2013年12月31日火曜日

タイムリーじゃなくて申し訳だけど(読書)



なんでもPopeyeが、クリスマスシーズンにあわせて12年ぶりにデートマニュアルを組んだとかで、常見さんがイカっていたので(笑)↓

http://agora-web.jp/archives/1573801.html






オイラも買ってみました。笑





ポパイは去年5月にリニューアルして以来アメリカの古臭トラッド&ヘビーデューティ推しで人気を博している(?)


もともとポパイが推していたシティボーイ的なスタイルが、トム・ブラウン以降のアメトラブームとガッツリ共鳴したというのもあろう。そして今はカーディガンの肩掛けやセカンドバッグ/ドキュメントケースといったバブル期的な意匠がもてはやされる時代で、ポパイにとっても追い風になっている。いや、むしろ主従が逆か。










で、肝心の中身はといいますと、やはり常見さんがイカっているとおり、リア充のリア充によるリア充のための内容となっております。







オシャレだな~~(棒)

いろんなカップルのデートのサンプルがのっているのですけども、
出てくる人々、皆フォトグラファーとかデザイナーとかなんよな。

あまり私の周りには、いないのですが。。。





やっぱ今はeconomically challengingな時代なんで、こういう1万円デート特集みたいなのもある。
かつてバブル期にPopeyeが仕込んだ高級フレンチ→BAR→シティホテルでお泊りっていうコースはもうできないんです!
バブル崩壊で若者からは金がなくなり、ロマンスにつながる物語だけが残った。そういう時代に売る本に載っているコンテンツとしては、なかなか良いと思う。

ただ、まだそういうロマンティックラブと絡んだ「物語」を売り物にしているという点に常見さんは怒っているんだけど、この問題意識は実はすでに文化系トークラジオLifeで先取されている。
2010年11月28日の放送テーマは「クリスマス資本論」であった。神回だったと記憶している。こちらがアーカイブになります。→http://www.tbsradio.jp/life/20101128/

この放送回では、バブル世代とロスジェネ~ゆとりのクリスマスに対する認識やクリスマスにおける消費のジェネレーションギャップが論じられ、今も息づく「クリスマス=恋人たちのためのイベント」ちう枠組みを日本に定着させた雑誌として、1980年代中盤以降のan-anとPopeyeのデートマニュアルが断罪されていた。

(参考:関連書籍 ユーミンの罪)




そして今も、古き良きリア充雑誌Popeyeは、クリスマスシーズンになれば、デートすることを推奨している!(↑おうちデートも節約の基本ですね!)

あえての突き抜けは個人的には好感が持てるかもしれない。



映画デートの指南なんてまさに 古き良き って感じじゃないですか。
実際読んで笑えるし、使えそう。
上で述べたとおりPopeyeはトラッド族のものになったんだし、雑誌全体のThrow Backな雰囲気と相まっていていい感じだ。

恋愛強者のための雑誌、Popeyeの中にオルタナティブな社会像、複数のユートピアはないのです!
外部としての非リア充は登場しません。

ただし、かつての自分たちの行為を振り返る再帰性はあるんだよな。




Popeyeですらかつての(そして今の?)デートマニュアルのイタさをわかってますよ。。。と宣言したうえでのあえてのデートマニュアル推しは、2010年代っぽいなーと思うんですがどうでしょうか。

今は、「僕は自分の立ち位置をわかっています(笑)」と前もって宣言することが大切な時代だと感じています。



西野カナは「言葉で表現」できる人が理想らしい。
もっと愛の言葉を~~ ていう歌あったなそういえばw





DLIのバイブル ホイチョイプロダクションのあの名著も登場!



そして大根さんのこのエッセイは名文だと思いました!
「モテキ」っぽい個人的体験がいろいろ綴られています。
そして「モテキ」のあの名台詞の誕生秘話も読めます。


全体的に、買いなのではないかな。

2013年12月27日金曜日

Best Donuts (& showcases) 2013

今年も無理やり選んでみた。
ますますCD買わなくなりましたけどな!!

1位 Ovall "Dawn"



ご存じ音楽偏差値バカ高バンドの2ndフルアルバムである。
前作よりはヒップホップ味は薄めで、よりカラフルな世界観の曲が増えたかな。
それでも一聴してOvallとわかるレイドバックした骨太のビートとそこはかとなくスピリチュアルなサウンドスケープは流石です。こういうのをグッドミュージックというんだろう。
発売直前に活動休止が発表され、衝撃でしたが、これだけの名作を残せば、それもしゃーないなと思わされたほど。全体にギターの関口君のプレイが印象的でした。
2010年、修士課程に入学し、東京にきたばかりの年にハマり、暑い夏が終わるまでひたすら聴き倒していた1st”Don't Care Who Knows That”の発売から3年8か月。。。私も東京に来て4年が経とうとしているのだなぁと恍惚としてしまいました。





前作”Black Radio”がグラミーをとった関係でやたらプロモートされて日本でも一気に有名になってたが、本作のほうがはるかに聴きやすいと感じた。
何より客演陣がちょっとスゴすぎる。ジル・スコット、フェイス・エヴァンス、ブランディ、アンソニー・ハミルトン、メイシー・グレイ、レイラ・ハサウェイ、ドゥウェレ、コモン、ルぺ・フィアスコ、スヌープドッグ、ノラ・ジョーンズ、そしてエリック・ロバーソンまで。
ちょっと前なら、ミシェル・ゴンドリーくらいじゃないと召集不可能だったろうメンツですね。90年代後半~00年代前半のオーガニック寄りソウル/ヒップホップ好きなアラサーアラフォーたちが、がっつりマーケティングされてますw





シングルです。この時代にもシングルCDは存在する!
さかい君は、5月に行ったElement 3のライブで飛び入りでFeel Like Makin' Loveを歌っていて存在を知り、、、その後三菱ekワゴンのCMソングでやられた。まさにそのCMソングがこれ!
ゴスペル~~な進行と、超絶ファルセット歌唱にやられる。そしてオケの演奏は日野JINO賢二(b)やJay Stixx(ds)といった本格派が固めている。名曲です。
カップリング曲になっている秦基博とのデュエットもちょっとアシッドジャズっぽいピアノリフが渋いわーーー
さかいさん見た目は童顔で声も高いし雰囲気もなんかUrbanResearchっぽい(笑)感じですが、とてもロイクーな音楽センスをお持ちなんですね!



