガポールで「Fair dinkum」などとは言わないし、オーストラリア人の男友達に対して「Dude!」と呼びかけることもない)
だが、それが自分の周囲でのコードに完全にあっているかどうかはわからない。というより、「これがAussie!」「これがSinglish!」という厳密なコードがあること自体が幻想であろ。
個人によって文法が少しずつ違うというのはそういう意味である。
しかしあまりにもめちゃくちゃな言語構造だと、言葉が通じなくなるので、修整せざるを得ない。それで少なくとも上に述べた「同型性」に関してはだんだん収斂していくことになるだろう。
そんで、ラングというのは自分の頭の中にあるだけでは何の役にも立たないので、必ず発話することになる。そこでコミュニケーションできなければパロールは成り立たないから、パロールは社会的なものだと思う。
うまく説明できたかな。
自分の文章の下手さ加減にほとほと嫌になるぜぃ。
ちなみに、僕は「社会的Social」という言葉があまり好きではないということは断っておこう。
修士でのボスは大好きなのだが。
言語学者のソシュールは、「パロールは個人的なものでラングは社会的なものだ」と言っていて、これがおそらく一応言語学をかじったことがある人8割がたの通念だろう。なにも根拠はないが。
ソシュール先生には申し訳なく、わりと突拍子もなくてさらに申し訳ないのだが、
「ラング(文法)は個人的で、
パロール(発話)こそ社会的なものである」
という実感を得る瞬間が9月の旅行中に多々あった。
先月はシンガポールとオーストラリア(とネパール)という英語圏ないし準英語圏の国々をめぐったのだが、これらの国々では、きわめて異なるアクセントや特有の言い回しを携えた英語が話されている。
特にシンガポールではマレーやマンダリンの語彙をふんだんに借用した悪名高いSinglish、オーストラリアでは日本語で言う北関東弁のような田舎言葉(イメージです。。むしろIrishとかがそっちに相当するのか?Aussieは結構かわいいからね。広島弁?)Aussie Englishが話されている。
さらに、そこに飛び込んでいった僕が「話す」英語はどちらにも属しておらず、おそらく日本語的なラングを基本としてそれを補う形で構成された文法の上に、きわめてアメリカ的要素が強い語彙とアクセントを携えていると思われる。一応努力目標としているのはカナダ人の英語である。しかし周辺にいる何人かのネイティブによるとたまにシンガポール人のような訛りが出ているらしい。
例えば「コーヒー飲まない?」という単純な提案を行う場合、
シンガポール人なら「Join me for Kopi?」というであろうし、
オーストラリア人なら「Would you like a cuppa?」となるであろう。
ちなみに僕なら普通に「You wanna grab some coffee?」と言う気がする。
純正のアメリカ人なら「Hey let's hit a starbucks dude!」というところだろう。
(すごくわかりにくい例だし、十分じゃない)
とにかく、この劇的なSinglish~Aussie環境の転換を経て感じたのは、それでもコミュニケーションが成立するということは、一見ばらばらな個々人の発話は周囲の集団の中での社会的なプロセスを経て(きわめていい加減かつどうとでも解釈できる表現で申し訳ない)「英語のパロール」というレンジへと一種「翻訳」されているからではないかという可能性である。
つまり、世界中の英語話者全員が、ある普遍的で厳密な文法=ラングを共有しているからコミュニケーションが成立しているのではなく、コミュニケーションを担保しているのは言葉の使い方の緩やかで可変的な「同型性」なのではないかということだ。
文法というのは個人が、言語の生得的な能力をもとにしながら、他の人と言葉をつかってコミュニケートしながら作り上げるものだ。そのときには誰も文法なんて教えてはくれないし、自分の中で個人が自分なりに作り上げるしかない。僕自身もよく、まわりの人の話し方に影響を受けるのを感じるし、個人の中ですら固まっていないものだと思う。
