2009年9月30日水曜日

旅行中考えたこと3

院試のために地理学を勉強してよかったことのひとつは、都市や都市の景観を一定の意味付けとともに観察する視点がついたと思われることである。

人文地理学の下位区分に都市地理学という領域があるのですが、
勉強する過程では、僕がもっとも興味を持って取り組めたところです。
ざっくり言って都市の機能や構造や景観、都市内部ネットワーク、都市間ネットワークなどについて扱うのだが、雑多な要素の集合体ではなく都市をひとつの有機的な構造物としてとらえる観点は刺激的であった。

都市社会学や都市工学プロパーの人からすればあたりまえなのかもしれないが、都市という「場所」のもつ意味は単なる空間的な広がりでなく、そこに住む人々の生活様式や人間関係をも含む。
コルビュジェのような合理性と効率性だけを探求した都市デザインの考え方への反省から、都市地理学の分野ではそこに住む人々と、都市環境との相互作用もありきで考える研究スタイルが広まったらしい。

なかなかここではがっつり説明できないのですが、建築、人類学、マイノリティ研究、ジェンダー研究などと相互作用しつつ都市地理学研究はヒューマニスティックな方向への転回を遂げてきており、その辺も魅かれた理由のひとつ。
ベンヤミンやフーコー、ド・セルトーなど著名な思想家たちも都市についての多くの記述を残しており、地理学者から引用を受けている。



さて、京都に住んでいて痛感せざるを得ないのが、市街地の基本設計の古さである。
基本的な構造が1200年前から変わってないんだからしゃーないが、あの中心部のゴチャゴチャ度は致命的と思われる。
平安京時代から市街地はもちろん拡大しまくってるが、それを踏まえても人口密度は完全なキャパ越えであろ。道路は狭く、車では走りにくいしすぐ渋滞する。チャリが多い街だがチャリを停めるスペースも十分でなく、さらに交通を阻害した揚句自治体に撤去されるわな。
また、京都の伝統的な土地の区割りはうなぎの寝床と呼ばれるように、間口が狭く奥行きが長いスタイル。これをそのまま利用してオフィスビルなんかが建ってるわけだが、そのときに道沿いに駐車場を作ってセットバックで建てるので、並立する建物同士の壁面がそろわず景観上もよろしくないそうだ。この辺は価値判断を含む。

シンガポールという街は最新鋭の計画都市という風情である。
おそらく65年の独立後本格的に開発が始まったのであろうから、上海を除けば現代の世界の主要都市の中で計画的には一番新しいくらいかもしれない。
機能的に配置されたノードと、それらの間に生じるフローを適切に処理できるだけの利便性を備えた公共交通機関はまあ、いわゆる新興経済地域の大都市に共通する特徴だろうが、シンガポールの場合は面積的に限定されているから余計便利に感じるのかもしれない。
郊外の(?)居住スタイルもきわめて合理的で、蜂の巣のような集合住宅の間にぽんぽんとオープンスペース(+フードコート+ウェットマーケット)がある感じ。だから不思議と密集感はない。同じ形の巨大ビルがたくさん並んでいる光景は少し異様ですが。CBDからのアクセスも完ぺき。一定数の世帯が、広い公園のようなオープンスペースを共有するスタイルは防災上も利点が多いそうだ。(京都でも昔は「町」毎に集会所があって、それがセミパブリックなオープンスペースの役割を果たしていた)もっとも、シンガポールは自然災害がほとんどない地域らしく、それも爆発的繁栄に寄与した要素のひとつだろう。
通常多民族国家では、同じ民族的・文化的バックグラウンドを持つ人たちが地理的に隣接した地域に集住してリスクやコストを下げるためのコミュニティが形成される。しかしシンガポールの場合はセグリゲーションはそれほど顕著ではないように感じる。通常、明瞭なセグリゲーションを呈するのは移住後間もないものに限られる傾向があるらしいが、そのためだろうか?あるいは民族間の潜在的な政治的軋轢をとことん取り除き、国民が経済活動に集中できるようにした政策の賜か。この辺は住んでみないとわからないんだろうな。歴史の本で勉強していきたいところ。
おそらく人口400万人クラスの都市だから今は成り立っているのだろうが、地下鉄はキャパシティ限界ぎりぎり感を感じさせたし、集合住宅も建てかえラッシュはいつかやってくるだろう。どんな計画都市もいつかは古びる。
古びたときいかに対処するか。