ソウルジャズフェスで見たR&Bシンガー。日本ではほぼ無名だし、私も正直それまで知らなかったのだが、フェスではものすごい人気だった。やはりフェスというものは新しい音楽との邂逅があるのが良い。
マット・パーマーやジャミリオンに通じるさわやか正統派歌唱ながら、オケからはKenichiro NishiharaやCradleにも通じるジャジーヒップホップの要素を感じる独特の音楽性なのだ。当然、日本人好みだと思う。
東アジア的メロウネスが世界に伝搬しているのを感じます。



Acro Jazz Laboratoriesやmonologの新譜と迷いましたが、このブログではずっと西野カナをおすすめしているのであえてこちらにしました。
10月にベスト盤が2枚発売されました。pinkとmint。pinkのほうを選ばせていただいたのは、こちらに収録され、シングルカットもされた涙色が出色のクオリティだからです。
「Dear...」(2009)や「君って」(2011)に連なるお家芸ブレイクビーツオケがかっこいい。中身もいかにもな失恋ソングで、安定。

つーかこのPVやばいなーw
恋愛を通じて人は「成長」しなければいけない というイデオロギーの起源をDLIで研究したい。



また今年は、国内外でライブにけっこう行ったので記録しておきたい。

1/24 Panther Soul@Corus Hyde Park Hotel, London
2/14 Wally's Stepchildren@Wally's Cafe, Boston, MA
2/28 Roy Hargrove and His RH Factor Band@東京ブルーノート
4/29 Animal Kingdom Orchestra@赤坂B Flat
5/12 Element 3@六本木Alfie
5/15 Rumer@ビルボードライブ東京
5/18 Seoul Jazz Festival(Roy Hargrove Quintet、Hiromi the trio project、Jeff Bernat、Tape Five、Kings of Convenience等!!)@ソウルオリンピック記念公園
6/25 Monday満ちる@ビルボードライブ東京
7/28 カルメラ@Tower Records渋谷
8/18 Jino Jam@六本木Alfie
11/12 Marty Nau and friends@Twins Jazz, Washington DC
11/13 Sean Jones Quartet@Blues Alley, Washington DC
12/13 Ovall@Tower Records渋谷

こうして見ると前半にすごい行っている。
ただ、やっぱりOvallのラストライブは印象に残った。あと、ソウルジャズフェスで雨がパラつく中で見たロイハーグローヴは僥倖だった!!
音楽は最高だ。

2013年12月23日月曜日

Happy Birthday, Jesus.

誕生日に弾いてみたシリーズだよ。
読者各位、良いクリスマスをお過ごしください。

師走は忙しいのでアレンジはとても適当かついつもの如くミスだらけですが、きいてみてください!




ところで昨日は年内最後のライブでした。
今年は 一緒に演奏するメンバーや機会に恵まれ、自分がカッコいいと思う種類の音楽ができて本当に良かった。
来年ももっと上手くなって、より良い演奏ができるようになって行きたいと思います。

2013年12月17日火曜日

"We accept the love we think we deserve."(映画「ウォールフラワー」の感想)

日比谷シャンテに映画『ウォールフラワー』を観に行った。



ものすごく良い映画だった!

観終わってこんなに清々しい気持ちになる映画も珍しい。
(500 days of Summerに匹敵)

今年一番が最後にきましたワ。

原作はStephen Chboskyによる1999年発表の小説"The Perks of Being a Wall Flower"(英語圏では、現代のCatcher in the Ryeとも評されているらしい)で、著者自らメガホンをとったよう。

高校入学早々、スクールカーストの最下層に位置づけられてしまった「壁の花」チャーリーが、ちょっと風変わりだが自由なマインドを持った上級生たちとつるむようになったことをきっかけに自分の居場所を見つけ、少しずつ成長していく・・・

というありがちっぽいストーリーながら、Emma Watson、Logan Lerman、Ezra Millerといった若手俳優たちが、純粋でエネルギーに満ち、それでいて繊細な若者たちの心の交流を好演しており、映像も全体に瑞々しく美しい。

出てくる人たちみんな優しい。
それぞれ欠点を持ちながらも、人想いなんだよな。
そこにやられる。

wikipedia等を読むかぎり、90年代序盤が舞台となっているらしく、ケータイもタブレットもSNSも登場しないし、友達と好きな音楽を録音したミックステープを交換するという文化が、重要なモチーフになっていたりする。ガールフレンドと子機を使って電話していると、家族が電話できなかったりとかいう描写、いまではありえないでしょう。

90年代前半に高校生やってたということは、日本だとロスジェネドンズバですが、アメリカでいうとジェネレーションXの最後のほうの人たちって感じか。。。

かといって懐古主義というわけではなく、描かれているのはあくまで普遍的な青春だし、今の若者が見ても楽しめると思う!(私の高校時代とはあまりにも違いますけれども;)

ではこの作品をこれまでの米国のハイスクールモノと隔てているのは何かと考えますと、やはりスクールカースト解消の回路の違いだと思う。

従来のハイスクール映画では、主人公がカーストの下っ端格に配属になってしまい、いろいろ策を練ったり努力したりの末、クインビーズやジョックスに一泡吹かせて仲間とハイファイブ&ハグという展開が典型的だった。
Mean GirlsとかCinderella StoryとかSuperbadとかね



いっぽう本作で主人公チャーリーがとるのは、言ってしまえばUSAハイスクールの島宇宙化といいますか、要はスクールカースト自体を亡き者にしてしまうという戦略である。
十分にイケてはいて、高校生活を謳歌してはいるんだが、決してスクールカーストのトップ層ではない、ゲイだったり仏教徒だったりマリワナ常習者だったりといった、どちらかというとはぐれ者たちの集団とツルむことにより、チャーリーは壁の花を卒業した。

直観的にはGleeも、ユダヤ、アジア系、妊婦、ゲイ、身体障害者らが主役で、似たような空気である。
しかし結局「僕たちは負け犬だけどそれを自分で理解しているからイタくない」ちう、カーストの中にとどまったうえでの再帰性が反抗のカギで、これはこれで今っぽくはありつつもジョックスやクイーンズとの対峙と否定しがたい劣等感はいぜん明確に描かれていた。

