2013年3月17日日曜日

キ■■マ(本の感想

月末にロイハーグローヴのライブに行ってハシャイだと思ったのがついこないだな感じだが、気づけば3月ももう半分終わってんのな。


朝井リョウ著 桐島、部活やめるってよ (集英社)

日本中を夢中にしたあの映画の原作だ。
そしてこれもシェアメイトのザンちゃんの蔵書だ。

恥ずかしながらまだ映画は見ていないのです(1回目)。
やたら評判良いので、どんなすごいストーリなんかと思っていたら、少なくとも小説のほうは、特に大きなドラマがあるわけではな、ひたすらに日常系である。
ある片田舎の高校の日常と、どろどろとした人間関係が複数の高校生の一人称から淡々と描かれる。大きなストーリーの展開が無い分、感情の移ろいなどの描写はとても細かく、直喩から隠喩まで様々なメタファーが散りばめられており、センター国語の問題文にも適しているんじゃないか?

去年全国各地でイジメ問題が多発し、大人も学生学校空間における社会関係を巡る困難について考えを巡らせていたさなか、奇しくもスクールカーストを主題として取り上げたこのような作品が登場したのは興味深い。



私の高校時代を振り返ると、われわれもスクールカーストについてとてもセンシティブだったと思うし、むしろ「スクールカースト」という言葉が人口に膾炙する遥か前だったが、普通にカースト制度のアナロジーを使って自分たちの人間関係を形容していたのを覚えている(上位2%の最強リア充「バラモン」から、いわゆる非差別集団「アウトカースト」まで)。。。それくらい、高校生の人間関係はカースト制度のタームに馴染むということか。




ただ、私の出身校は中高一貫の男子校であり、「桐島」で描かれているような階層関係とはかなり違ったよなという印象も、もちろんある。

共学校に通う男子高校生の人間関係においてこれほど「女子」というファクターがデカいとは。。




女子の目線など、気にする必要がなかったわれわれは本当に恵まれていたのだと、実感する次第である。あらためて男子校は素晴らしいな。




そういえばこの週末、たまたま東京に来ていた中高の同級生と、姉妹校(両方男子校だけど姉妹なのな)卒の友達と遊んだのだが、我が家で映画を見ようという流れになったとき不覚にも「桐島」ではなく「モテキ」をチョイスしてしまった。。

桐島こそ、男子校出身の野郎らと、わーわー言いながら見るべき映画だという気がする(もちろんモテキも男同士で見て楽しい映画だが)。







ところで、文庫版の解説文で、映画「桐島」を監督した吉田大八氏も書いているとおり、著者の朝井くん(1989年生)は、同年代のコミュニケーションと人間関係を見事なまでに対象化し、観察して描いている。

ただ、さらにそれを映像化した吉田氏はセカンドオーダーの観察、 つまりコミュニケーションの観察の観察をやってしまっているわけですよね。

再帰性の時代にあって、このあたりが桐島が好評を博した理由のヒントかな、と思いました。

まだ映画は見てないんですけどね(2回目)。

0 件のコメント:

コメントを投稿