
Jennifer Hudson "Jennifer Hudson" (2008)
“わたしは「君は美しい、白人の血が入っているに違いない」と言われたことがある。
だから、こう答えた。
いいえ、わたしは100%ブラック。だからこそ美しいの、と。”
-イマン
(ソマリア人スーパーモデルでデイヴィッド・ボウイの妻。マイケル“Remember The Time”のPVでエジプト王妃役)
なにが気に入らないって、
最近のR&Bがとにかくつまらんのだ。
これはたんに、私が年をとって近頃のワカモノの音楽が理解できなくなってしまったということなのだろうか。
00年代を振り返るエントリでも記したように、00年代後半に米メジャーリーグR&Bシーンで進行したのは、ボコーダー/オートチューンの爆発的流行を伴うエレクトロサウンドの大々的な導入だった。
さらにザ・ドリームの登場→ブレイクやアリシア・キーズの最新2作に象徴されるようなポップ/ロックとの強力なボーダレス化もこれまでのアーバンミュージックの出音に大きな変化をもたらしつつある。
Tペインのロボット声のどこが良いのか?
オートチューンブームに乗じて歌いだしたカニエ・ウエストにかつての職人的オールドソウルサンプリングマニアの面影はない。
アリシア・キーズのライブには涙が出るほど感動するが、レコーディング作品はもはやわたしの胸を貫きはしない。
歪んだギターをフィーチャーしたロックライクな曲が量産される。そういうのをヒップホップ/R&B系のアクトがやるとスゴく安易でチープに聴こえる。かのザ・ルーツですら、ギターを2本に増やしてロック寄りを志向し、迷走中である。
そしてニーヨやリアーナみたいな歌い方のヤツらにはもうウンザリだ。。。
わたしが聴きたいのは、黒人にしか絶対できない、ほかの人種には真似できない類いの歌唱なのだ。
アーバンミュージックには黒人にしか表現できないグルーヴを、そしてブルースを期待しているのに。。。
もちろん従来のブラックなソウルフルさをストイックに打ち出し続けている人々もいる。
アンジー・ストーン、ラヒーム・デヴォーン、エリック・ロバーソン、、、、、
ネオクラシカルソウルムーヴメントの残党たちだ。
しかしもはや完全に彼らは地下に潜っており、オーセンティックなレーベルや音楽誌からはすっかり旧時代の遺産扱いを受けている(泣
昨今のソウル/R&Bチャートのノッペリ感には閉口するし、あまりにもこれまでの音とは違いすぎてオッサンにはキビシい状況だ。
しかしまあ、考えてもみてほしい。
ソウル/R&Bの歴史の中で、一度でも出音が「革新的」でなかったことなどあるのだろうか。
3コード、シャッフル/ブギー系ビートからの脱却は?
ゴスペル的方法の採用は?
モータウンは?
ニューソウルは?
Pファンクは?
打ち込み・ディスコサウンドの導入は?
ヒップホップソウルは?
ニュージャックスイングは?
ソウル/R&Bは、その時勢に応じて「売れる」スタイルを方法論としてときに過剰なまでに摂取し、新しいサウンドを構築して売りまくる、徹底的にマーケット・オリエンテッドな音楽ジャンルなのだ。
そう考えるとエレクトロ二化やポップスとのクロスオーバーも、それが今売れるからしゃーないのである。
レコードを売ることにとことん貪欲なジャンル、ソウル/R&bの歴史の一部として受けいれるべき、なのかもしれない。
だが世の中は、そして人の心も、ベキ論では動かない。
少なくとも今、売れている、流行っているR&Bの音という者が、わたしのような頭の固いブラックミュージックファンの求める「黒さ」から遠いのは間違いない。
このままアーバンミュージックは、ザ・ガメ(ie. The Game)がかつてアリシア・キーズをdissってラップしたように、「ハーフ&ハーフのダイク・ビアッチ」と化してしまうのだろうか・・・orz
希望はある。
このような旧来の黒人音楽ファンにとて嘆かわしい状況のなか、メジャーリーグにあって気を吐く希有なアーティストもいる。
Jennifer Hudson aka J. Hudd
1981年、イリノイ州シカゴ生まれ。
もともとはゴスペル畑出身。
過去、アメリカンアイドルに応募したものの7位に終わるという経歴をもつ。
その後もパフォーマーとしての夢を追いつづけるが、なかなか売れない下積み時代、映画『ドリームガールズ』のオーディションにて満場一致でエフィ役に大抜擢され、「ビヨンセを喰った」パフォーマンスで一気にスターダムへ。。。
しかしやっとのことで掴んだ成功も、その後家族が殺され、家まで燃えてしまうという悲劇の前にはかすんだ。。
それでもこの遅咲きのスーパースターは、哀しみをブルースへと昇華し、ニーヨを後見人としてアリスタからリリースしたこのデビューアルバムは去年のグラミーの最優秀R&Bアルバム部門を受賞した。
まるで自身が映画のような人生を歩んできたジェニファーさんなのである。
最近では『セックス&ザ・シティ』や『リリィ蜂蜜色の秘密』での印象的な演技(前者ではテーマ曲も担当)や、2009年のNFLスーパーボウルでの国歌も記憶に新しい(ショージキ、歴史的名演といわれるホイットニー・ヒューストンやマライアを軽く超えていた)。
自身の名を冠したこの作品。ジャケのセンスはないが、、、
とことん歌が良いアルバムだ。
トラックにはオーソドックスなバンドサウンドもあるが、スターゲイトなどの売れっ子プロデューサーのバックアップも受けて最新鋭の音を聴かせる。
しかしきょうび、ここまでどんな曲でもひたすらソウルフルにコッテリ歌唱を聴かせるシンガーがどれほどいるだろうか。
まじでこのCDは勉強やメイクラヴのBGMにはなりません。
ソウルフルすぎて。
そう、ジェニファーさんは、もう誰にも負けないくらい、クドいくらいにソウルフルな漆黒の歌唱スタイルなんである。
それでいて、ミュージックソウルチャイルド兄さんやジル・スコット師匠にはない柔軟性がある。
だからワカモノにも、人気がある。
それが証拠に、中途半端な人選ばかりか、ラッパー陣全員によるダサダサ合フロウなど謎のプロダクションワーク(what's wrong wit u jamie??)でわたしを大いにガッカリさせたWe Are The World 2010でも、ジェニファーさんの超絶ソウルフルなオブリガードだけは砂漠の中のダイヤモンドの輝きだった。
どんな最新テクノロジーで化粧していようが、黒いもんは黒いし、ええもんはええ。
R&Bほど「歌」を大切にする音楽ジャンルはない(インストR&Bというものが存在しないことからもわかるように・・)。
それを思い出させてくれる見事な歌いっぷりである・・・!!
こうした「歌」中心への揺り戻しが、10年代には果たして起こるのか、否か。
わからないが、もし起こるとしたら、ジェニファーさんは間違いなくその中心にいることだろう。
彼女はその巨躯もだが、気の強い(と思われる)黒人のネーチャンそのもののしゃべり方とか、「いかにも」感が最近の若手ブラックフィメールアクトのなかでも群を抜いている。
この正統派っぷりには古風ないちブラックミュージック愛好家として期待を抱かざるを得ないわけだ、が。
渡辺直美もビヨンセじゃなくてこの人の真似すれば良いのに。体型的に近い。