いっぽうで本作ではかような対立軸は薄い。
ジョックス系との唯一の接点は、同性愛者のパトリックが秘かに関係を持っているアメフト部員ブラッドなのだが、彼は一度はチャーリーとモメたりしつつも、最終的には完全に和解することになる。

「(スクールカーストにおける)リア充がゲイを兼ねる」という設定こそが、属性のハイブリッド化によるスクールカーストの終焉を匂わせるし(これは日本で、90年代生まれのリア充はオタクを差別しないのにも似ている?)、また、単線的なヒエラルキーに従うだけではサバイブできない、高校卒業後の現実社会を垣間見せる窓ともなっている。
学校を一歩外に出れば、スクールカーストというローカルな尺度は通用せず、誰もがもっと多くの軸で人間としての価値を評価されることになる。複数のコミュニティに属せばそれぞれにおいて立場も変わる。

このことを理解できればスクールカーストを、時限的なものとして無視することが可能になる。
スクールカーストの脱臼とは端的に言って、大人への成長そのものなのだ(キリッ
これを丁寧に表現したChboskyさんすごいなぁ。。
Gleeはいじめられっ子たちへの希望のメッセージを発しているかもしれないが、いっぽうで極端なスクールカーストの描写が、視聴者である現実の高校生たちの自己ラべリングを強化し、社会的格差の再生産を助長する可能性もあると思う。

その点本作は健全ですし、より新しいと思う。Gleeよりは桐島に似ているけど、また違ったアプローチ。むしろ宇野ジョーカンがゼロ想で解釈した『野ブタ。をプロデュース』のほうに近い。
タイトルとは裏腹に、実は若者文化の島宇宙化による異文化理解と多元的ユートピアの承認がテーマになっているのですなぁ。


一般的にはただの宴会ソングと認知されているPINKの"Raise Your Glass"は、実は歌詞の内容よくきくと島宇宙で頑張りましょうソングです。



ただチャーリーが置かれた環境はね、まあ、、、恵まれてはいるよね。
父ちゃん母ちゃん兄ちゃん姉ちゃんみんなくそ優しいし彼のことを想っている(カトリック信者なんだよな)。
周りにはアイビーリーグ狙いの人たちもいたりーの親がケープコッドに別荘持ってたりーので経済的には基本、裕福なんだろうな。
そして何より友人に恵まれているし・・・まあ私も負けませんが(笑)

小説家志望チャーリーの良き理解者である国語のアンダーソン先生の感じも良かった^^
アンダーソン先生がオヌヌメしていた本たち、読んでみたいなー
F・R・I・E・N・D・Sでフィービーの相手役だった(役名マイケルだっけ?)Paul Ruddのナイス演技!彼はユーモラスな役のイメージが強いが、渋い先生役もいけるのですね。

2013年12月12日木曜日

米国債の危機に思う part 2

富の自己増殖について考えるエントリ第2回


前回から2か月が経とうとしているが、、、

ご存知のとおり、前回のエントリを投稿した直後に、米上院の超党派が提示した債務上限引き上げ案と暫定予算が可決され、先月の米国の危機は回避された。
ほっとしたという人も多かろう。

とはいえ課題は山積みである。暫定予算(政府機関の稼働)は2014年1月15日までで、米債務上限引き上げは2月7日までであり、近日中のデフォルトリスクが去ったとはまだ言えない。。

年末にかけ、FOMCの緩和継続がどこまできいてくるのか・・・

しかし、このようなその場しのぎ的立法をしていけばどんどん国債を発行していけるという事態こそまさに、債務帝国アメリカの病理のわかりやすい症候であろう。
歴史的に、米国債は時間と空間の制約を超えた信用のスパイラルを創出してきている。


継続的な借入による金融価値の創出が、深刻な資本主義的倒錯の表象であるとマルクスが述べていたことは前回のエントリで紹介した。

21世紀のエコノミストであるマイケル・ハドソンも、米国の債務帝国主義が生産する倒錯状態が、論理的な極値に到達しつつあることを指摘している。
曰く、国際的通貨基準となった米国国債は、貨幣というものが資産から借入へと、その形態を進化させたことの象徴である。資本主義が孕む狂気が、歴史上前例のない形で表出したのだ。

マルクスはまた、富の一般的な形式は、自らに課せられる制約を乗り越えようとする無限の慣性力を持つ、とも論じていた。
米国の債務創出に対しては今回の危機からもわかるとおり、さまざまな制度上のバリアが存在するにも関わらず、債務を担保するルール(つまりここでは連邦政府予算に関する法律だな)は、空間や時間の媒介から自らを解き放つ方向へと進化し続けている。
もはや単に米国の覇権が依って立つ論理的パラドクスだけを問題にすることはできない。
債務創出による価値の生産は、生命圏と非生命圏の境界=地球環境を乗り越えて進みつつある。

要 は実体経済とマネーの額面の極端な不一致、というよく指摘されるアレを言い換えたいだけなのだが。
とにかく、世界の通貨価値の基準となっている米国債がデフォルトする(しかける)という事態は考えてみれば、経済学のタームで語られる経済的現象の範疇を超え出ている。米国の債務帝国主義は、むしろ生態学的な発想で語られるべきかもしれない。(環境経済学者たちが試みてきたことで はあるが)
さまざまな政治経済の評論家が展開している議論を一気にパラフレーズしてしまえば、とりあえず米国債の信用担保は地上には存在しない。少なくとも現在の自然科学が認識できる次元には、ない。

かつては米国や日本といった経済大国による世界経済の席巻は、ひとつには石油に代表される地下資源の収奪と結びつけて語られることも多かった。
しかしすでに、地上の富が(金でも石油でもシェールガスでもなんでもいいが)、なんらかの物質と結びついている、というようなナイーヴな信念が通用する時代は終わった。債務帝国主義による価値の自己再生産は、このような地球の物質的限界を完全に突破してしまっている。