ただ、ソシュール先生も言ったように、言語構造はとりあえず恣意的なのだが、世間にある程度フィットする形でしか作れないので、世間で流通しているコードにある程度合わせていくことになる。(僕もシンガポールで「Fair dinkum」などとは言わないし、オーストラリア人の男友達に対して「Dude!」と呼びかけることもない)
だが、それが自分の周囲でのコードに完全にあっているかどうかはわからない。というより、「これがAussie!」「これがSinglish!」という厳密なコードがあること自体が幻想であろ。
個人によって文法が少しずつ違うというのはそういう意味である。
しかしあまりにもめちゃくちゃな言語構造だと、言葉が通じなくなるので、修整せざるを得ない。それで少なくとも上に述べた「同型性」に関してはだんだん収斂していくことになるだろう。
そんで、ラングというのは自分の頭の中にあるだけでは何の役にも立たないので、必ず発話することになる。そこでコミュニケーションできなければパロールは成り立たないから、パロールは社会的なものだと思う。
うまく説明できたかな。
自分の文章の下手さ加減にほとほと嫌になるぜぃ。
ちなみに、僕は「社会的Social」という言葉があまり好きではないということは断っておこう。
修士でのボスは大好きなのだが。
2009年9月30日水曜日
旅行中考えたこと3
院試のために地理学を勉強してよかったことのひとつは、都市や都市の景観を一定の意味付けとともに観察する視点がついたと思われることである。
人文地理学の下位区分に都市地理学という領域があるのですが、
勉強する過程では、僕がもっとも興味を持って取り組めたところです。
ざっくり言って都市の機能や構造や景観、都市内部ネットワーク、都市間ネットワークなどについて扱うのだが、雑多な要素の集合体ではなく都市をひとつの有機的な構造物としてとらえる観点は刺激的であった。
都市社会学や都市工学プロパーの人からすればあたりまえなのかもしれないが、都市という「場所」のもつ意味は単なる空間的な広がりでなく、そこに住む人々の生活様式や人間関係をも含む。
コルビュジェのような合理性と効率性だけを探求した都市デザインの考え方への反省から、都市地理学の分野ではそこに住む人々と、都市環境との相互作用もありきで考える研究スタイルが広まったらしい。
なかなかここではがっつり説明できないのですが、建築、人類学、マイノリティ研究、ジェンダー研究などと相互作用しつつ都市地理学研究はヒューマニスティックな方向への転回を遂げてきており、その辺も魅かれた理由のひとつ。
ベンヤミンやフーコー、ド・セルトーなど著名な思想家たちも都市についての多くの記述を残しており、地理学者から引用を受けている。
さて、京都に住んでいて痛感せざるを得ないのが、市街地の基本設計の古さである。
基本的な構造が1200年前から変わってないんだからしゃーないが、あの中心部のゴチャゴチャ度は致命的と思われる。
平安京時代から市街地はもちろん拡大しまくってるが、それを踏まえても人口密度は完全なキャパ越えであろ。道路は狭く、車では走りにくいしすぐ渋滞する。チャリが多い街だがチャリを停めるスペースも十分でなく、さらに交通を阻害した揚句自治体に撤去されるわな。
また、京都の伝統的な土地の区割りはうなぎの寝床と呼ばれるように、間口が狭く奥行きが長いスタイル。これをそのまま利用してオフィスビルなんかが建ってるわけだが、そのときに道沿いに駐車場を作ってセットバックで建てるので、並立する建物同士の壁面がそろわず景観上もよろしくないそうだ。この辺は価値判断を含む。
シンガポールという街は最新鋭の計画都市という風情である。
おそらく65年の独立後本格的に開発が始まったのであろうから、上海を除けば現代の世界の主要都市の中で計画的には一番新しいくらいかもしれない。
機能的に配置されたノードと、それらの間に生じるフローを適切に処理できるだけの利便性を備えた公共交通機関はまあ、いわゆる新興経済地域の大都市に共通する特徴だろうが、シンガポールの場合は面積的に限定されているから余計便利に感じるのかもしれない。