一方メルボルンは18Cのゴールドラッシュに端を発する古い町である(京都ほどではないにせよ)。
かつては自動車をはじめとした重工業が栄えていたが、やがて生産に直接かかわる部門は移転し、本社機能や金融機関、専門サービス業ばかりが残った。都市の人口拡大と、中心部での土地利用上の摩擦を理由に居住地は外延部に拡大した。という、まさに後期資本主義時代の大都市の典型的な歴史を辿っている。
しかし素晴らしいと思うのがその中心街区の古いインフラや土地の利用の仕方である。特にかつての鉄道関連や倉庫関連の施設やその跡地を利用したフリンダーズ駅~ヤラ川沿いのウォーターフロントが美しい。
CBDにも歴史ある教会や公園がたくさん残っている。下手をこくと空洞化してしまう可能性のある都心部を、都市の歴史や趣を感じさせる形で再開発し、人口や雇用を維持しようとする方法をジェントリフィケーションと呼ぶが、まさにメルボルンはそのお手本とでもいうべき例ではないでしょうか。
郊外化もすさまじいが、結果生じる都心へのアクセスの問題を、Massiveな道路網で解消しているのが男らしい。
アメリカの大都市では極端に進んだ郊外化により、都心の衰退が深刻であることが叫ばれている。その点、メルボルンの都心は郊外に比べて今なお、「都市の顔」としての相対的な強さが保持されている。メルボルンでは2000年以降も、都心部において小売機能や飲食店などが増加しているらしい(バスガイド情報)。新しいラグビー/サッカースタジアムも建造中という、なんだか景気がよさそうな街なのである。
ただ、この街は人口増加のペースがあまりに早いため(2018年までにはシドニーを抜き、オーストラリアで第一の都市になると予想されている:バスガイド情報)、Massiveな道路もさすがに渋滞し始めている。中心街区の駐車スペースもまだまだ深刻ではないものの、かつてよりは不足気味になっているようだ。
しかしあれだけ土地があればいくらでも対処のしようはあるだろう。



京都にしろそうだが、日本においてこれから完全に新しい計画都市はありえない。基本的なフレームは維持しつつ、そこに住む人々の生活その他もろもろの事情の変化に合わせてモディファイしていくしかないわけだ。土木とか建築はかっけぇ学問だし、都市の思想とか建築思想とか憧れるが、やはり限られたリソースと面積の中で都市を時代に対処させていくのは、簡単な仕事ではないんだろう。みんな賢いんだなぁ。

京都でジェントリフィケーション的なものがあるとしたら、すぐに思い浮かぶのが町屋を改装したギャラリーとか飲食店である。うまいことブランド化されてる。しかしこれはおそらくトップダウン式になされたものではないから、定義からは外れるかもしれない。観光向けの開発が自然発生的に進めばインフレ圧力がかかる。結果的に町屋を下宿として借りるとなるとバカ高いともきく。これはまあ良いことだろう。
とりあえず京都は住みやすい街ではある。駐輪スペースの問題が一番大きいと感じるが、伝統的建造物保存地区だけ残してそれ以外全部やりなおしというような大改造をするわけにもいくまい。気持ちよく暮らすには公共心が求められる。


長々と書いたわりに結論がうんこになった。
結局観光旅行の感想をもとに内容があることなんか書けないのかもしれん。

0 件のコメント:

コメントを投稿