シェー ルガス革命により、米国の債務創出スパイラルが地球の石油俯存量を削り取ることで成り立っているというあからさまさが表面上薄れているのも一因だろう。しかしなにより、この明らかに不安定な状況に油を注いでいるのは、信用を担保している資本主義の倒錯(by マルクス)である。純粋な「信用」の世界において資本が地球のキャパシティの限界 を超えて自己再生産することが可能なのはこの倒錯のおかげとしか言いようが無い。

国債の借り換えが投機的な慣性力を持つことは自明だが、それは事態の一面でしかないだろう。
小切手にせよクレジットカードにせよ米国債にせよ、債務の将来的な返済が約束されていることを証明するためには、なんらかの形での物質との繋がりを示していく必要がある。
したがって債務帝国の倒錯は投機的かつ逃避的であるだけでなく、ある意味で極めて唯物的でもある。換言すれば、繰り返される借入は、物質化の慣性も内在させているということだ。
米国債含め、長期的には、あらゆる債務は地球上にある物質に帰属し、返済される「ことになっている」。
こうした、地球上の物質を参照することにより、自律的に物価が安定化されていくプロセスは、一種のオートポイエーシスのようでもある。



われわれは130年以上前にマルクスが予言した、資本主義の倒錯が生み出す幻想を目撃しているのではないだろうか??

(続く・・・のだろうか)

2013年12月5日木曜日

万年筆目当てでOggi1月号買った&UNYPP雑感




おまけの万年筆に釣られてひっさびさに買ってしまった。



theoryとの企画モノのようだが、これはなかなか良い!
本体に◇パターンが浮き彫ってあって高級感あるし、デフォルトでついてきたカートリッジのインクが紺というのもよかった。















ちなみにこっちは9月に買ったmono magazineについてきたアニエスベーの雑貨ラインvoyageの万年筆なんだけど、カートリッジ交換してすぐはインクの出がとても悪いという問題があった。





所詮オマケはこのレベルか…とか思っていたが、oggi×theoryの白いコイツにはそういう問題もないし書き味も良い。
ただズッシリ系なので勉強には向かなそう。




ゼロ年代、インターネットメディアの台頭で雑誌を売るのが難しくなる中で、出版社はこぞってオマケ戦略に走ったが、そうなるとオマケの原価を広告料で回収するというビジネスモデルにならざるを得ないので、本体への広告埋め込みはさらに加速するよね・・・
また単に商業的な意味だけではなく、雑誌への広告埋め込みは、より象徴的なレベルでも進行しているように思う。
私は最近、いわゆるコンテンツは、 本質的にすべて広告なのではないかと考えている。
コンテンツとメディアが一体となった時代には、コンテンツを再生できるメディアを 「物」として購入してもらうために、 コンテンツが存在するのではないかということだ。
例えば音楽は、 物であるCDを購入してもらうためのCMソングということになる。 そしてそのCD(あるいはiTunesカードでもいい)は、コンテンツの再生を保証する。
小説は、 すべて紙の束を購入してもらうための物語で、印刷された文字列は、 物語を再生し想起させることを保証する。

同様に、Oggi紙面で提案されるコンサバOL向けの通勤ファッションやライフスタイルは、すべてこの「クラスアップ万年筆」に宿る物語を提供する広告なのだ。

ということで中身を見てみよう(笑)









全体的に相変わらず暗い色使いの服が多く、地味ーなトラッドだが、まあそれはそういう本なのでしゃーない。
ただ、なんかリアルできかれる意見ほど、oggiはBBA向けではないと思う。
げんにモデルは全体に若返ったような。。。りーざとか松島花とかみんな平成生まれじゃね?宮坂ネキを首にしたのは正解と思われる。あくまで個人的見解だが。






Oggiの素晴らしいポイントのひとつが、料理レシピコーナーが充実していることである。
女子大生~1、2年目のズボラOL向けの簡単レシピではない、まさに「ランクアップ」な感じの お・も・て・な・し 料理が載っていて素晴らしかったのだが、
なぜか今月はなしorz
なぜだ!!









財布カタログは良かった。



渋めデザイン中心なセレクトで、彼女(※コンサバOL)持ちのお前らがクリスマスプレゼントを選ぶのにも使えるだろう。



読み物ページは相変わらず、全体として人生への対してポジティブなバイブスが感じられて良いw








ところで昨日、YPPの2次試験を受けてきた。
とりあえず長かったので、途中でくっそ腹減ったわ。
軽食持ち込み可だったし、やっぱなんか持って行けばよかったかも(食べたら眠くなると思っていたのです(笑))。他の受験者はなにがしか食ったりしてました。世界同時開催なので東京会場は17:30~22:00っていう意味わからん時間帯だったしね。

内容はといいますと、まったく歯が立たなかったというレベルではない。。。が、当然ちと準備不足だったかと。
択一問題で国連の組織とかミッションについての知識を問う問題よりも専門系が多かったのは意外だった。
そして専門エッセイで要求されるメトリカルな技術はあんまレベル高くなかったいっぽう、少し経営学チックな知識がいるな、と思った。
今回は1次の結果発表まで準備は放置してましたし、ぶつかりげいこ的な要素もありました。
対策方法は大体分かったので、もし来年もチャンスあれば、今度は本気でやったろーーww

2013年11月20日水曜日

ワシントンDCでオススメの飯屋

先週出張していたワシントンDCで見つけた良い店を紹介します。

Zorba's Cafe



DCきってのオシャレエリアDupont Circleにあるギリシャ料理店。

今回の私のように単身で出張して現地に知り合いもいないと、メシをひとりで食べることになりがちで、そうなるとホテルで中華のデリをとるか、ピザ屋とかに安易に行ってしまいがちなんだけど、ひとりでも気楽に入れるちょっと美味しい店があると便利です。

ここはキャッシュオンのセルフサービスなので 、米国のレストランにありがちな、tipping目当てに店員がひたすら構ってくるウザイ感じも無く、コミュニケーションコストは低い(笑)

それでいて店員の愛想は悪くなく(飲食店の店員はだいたい移民だから訛ってる)、メニューとかも詳しく説明してくれて良いです。



詳細は忘れましたがこういうチキンケバブとポテトとサラダのセットで10ドルいかないくらい。ビール入れても13ドルくらいだったかな。米東海岸のメトロポリタンエリアの夜飯としてはかなり安いかと。。

上手いけど、肉はちょっっっっと!硬いかな。。(てかアメリカで柔らかい肉ってどこで食べれるんですかw)


内装も、地中海の古民家風(?)でなかなか良い。
ワシントンDCローカルな人たちもお一人さまでもたくさん来ていて、地元の定食屋といった風情。

Dupont Circleエリアはゲイが多く、文化発信の震源地としても知られる土地。オシャレなダイナーやバーがたくさんあり、夜遅くまでワイワイしているので、 滞在するにはオススメです。


今回の出張は、リンカーンメモリアルとかベトナム戦争メモリアルとか散策できて良かったなー。
思えば、11月に米国を訪れたのは初でした。
北半球どこでも、素晴らしい季節ですよね。





フォレストガンプのあの場面の!!!