郊外の(?)居住スタイルもきわめて合理的で、蜂の巣のような集合住宅の間にぽんぽんとオープンスペース(+フードコート+ウェットマーケット)がある感じ。だから不思議と密集感はない。同じ形の巨大ビルがたくさん並んでいる光景は少し異様ですが。CBDからのアクセスも完ぺき。一定数の世帯が、広い公園のようなオープンスペースを共有するスタイルは防災上も利点が多いそうだ。(京都でも昔は「町」毎に集会所があって、それがセミパブリックなオープンスペースの役割を果たしていた)もっとも、シンガポールは自然災害がほとんどない地域らしく、それも爆発的繁栄に寄与した要素のひとつだろう。
通常多民族国家では、同じ民族的・文化的バックグラウンドを持つ人たちが地理的に隣接した地域に集住してリスクやコストを下げるためのコミュニティが形成される。しかしシンガポールの場合はセグリゲーションはそれほど顕著ではないように感じる。通常、明瞭なセグリゲーションを呈するのは移住後間もないものに限られる傾向があるらしいが、そのためだろうか?あるいは民族間の潜在的な政治的軋轢をとことん取り除き、国民が経済活動に集中できるようにした政策の賜か。この辺は住んでみないとわからないんだろうな。歴史の本で勉強していきたいところ。
おそらく人口400万人クラスの都市だから今は成り立っているのだろうが、地下鉄はキャパシティ限界ぎりぎり感を感じさせたし、集合住宅も建てかえラッシュはいつかやってくるだろう。どんな計画都市もいつかは古びる。
古びたときいかに対処するか。
一方メルボルンは18Cのゴールドラッシュに端を発する古い町である(京都ほどではないにせよ)。
かつては自動車をはじめとした重工業が栄えていたが、やがて生産に直接かかわる部門は移転し、本社機能や金融機関、専門サービス業ばかりが残った。都市の人口拡大と、中心部での土地利用上の摩擦を理由に居住地は外延部に拡大した。という、まさに後期資本主義時代の大都市の典型的な歴史を辿っている。
しかし素晴らしいと思うのがその中心街区の古いインフラや土地の利用の仕方である。特にかつての鉄道関連や倉庫関連の施設やその跡地を利用したフリンダーズ駅~ヤラ川沿いのウォーターフロントが美しい。
CBDにも歴史ある教会や公園がたくさん残っている。下手をこくと空洞化してしまう可能性のある都心部を、都市の歴史や趣を感じさせる形で再開発し、人口や雇用を維持しようとする方法をジェントリフィケーションと呼ぶが、まさにメルボルンはそのお手本とでもいうべき例ではないでしょうか。
郊外化もすさまじいが、結果生じる都心へのアクセスの問題を、Massiveな道路網で解消しているのが男らしい。
アメリカの大都市では極端に進んだ郊外化により、都心の衰退が深刻であることが叫ばれている。その点、メルボルンの都心は郊外に比べて今なお、「都市の顔」としての相対的な強さが保持されている。メルボルンでは2000年以降も、都心部において小売機能や飲食店などが増加しているらしい(バスガイド情報)。新しいラグビー/サッカースタジアムも建造中という、なんだか景気がよさそうな街なのである。
ただ、この街は人口増加のペースがあまりに早いため(2018年までにはシドニーを抜き、オーストラリアで第一の都市になると予想されている:バスガイド情報)、Massiveな道路もさすがに渋滞し始めている。中心街区の駐車スペースもまだまだ深刻ではないものの、かつてよりは不足気味になっているようだ。
しかしあれだけ土地があればいくらでも対処のしようはあるだろう。
京都にしろそうだが、日本においてこれから完全に新しい計画都市はありえない。基本的なフレームは維持しつつ、そこに住む人々の生活その他もろもろの事情の変化に合わせてモディファイしていくしかないわけだ。土木とか建築はかっけぇ学問だし、都市の思想とか建築思想とか憧れるが、やはり限られたリソースと面積の中で都市を時代に対処させていくのは、簡単な仕事ではないんだろう。みんな賢いんだなぁ。
