2013年10月17日木曜日

米国債の危機に思う part1

上下院のねじれ状態を原因として、債務上限引き上げの法案がなかなか成立しない米国では、数十時間以内にも国債デフォルトの危機が迫っているといわれる。

予算の成立を待たずに政府の会計年度が始まったため、10月頭から政府機関の一部は封鎖されている。
こないだ来日した(渡航費を東大が出していたから来れた)National Science Foundationの某役人にきいても、アメリカの公務員は一部、文字通り自宅警備員をやっているという。

また、10月1日以来、.gov系のアドレスに送るメールがすべて弾かれるという珍現象が発生している。
これは心穏やかではおれん。

エコノミストのマイケル・ハドソンによれば、過去数十年間にわたる世界経済の変遷は、米国の債務創出の歴史にほかならない。

米国は金本位制を廃止して以来,連邦政府が発行する国債を国際的な通貨価値の基準としてきた。
これは世界中のあらゆる銀行に対して程度の差こそあれ何らかのコミットメントを強いる、米国のパワーの象徴であった.

1971年以前は,石油・ドル・金の三本柱が米国政府の国際収支を決定する基準であり、他国の中央銀行はいつでも、ドルの剰余分を金に換えることができた。
しかし金が本位貨幣でなくなってからは貨幣価値の基準はすべてドルが決定するようになった。
ドルを金に換えることができなくなった金融機関には,米国債を買い上げる以外に選択肢はない。
換言すれば,ドルが余っている国は総じて,米国政府に対する貸し付けをすることを余儀なくされるわけだ.

この継続的な貸し付けこそが世界経済に決定的な構造変化をもたらした。
ハドソンの言葉を借りると「返済義務のない無限のロールオーバー拠出」が作り出されるということになる。

ウォーらーステインの盟友でもあった社会学者のジョヴァンニ・アリギは、こうした傾向が生み出された背景として,1979年から1982年にかけたマネタリズムの台頭をあげている。
レーガンが金利政策を導入した際、グローバルな財のフローが再びドルと米国市場に流入した.
このムーヴメントこそが90年代における米国経済の復興を支え、政府による多額の公共事業投資(含科学技術R&D)を可能にした。

つまり米国の覇権は、パラドキシカルな基盤のうえに再生されたといえる。
第二次大戦後に支配的な債権国となった国が、今や世界最大の債務国として資本市場を膨張させている。継続的な外資流入により、国際収支は赤字にとどまったままだ。

このプロセスを通じて、米国は債務を「世界史においても先例がない」(byアリギ)レベルにまで膨張させた。こうして米国は、徐々に債務の「帝国」を作っていった。。

不思議なことに、この帝国には植民地を運営するための有形資産や担保が存在しない。
常に更新されていく借り入れの利率を決定しているのは、ただの「信用」である。

債務がグローバルに展開したとき、マネーの世界に何が起きたか。
世界最大の覇権国家が資金源を絶え間ない借入に頼りつづけたとき、国際秩序になにがおこったか、それは2008年の9月以降、歴史が目撃した通りだ。


マルクス的には,借入による金融価値の創出は、資本主義的倒錯の最も深刻な形式である。この倒錯のもとでは、政府が価格安定策を講じなくても、資本が価値を自己産出するという幻想が産み出される。

米国の債務帝国主義の原理主義的なロジックはこの倒錯に支えられている。


続く(のか?)

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