ワシントンメモリアルは工事中だったよ




2013年11月11日月曜日

最近読んだ本(読書)



ビッグデータ()という言葉がバズって久しく、昨今にあってはもはやネタ化されつつもあるが、
なぜビッグデータ()ブームが滑稽に見えるか、ヒントを与えてくれる本を2冊読んだ。



我が家のソーシャル本棚より。流行った本ですね。
メッセージは単純で、統計的手法の最大の強みは無作為抽出されたサンプルを調べるだけで母集団全体についていろいろ正確に知ることができることであって、莫大なコストをかけて全数解析するような必要があるケースは非常に限られる、ということ。
つまりある意味で、ビッグデータ解析は20世紀の偉大な発明である統計学のストロングポイントを殺しているとも言える。



もとは1995年に書かれた本だが(原題:Trust in Numbers)、今年の9月に邦訳が出版されたので入手した。訳者は私の修士課程の指導教官である。
著者はギリスピーやクーンに師事した科学史家で、この本では、「なぜ人はカズを信じるのか?(※キングカズのことではない)」について、定量化された指標が市民社会や市場、政策決定の場面で信頼を獲得していったプロセスを繙いている。数にも不確定性はあるのに、なぜか定性的なメッセージよりも一般的に説得力を持ちやすくなるふしぎな力学を説く。
データとかエビデンスとかいうと、やっぱグラフとか表で可視化された定量的な何かをイメージしやすいですけども、結局は定性的な解釈のほうが重要だったりするし、データを集めただけですべてが明らかになる、とは限らないということ(ワッツの偶然の科学とも通じますね)。ビッグデータサイエンスも決して魔法ではないと思う。
面白い本だったのだが、来年2月に合評会があるので、そっちに行ってからちゃんとしたレビューは書けたら書こう(かな)。


ところで、ノリで出願していた国連のYPPの1次を通過してしまった。
1次で落ちるだろうと思い、出願後はまったく準備してなかったのだが、statisticianポジでの募集が次回いつあるかはわからないので、とりあえずベストを尽くそうと思う。2次では統計解析の専門試験もアリ。。
Gxxgleに見限られても、BIGになる夢は止まらないっww
しかし、過去問見る限り、さすがにかなり手強そうな試験だー。。。がんばろっ><

2013年11月3日日曜日

えのふぇす

学会の合間を縫って、藤沢&江ノ島に遊びに行った!

bjリーグ観戦 横浜vs岩手




なかなかのナイスゲームでした!
横浜のマスコットは癒し系だった。

神奈川はバスケットが盛んな地域だから、関東学生リーグが終わっても毎週末なにがしかゲームをやっているみたい




そして江ノ島(初)に行きますと、




9月からやっているeno-fesの終盤イベントということで、植物園みたいなところでキャンドルアートやっとったー










灯台


良い湘南の夜景でした!!










これはめっちゃオススメ!

来週末まで。

湘南、行ったこと全然なかったけど、テラスハウス好き的にも(笑)、もっと遊びにいきたいところだとおもいました。
次は黄昏の海で夕日を見ながら黄昏れたい。。すっかり日が短くなったねー

2013年11月2日土曜日

かけそひ

人生で初めて、日本学術振興協会の科学研究費助成事業に応募した。
いわゆる科研費ですね。

e-Radでの研究者番号の取得から、研究計画や体制の作り込み、共同研究者への連絡、その他さまざまな事務手続きまで、全てのプロセスがたいへん興味深かった。
のだが、
くたびれたw
・・・機構内の内部締切の存在を忘れており、最後はほんとにギリギリだったが、なんとか今日、提出できました!!88
ひとえに、
数々の競争的資金プログラムへの応募経験を持つ優秀な同僚のサポートのおかげです。

うまく通るといいのですが・・・w
6か国のジョイントファンディングによる、国際共同研究プロジェクトの一角を占める資金なので、是非獲得したいところ。



明日からは学会!!ですが、何の準備もしてなくてやばい

2013年10月22日火曜日

Bye Boo

When starting a bonfire, the largest challenge is usually to trigger a spark for ignition.

Nevertheless, even when you have both a spark and bunch of barks, sometimes you still find the barks are wet after successful kindling.


Hello biatches.

2013年10月17日木曜日

米国債の危機に思う part1

上下院のねじれ状態を原因として、債務上限引き上げの法案がなかなか成立しない米国では、数十時間以内にも国債デフォルトの危機が迫っているといわれる。

予算の成立を待たずに政府の会計年度が始まったため、10月頭から政府機関の一部は封鎖されている。
こないだ来日した(渡航費を東大が出していたから来れた)National Science Foundationの某役人にきいても、アメリカの公務員は一部、文字通り自宅警備員をやっているという。

また、10月1日以来、.gov系のアドレスに送るメールがすべて弾かれるという珍現象が発生している。
これは心穏やかではおれん。

エコノミストのマイケル・ハドソンによれば、過去数十年間にわたる世界経済の変遷は、米国の債務創出の歴史にほかならない。

米国は金本位制を廃止して以来,連邦政府が発行する国債を国際的な通貨価値の基準としてきた。
これは世界中のあらゆる銀行に対して程度の差こそあれ何らかのコミットメントを強いる、米国のパワーの象徴であった.