京都でジェントリフィケーション的なものがあるとしたら、すぐに思い浮かぶのが町屋を改装したギャラリーとか飲食店である。うまいことブランド化されてる。しかしこれはおそらくトップダウン式になされたものではないから、定義からは外れるかもしれない。観光向けの開発が自然発生的に進めばインフレ圧力がかかる。結果的に町屋を下宿として借りるとなるとバカ高いともきく。これはまあ良いことだろう。
とりあえず京都は住みやすい街ではある。駐輪スペースの問題が一番大きいと感じるが、伝統的建造物保存地区だけ残してそれ以外全部やりなおしというような大改造をするわけにもいくまい。気持ちよく暮らすには公共心が求められる。
長々と書いたわりに結論がうんこになった。
結局観光旅行の感想をもとに内容があることなんか書けないのかもしれん。
人文地理学の下位区分に都市地理学という領域があるのですが、
勉強する過程では、僕がもっとも興味を持って取り組めたところです。
ざっくり言って都市の機能や構造や景観、都市内部ネットワーク、都市間ネットワークなどについて扱うのだが、雑多な要素の集合体ではなく都市をひとつの有機的な構造物としてとらえる観点は刺激的であった。
都市社会学や都市工学プロパーの人からすればあたりまえなのかもしれないが、都市という「場所」のもつ意味は単なる空間的な広がりでなく、そこに住む人々の生活様式や人間関係をも含む。
コルビュジェのような合理性と効率性だけを探求した都市デザインの考え方への反省から、都市地理学の分野ではそこに住む人々と、都市環境との相互作用もありきで考える研究スタイルが広まったらしい。
なかなかここではがっつり説明できないのですが、建築、人類学、マイノリティ研究、ジェンダー研究などと相互作用しつつ都市地理学研究はヒューマニスティックな方向への転回を遂げてきており、その辺も魅かれた理由のひとつ。
ベンヤミンやフーコー、ド・セルトーなど著名な思想家たちも都市についての多くの記述を残しており、地理学者から引用を受けている。
さて、京都に住んでいて痛感せざるを得ないのが、市街地の基本設計の古さである。
基本的な構造が1200年前から変わってないんだからしゃーないが、あの中心部のゴチャゴチャ度は致命的と思われる。
平安京時代から市街地はもちろん拡大しまくってるが、それを踏まえても人口密度は完全なキャパ越えであろ。道路は狭く、車では走りにくいしすぐ渋滞する。チャリが多い街だがチャリを停めるスペースも十分でなく、さらに交通を阻害した揚句自治体に撤去されるわな。
また、京都の伝統的な土地の区割りはうなぎの寝床と呼ばれるように、間口が狭く奥行きが長いスタイル。これをそのまま利用してオフィスビルなんかが建ってるわけだが、そのときに道沿いに駐車場を作ってセットバックで建てるので、並立する建物同士の壁面がそろわず景観上もよろしくないそうだ。この辺は価値判断を含む。
シンガポールという街は最新鋭の計画都市という風情である。
おそらく65年の独立後本格的に開発が始まったのであろうから、上海を除けば現代の世界の主要都市の中で計画的には一番新しいくらいかもしれない。
機能的に配置されたノードと、それらの間に生じるフローを適切に処理できるだけの利便性を備えた公共交通機関はまあ、いわゆる新興経済地域の大都市に共通する特徴だろうが、シンガポールの場合は面積的に限定されているから余計便利に感じるのかもしれない。
郊外の(?)居住スタイルもきわめて合理的で、蜂の巣のような集合住宅の間にぽんぽんとオープンスペース(+フードコート+ウェットマーケット)がある感じ。だから不思議と密集感はない。同じ形の巨大ビルがたくさん並んでいる光景は少し異様ですが。CBDからのアクセスも完ぺき。一定数の世帯が、広い公園のようなオープンスペースを共有するスタイルは防災上も利点が多いそうだ。(京都でも昔は「町」毎に集会所があって、それがセミパブリックなオープンスペースの役割を果たしていた)もっとも、シンガポールは自然災害がほとんどない地域らしく、それも爆発的繁栄に寄与した要素のひとつだろう。
