2013年12月17日火曜日

"We accept the love we think we deserve."(映画「ウォールフラワー」の感想)

日比谷シャンテに映画『ウォールフラワー』を観に行った。



ものすごく良い映画だった!

観終わってこんなに清々しい気持ちになる映画も珍しい。
(500 days of Summerに匹敵)

今年一番が最後にきましたワ。

原作はStephen Chboskyによる1999年発表の小説"The Perks of Being a Wall Flower"(英語圏では、現代のCatcher in the Ryeとも評されているらしい)で、著者自らメガホンをとったよう。

高校入学早々、スクールカーストの最下層に位置づけられてしまった「壁の花」チャーリーが、ちょっと風変わりだが自由なマインドを持った上級生たちとつるむようになったことをきっかけに自分の居場所を見つけ、少しずつ成長していく・・・

というありがちっぽいストーリーながら、Emma Watson、Logan Lerman、Ezra Millerといった若手俳優たちが、純粋でエネルギーに満ち、それでいて繊細な若者たちの心の交流を好演しており、映像も全体に瑞々しく美しい。

出てくる人たちみんな優しい。
それぞれ欠点を持ちながらも、人想いなんだよな。
そこにやられる。

wikipedia等を読むかぎり、90年代序盤が舞台となっているらしく、ケータイもタブレットもSNSも登場しないし、友達と好きな音楽を録音したミックステープを交換するという文化が、重要なモチーフになっていたりする。ガールフレンドと子機を使って電話していると、家族が電話できなかったりとかいう描写、いまではありえないでしょう。

90年代前半に高校生やってたということは、日本だとロスジェネドンズバですが、アメリカでいうとジェネレーションXの最後のほうの人たちって感じか。。。

かといって懐古主義というわけではなく、描かれているのはあくまで普遍的な青春だし、今の若者が見ても楽しめると思う!(私の高校時代とはあまりにも違いますけれども;)

ではこの作品をこれまでの米国のハイスクールモノと隔てているのは何かと考えますと、やはりスクールカースト解消の回路の違いだと思う。

従来のハイスクール映画では、主人公がカーストの下っ端格に配属になってしまい、いろいろ策を練ったり努力したりの末、クインビーズやジョックスに一泡吹かせて仲間とハイファイブ&ハグという展開が典型的だった。
Mean GirlsとかCinderella StoryとかSuperbadとかね



いっぽう本作で主人公チャーリーがとるのは、言ってしまえばUSAハイスクールの島宇宙化といいますか、要はスクールカースト自体を亡き者にしてしまうという戦略である
十分にイケてはいて、高校生活を謳歌してはいるんだが、決してスクールカーストのトップ層ではない、ゲイだったり仏教徒だったりマリワナ常習者だったりといった、どちらかというとはぐれ者たちの集団とツルむことにより、チャーリーは壁の花を卒業した。

直観的にはGleeも、ユダヤ、アジア系、妊婦、ゲイ、身体障害者らが主役で、似たような空気である。
しかし結局「僕たちは負け犬だけどそれを自分で理解しているからイタくない」ちう、カーストの中にとどまったうえでの再帰性が反抗のカギで、これはこれで今っぽくはありつつもジョックスやクイーンズとの対峙と否定しがたい劣等感はいぜん明確に描かれていた。

いっぽうで本作ではかような対立軸は薄い。
ジョックス系との唯一の接点は、同性愛者のパトリックが秘かに関係を持っているアメフト部員ブラッドなのだが、彼は一度はチャーリーとモメたりしつつも、最終的には完全に和解することになる。

「(スクールカーストにおける)リア充がゲイを兼ねる」という設定こそが、属性のハイブリッド化によるスクールカーストの終焉を匂わせるし(これは日本で、90年代生まれのリア充はオタクを差別しないのにも似ている?)、また、単線的なヒエラルキーに従うだけではサバイブできない、高校卒業後の現実社会を垣間見せる窓ともなっている。
学校を一歩外に出れば、スクールカーストというローカルな尺度は通用せず、誰もがもっと多くの軸で人間としての価値を評価されることになる。複数のコミュニティに属せばそれぞれにおいて立場も変わる。

このことを理解できればスクールカーストを、時限的なものとして無視することが可能になる。
スクールカーストの脱臼とは端的に言って、大人への成長そのものなのだ(キリッ
これを丁寧に表現したChboskyさんすごいなぁ。。
Gleeはいじめられっ子たちへの希望のメッセージを発しているかもしれないが、いっぽうで極端なスクールカーストの描写が、視聴者である現実の高校生たちの自己ラべリングを強化し、社会的格差の再生産を助長する可能性もあると思う。

その点本作は健全ですし、より新しいと思う。Gleeよりは桐島に似ているけど、また違ったアプローチ。むしろ宇野ジョーカンがゼロ想で解釈した『野ブタ。をプロデュース』のほうに近い。
タイトルとは裏腹に、実は若者文化の島宇宙化による異文化理解と多元的ユートピアの承認がテーマになっているのですなぁ。


一般的にはただの宴会ソングと認知されているPINKの"Raise Your Glass"は、実は歌詞の内容よくきくと島宇宙で頑張りましょうソングです。



ただチャーリーが置かれた環境はね、まあ、、、恵まれてはいるよね。
父ちゃん母ちゃん兄ちゃん姉ちゃんみんなくそ優しいし彼のことを想っている(カトリック信者なんだよな)。
周りにはアイビーリーグ狙いの人たちもいたりーの親がケープコッドに別荘持ってたりーので経済的には基本、裕福なんだろうな。
そして何より友人に恵まれているし・・・まあ私も負けませんが(笑)

小説家志望チャーリーの良き理解者である国語のアンダーソン先生の感じも良かった^^
アンダーソン先生がオヌヌメしていた本たち、読んでみたいなー
F・R・I・E・N・D・Sでフィービーの相手役だった(役名マイケルだっけ?)Paul Ruddのナイス演技!彼はユーモラスな役のイメージが強いが、渋い先生役もいけるのですね。

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