1971年以前は,石油・ドル・金の三本柱が米国政府の国際収支を決定する基準であり、他国の中央銀行はいつでも、ドルの剰余分を金に換えることができた。
しかし金が本位貨幣でなくなってからは貨幣価値の基準はすべてドルが決定するようになった。
ドルを金に換えることができなくなった金融機関には,米国債を買い上げる以外に選択肢はない。
換言すれば,ドルが余っている国は総じて,米国政府に対する貸し付けをすることを余儀なくされるわけだ.

この継続的な貸し付けこそが世界経済に決定的な構造変化をもたらした。
ハドソンの言葉を借りると「返済義務のない無限のロールオーバー拠出」が作り出されるということになる。

ウォーらーステインの盟友でもあった社会学者のジョヴァンニ・アリギは、こうした傾向が生み出された背景として,1979年から1982年にかけたマネタリズムの台頭をあげている。
レーガンが金利政策を導入した際、グローバルな財のフローが再びドルと米国市場に流入した.
このムーヴメントこそが90年代における米国経済の復興を支え、政府による多額の公共事業投資(含科学技術R&D)を可能にした。

つまり米国の覇権は、パラドキシカルな基盤のうえに再生されたといえる。
第二次大戦後に支配的な債権国となった国が、今や世界最大の債務国として資本市場を膨張させている。継続的な外資流入により、国際収支は赤字にとどまったままだ。

このプロセスを通じて、米国は債務を「世界史においても先例がない」(byアリギ)レベルにまで膨張させた。こうして米国は、徐々に債務の「帝国」を作っていった。。

不思議なことに、この帝国には植民地を運営するための有形資産や担保が存在しない。
常に更新されていく借り入れの利率を決定しているのは、ただの「信用」である。

債務がグローバルに展開したとき、マネーの世界に何が起きたか。
世界最大の覇権国家が資金源を絶え間ない借入に頼りつづけたとき、国際秩序になにがおこったか、それは2008年の9月以降、歴史が目撃した通りだ。


マルクス的には,借入による金融価値の創出は、資本主義的倒錯の最も深刻な形式である。この倒錯のもとでは、政府が価格安定策を講じなくても、資本が価値を自己産出するという幻想が産み出される。

米国の債務帝国主義の原理主義的なロジックはこの倒錯に支えられている。


続く(のか?)

2013年10月2日水曜日

Stand By Me (Ben E. King Cover)

お友達誕生日に弾いてみたシリーズも第4弾を迎えました。

過去の作品は以下のとおり

第1弾(Sukiyaki)→ http://carpyfish.blogspot.jp/2013/07/blog-post_18.html
第2弾(Original Composition)→ http://carpyfish.blogspot.jp/2013/07/composition-0728.html
第3弾(Smile)→ http://carpyfish.blogspot.jp/2013/08/smile-charlie-chaplin-cover.html

今回はベンEキングの名曲を取り上げました。



ベースラインに特徴がある曲ですが、これを崩すかどうかで印象が全然変わってきます。崩さないパターンだと、こんな感じかなっていう。

4回目にもなるといい加減撮り慣れろよって感じですが、今回は指がまわってなくてうけるなーw

もっとちゃんと楽器練習せんとな。
下期には、Daizawa Love Collectiveのライブが何本もありますし

2013年9月17日火曜日

BYE.


でも、このあとみんな死んじゃったんだよな...的(笑)




恙無い日々はもちろん貴重ですが、流されることなく日々成長したいです。

2013年9月12日木曜日

反知的独占(硬め読書)

同僚に借りて読んだ。



特許や著作権といった知的財産権を保護する制度は広く社会に受容されているが、知財と科学技術イノベーション、経済成長の間にある関係性は、未だに不明瞭なままであり、問い直しが続いている。
特許や著作権は、言うまでもなく発明者に発明のインセンティブを与えることを意図したしくみであり、イノベーションのドライバであるというのが現状ではドミナントな見方だ。
じじつ、1980年に米国で発行したバイドール法は大学発の技術移転を大きく加速させ、産学連携による数々のイノベーションを促したとされている。

いっぽうで、知財制度が可能にする特許の囲い込みが、情報の非対称性を生み出し、逆にイノベーションに対してブレーキの役割を果たしているとする議論も存在する。
最近、アメリカ経済学会の発行するJournal of Economic Perspectivesが特許についての特集を組み、バイドールのようなプロパテント政策の導入が本当にイノベーションを促進したのか、実証的な分析を試みる論文が数多く取り上げられた(この本の著者たちも寄稿しています)。また、科学計量学業界の大家ライデスドルフも、バイドール法は確かに短期的には大学発の特許を増やしたが、そもそも公益性の高い大学組織に競争原理は適しておらず、米国におけるプロパテント大学政策の魔法は解けつつあるのでは・・・とする分析を、具体的な統計とともに行っている。

また、中国による新幹線技術へのフリーライド問題とか、グーグルのモトローラ買収とか、知財に関連して目立つニュースも増えてきており、日本の茶の間の議論の俎上にのぼることも増えてきているのでは?

さてさて!
競争を抑制して特権を得ようとする浪費的な取り組みを、 経済学ではレントシーキングという。 知的財産権は、 単なるレントシーキングの手段に過ぎないということが、本書のmain argumentである。

思いはさまざまだが、 知的財産法は創造のために充分なインセンティブの提供と、 既存のアイデアを利用する自由の提供をうまく両立させる必要があるという点では賛成派、反対派ととも同意している(ハズ)。
別の表現をすると、 双方とも知的財産権はイノベーションを育てる「必要悪」であると合意していて、 意見の相違があるのはどこに境界線を引くべきかという点だけなのだ。 支持派に言わせれば、現行の独占利益は”カツカツ”のものでしかないし、 反対派に言わせれば、現行の独占利益は大きすぎる。

現行の知財制度を構成する複雑な仕組みは、制度を運営している人たちには、 比較的大きな利益をもたらしている。しかしいっぽうでそれは知識の生産者と利用者が形成する知的財産の市場として考えたとき、不要な取引コストになっている。
これは、昨今のICT業界の知財係争地獄が示しているとおり!!