通常多民族国家では、同じ民族的・文化的バックグラウンドを持つ人たちが地理的に隣接した地域に集住してリスクやコストを下げるためのコミュニティが形成される。しかしシンガポールの場合はセグリゲーションはそれほど顕著ではないように感じる。通常、明瞭なセグリゲーションを呈するのは移住後間もないものに限られる傾向があるらしいが、そのためだろうか?あるいは民族間の潜在的な政治的軋轢をとことん取り除き、国民が経済活動に集中できるようにした政策の賜か。この辺は住んでみないとわからないんだろうな。歴史の本で勉強していきたいところ。
おそらく人口400万人クラスの都市だから今は成り立っているのだろうが、地下鉄はキャパシティ限界ぎりぎり感を感じさせたし、集合住宅も建てかえラッシュはいつかやってくるだろう。どんな計画都市もいつかは古びる。
古びたときいかに対処するか。
一方メルボルンは18Cのゴールドラッシュに端を発する古い町である(京都ほどではないにせよ)。
かつては自動車をはじめとした重工業が栄えていたが、やがて生産に直接かかわる部門は移転し、本社機能や金融機関、専門サービス業ばかりが残った。都市の人口拡大と、中心部での土地利用上の摩擦を理由に居住地は外延部に拡大した。という、まさに後期資本主義時代の大都市の典型的な歴史を辿っている。
しかし素晴らしいと思うのがその中心街区の古いインフラや土地の利用の仕方である。特にかつての鉄道関連や倉庫関連の施設やその跡地を利用したフリンダーズ駅~ヤラ川沿いのウォーターフロントが美しい。
CBDにも歴史ある教会や公園がたくさん残っている。下手をこくと空洞化してしまう可能性のある都心部を、都市の歴史や趣を感じさせる形で再開発し、人口や雇用を維持しようとする方法をジェントリフィケーションと呼ぶが、まさにメルボルンはそのお手本とでもいうべき例ではないでしょうか。
郊外化もすさまじいが、結果生じる都心へのアクセスの問題を、Massiveな道路網で解消しているのが男らしい。
アメリカの大都市では極端に進んだ郊外化により、都心の衰退が深刻であることが叫ばれている。その点、メルボルンの都心は郊外に比べて今なお、「都市の顔」としての相対的な強さが保持されている。メルボルンでは2000年以降も、都心部において小売機能や飲食店などが増加しているらしい(バスガイド情報)。新しいラグビー/サッカースタジアムも建造中という、なんだか景気がよさそうな街なのである。
ただ、この街は人口増加のペースがあまりに早いため(2018年までにはシドニーを抜き、オーストラリアで第一の都市になると予想されている:バスガイド情報)、Massiveな道路もさすがに渋滞し始めている。中心街区の駐車スペースもまだまだ深刻ではないものの、かつてよりは不足気味になっているようだ。
しかしあれだけ土地があればいくらでも対処のしようはあるだろう。
京都にしろそうだが、日本においてこれから完全に新しい計画都市はありえない。基本的なフレームは維持しつつ、そこに住む人々の生活その他もろもろの事情の変化に合わせてモディファイしていくしかないわけだ。土木とか建築はかっけぇ学問だし、都市の思想とか建築思想とか憧れるが、やはり限られたリソースと面積の中で都市を時代に対処させていくのは、簡単な仕事ではないんだろう。みんな賢いんだなぁ。
京都でジェントリフィケーション的なものがあるとしたら、すぐに思い浮かぶのが町屋を改装したギャラリーとか飲食店である。うまいことブランド化されてる。しかしこれはおそらくトップダウン式になされたものではないから、定義からは外れるかもしれない。観光向けの開発が自然発生的に進めばインフレ圧力がかかる。結果的に町屋を下宿として借りるとなるとバカ高いともきく。これはまあ良いことだろう。
とりあえず京都は住みやすい街ではある。駐輪スペースの問題が一番大きいと感じるが、伝統的建造物保存地区だけ残してそれ以外全部やりなおしというような大改造をするわけにもいくまい。気持ちよく暮らすには公共心が求められる。
長々と書いたわりに結論がうんこになった。
結局観光旅行の感想をもとに内容があることなんか書けないのかもしれん。
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