自由市場経済を基礎とする政府であれば、この取引コストを最小化する制度設計を目指すはずなのだが、 発明者サイドが、 現在の利益が制度変更によって失われるのではないかと恐怖していること、 また新しい制度においてより大きな利益が得られると考えていないことと、政府が、 もっぱら発明者サイドと、知財制度を運営している人たちと近しい関係にあるので、制度変更のインセンティブを持たないこと、 によって不効率な現行制度がスタックインをおこしている。

むしろ、アップルやアマゾンのような民間企業が、 現行制度と折り合いをつけながら、積極的に取引コスト を最小化するサービスを提供している状況を見ると、この分野においては、 法の縛りや政府の関与がない方が、 全体の利益を最大化できるのではないか。。。
というわけで本書の分析から出てくる結論は、大筋では、以下のような感じである。

①誰だって独占状態を望むし、 顧客や模倣者たちと争いたくはない。最近、特許や著作権は、 一部のアイデアの作り手に独占を認めている。 確かに見返りなしで何かをする人間はほとんどいない(人は努力には対価を望む)。

②しかし、 イノベーターにはその取り組みに応じた対価が与えられるべきだという主張から、 知財権(≒独占)が報酬をもたらす最良かつ唯一の方法だという結論を出すのは、飛躍が大きい。

③「特許こそ、 価値ある商業的アイデアを思いついた人に報いる唯一無二の方法である」といった主張は、ビジネス、法律や経済関係の論評でよく見られるが、イノベーターに (それも大いに) 報いる方法は他にもたくさんあるし、 ほとんどは特許や著作権が現在与えている独占力よりも社会にとって多くの便益をもたらす。

④特許や著作権がなくともイノベーターたちが対価を得られるなら、  知的財産権はイノベーションと創造のインセンティブを生むという本来の目的を果た しており、かなりの不都合があっても充分に相殺されているというのは本当か? 

⑤作り手の財産権は「知的財産」がなくても充分に保護されるし、 知的財産はイノベーションも創造性も伸ばさない。これらは不必要悪である!【結論】

知的財産制度は、 生み出された知的財と呼ばれるものから生じる経済的利益を、 関係者だと主張する人々によって分配するための仕組みの一つのオプションに過ぎない。 
最も強力な分配の機構を経済的な取引とすると、知的財産権は、 その経済的取引の初期状態を設定するためのただの仕掛けなのだ。

特許も著作権も、 知識の流通技術や流通機構が未熟な段階において、 より効率的に知識を広めるためには悪くない仕組みだとは思う。
事実、 著作権制度のおかげで、出版業は安定した事業が可能となり繁栄し、 カルチャーの活況をもたらした。
また、特許制度のおかげで、  特許保有者は発明をより利益を獲得できるよう戦略的に行使するようになり、その結果、 発明はより広く普及し、社会に貢献した。

だから、ある段階において制度そのものはかなりの合理性を持っていた。
が、 残念なことに、 それらの制度は現代のわれわれを取り巻く技術状況や経済状況に合わせて設計されたわけではない。 根本的に制度を見直すくらいのことを考えてもよいだろう。

プロコモンズの代表的法学者ローレンス・レッシグは、何年かに一度、 1ドル程度の更新料を支払わないと知的財産権が失効する仕組みを提唱していた。 たった1ドルと更新の手間も惜しい作品というものは、 すなわち権利者本人が「それほどの価値も無い」と判断していることを示している。 ならば、その知的財産をパブリックドメインに移行し、権利者から 「1ドルの価値もない」と判断された作品から、 何らかの価値を見出す利用者の自由利用に供したところでかまわないのではないか。
また、ランデスとポズナーのように、 誰も権利行使しなくなっていることが証明できる作品については、 「権利放棄の法理 waiver」を適用してもかまわないのではないか、 というのは自然な発想だと思う。

ところが、こうした改善案、というか、 改善案について検討すること自体が、 まともな主張なり研究なりとして相手にされない現実がある。。 この特定の主張に対する包括的な無視という対応は、それ自体が、 知的財産権に関する討議の場が何者かによって歪められていることを示してい る。

知的財産法というのは、政府が私的な独占を強制するということで、 有効な徴税機構のない国では、いまも昔も、 政府が独占権を与えるのはよくあることだけど、紅茶やチョコレートのブランドで、 古いラベルを見ると「女王陛下のご指名により」 みたいなことが書いてあるみたいな感じで、国が発達すると、 もっと有効な徴税インフラが、塩の専売とか、 大統領の義弟に独占輸入権を与えるといった歳入の仕組みにとってかわる。
 したがって、あれこれの商業活動を行う独占権を政府役人が売り出したり、 特定の財やサービスの生産や商業化の独占権を売ったりというのは、 ほとんどの先進市場経済では、だんだん消えていったわけで。。

知財は、 近代的徴税システムが導入する前から残っている、数少ないのアナクロニズムの一つであると著者は言う。 
というかもはやこれはゆがめられたアナクロニズムで、 いまや当初の設立の狙いとは正反対の、レントシーキング目的で利用されている。
もし追加インセンティブの必要性が本当にあるなら、それは補助金で行うべきであって、政府が積極的に独占権を与えるのはイクナイ。

とりあえず分厚い本だし、ロジックは粘性が強くやや冗長。
しかし山形さんの訳文は相変わらずムチャクチャ読みやすいので、なんとかイケるって感じ!

2013年9月8日日曜日

自己肯定(読書)


モテない男が読むべき書籍No.1、『すべてはモテるためである』(こちらが私の感想)の著者で、AV監督の二村ヒトシ氏が、女性に向けて書いたLove論である。
Love論と言いつつもモテテク指南などでは決してなく、結局は広い意味での生き方論に行きついているのは、『すべモテ』と同じ。

良い恋愛をすること、良い恋愛を通じて幸せになるためのキーは、「自己肯定」であるそうだ。
まずは自分をあるがままに認めてあげないと、相手のことも認めてあげられない、ということらしい。

レヴィナスも、大浦先生も、ルーマンも、恋愛のエッセンスは、社会とか文化とか家族とかそういうしがらみを抜きにして相手と出会うこと、向き合うことだとおっしゃっているが、その前提となっているのは、まずもって、同じようなしがらみを抜きにして自分を好きになることだったのだな。
自分を好きになるといっても、自分の顔が好きだからとか、いい仕事してるからだとか、家が金持ちでいい人生だからとか、そういう理由じゃなくて。
こうしたナルシシズムに陥ることなく、自分の存在を無条件で「よい」と肯定できなければ、人のことも無条件に肯定することはできない、と二村氏は述べる。

自分の欠点や、寂しさを埋めることを目的として恋愛をするのではなく、相手を、自分を、そしてふたりの関係性を、それ自体完成した、満ち足りたものとして受け入れることこそが肝要ということだろう。

あくまで女性向けに書かれてはいるが、これは再帰的に男性に向けたレッスンとしても読むことができる。
紳士諸氏におかれては、女性=原初的に母的な存在、というのがどうしてもナルシスを記述するうえでの参照点になりがちである。つまり、ある特定の女性にとっての恋人である→彼女を独占・支配している→彼女の幸せをコントロール下に置いている という状況を、(見せかけの)自己肯定の材料にしがちなのだ。しかしそれは相手を自分の都合の良いように利用しているに過ぎないし、結局は、自分は完璧ではないという劣等感からくる行為だと言える。

2013年9月3日火曜日

少女漫画、音楽、身体性

先月はふとしたきっかけで現代の少女漫画を抄猟することになった。
一部には、働く女性を主人公にした「女子漫画」も含まれる。

いまのところ読んだ作品群は以下の通り。完結してないのもある。

「5時から9時まで」
「ヒロイン失格」
「きょうは会社休みます。」
「好きって言いなよ」
「カノジョは嘘を愛しすぎている」

漫画自体ほとんど読まないのであるが、生まれてはじめて少女漫画を読みまくって、
まずはその激甘な世界観に圧倒された。正直食傷気味であるw
中には話として、非常に良くできているなというものもあり、特にヒロイン失格は登場人物の描きわけがとても巧みで秀逸だ。jk主人公という部分を差し引いても、万人にオヌヌメできる。

全体に、イケメンたちがこぞって主人公を奪い合う話が多い。
幼馴染みから好かれていて、そこにぽっと出の王子様キャラが現れ、甘い言葉で口説きまくる→幼馴染みと恋敵になる。
主人公はふたりの間で揺れつつ、なんやかや楽しんでいて、自分のことは棚にあげ、幼馴染みとか王子様が他の女に靡くと容赦なく嫉妬するw

というようなのが何となく共通のプラットフォームかなと。。
自分は性的に奔放に振る舞っても、男には貞操を要求するらしい。

婦女子たちの、イケメンに奪い合われたい願望をストレートに描いた作品と言えば、漫画でこそないものの最近では「ラストシンデレラ」が記憶に新しい。これは往年の月10のオマージュ的記号に満ちた作品であり。。。ま、ファンタジーですな()

こういうテンプレに「自己実現」という要素を加味したのがカノ嘘であり、これは音楽漫画として読んでもめちゃおもろい。
カノ嘘自体は、作者の青木琴美がCanCam7月号(ぷに子で話題になったイシュー)に描き下ろし漫画を描いていたのでなんか知っていた、し、ちょうど内藤理恵子さんもブログで取り上げていたので、読んでみた。

作画とか各エピソードのタイトルが厨二臭いのが玉にキズだが、文句なくおもろい。
主人公の女子が凄腕若手音楽プロデューサー(上記の王子様的ポジ)に一目ぼれされ、一気にスターダムを駆け上がるというシンデレラストーリー。
王子様にも仕事上のライバルがいたり(実質上恋のライバルにもなる)、セックス依存症ディーヴァの元カノがいたりと、娯楽作品としてとてもよーできとる。

内藤さんもブログに書いてるように、聴いてる音楽が立ち振る舞いとか全体的なvibesとして現れてる人がいたとして、しかもそのジャンルが自分の好きなジャンルと一緒で、かつ顔が好みだったら・・・惚れる!っていうのは、わかるなぁ。。
なかなかいないだろうけどもw

(カノ嘘の王子様は、多分重めのロックがプロパーな職業音楽人なのだよね。。そのへんの設定は残念。90年代の松尾潔的タチーチだったら超最高だったのに!!笑)

ファッションとかとも密接に結びついているけど、身のこなしとかで「あ、この人たぶん○○な音楽好きだな」ていう瞬間は、ある気がする。
ちょっと特殊な例だけど、いま私はスノボに本格的に夢中になっていて、屋内ゲレンデ施設にワンメイクジャンプを習いに行っているのですが、そこにはインストラクターも含めてたくさんライダーたちがいます(夏にもかかわらず!)。

ほいで、スノーボーダーって大きくわけて2種類いると思って、、、、、まあ、パンクス/スケートロック系の人とヒップホップ系の人なのな。
どっちのトライブかは板のグラフィックとかで大体わかるんだけど
前者はやっぱりテンポの速い音楽なので、回し系の技のときとかギュンッ!と初速が速い人が多いと思うけど、いっぽうでヒップホップ系の人はブ~~ンとメローに回ってるような・・・??気のせいではないと思う。

(もちろん私は後者をめざしています・・・!でも、、、う~ん、ワンストロークでゆっくり回るのって難しい>< もっとうまくなりたい><)



ちなみに私が習っているプロライダーのMくん(同い年)は、EXILEの音楽が好きと公言している人で()、あんま上の類型化にはまらないのですがw 彼のすべりからはニュージャックスイングの香りがする、かもしれない。

2013年8月19日月曜日

JINO JAM 081813

日野JINO賢二 Birthday Live 08.18.13 @六本木Alfie



Personnel

日野賢二(b)
マサ小浜(g)
Penny-K(kb)
Nobu-K(kb)
Jay Stixx(ds)


Guests

日野皓正(tp)
グレース・マヤ(vo)
MOTO(beatbox)


Setlist

(1st)
1. Real McCoy
2. Still Here
3. Go 4 Da Gold (inst)
4. Toko's Wave
5. It's There

(2nd)
6. All I Want is You
7. Knight
8. Bye Bye Blackbird
9. B.G.
10. Pop's
11. Come Together
12. Intro



やっぱ楽しかったー このメンバーでのインタープレイすごすぎる
相変わらず作り込んでる感は無くても、それでもハイパーだったー

僕もハプニングを味方につけられるような演奏者になりたいです。