2012年6月1日金曜日

女子トライバルスタディーズは可能か(本の感想




Moeurs 女子ファッション徹底研究



ジャズサックス奏者の菊池なるよしがちょっと前にどっかに書くか喋るかしていたことだが、対外的な戦争がなくなった時代にあって、リビドー経済がデフレに陥り、日本社会はジェンダー間での慢性的な内戦状態に陥っているんだという。

この状況を反映して、オス側としては、オタク化による恋愛市場からの離反ないし、諸々のミソジニー的な文化表象などで女性に対する嫌悪を表明していると思う。そういや去年のGQだったかでゲイ特集なんてのも見た。
そしてメス側としての闘争形態として現在最も代表的なのは、草食系男子()に代表される諧謔的言説とか、黒ギャル(モテの放棄)、腐女子化、オジカジ(←個人的には森ガールより好き)、韓流ゴリ押し(cf.マッコリバー)、、などだろうか。

もちろん、この内戦に比較的関係のない層も男女双方に存在するのは確かだ。

ここ数年使われるようになった意味での「女子」とは、日本人女性の全体集合から、この関係ない層を取り除いた部分、つまり、日本におけるリビドー資本の過剰蓄積の解消に積極的にコミットしている女性たちのことではないかと思う。
そしてそれは、所謂若者〜アラフォーの年齢層に大きな割合を占めるであろう。(フェミババァは当然含めるとして)

言いたいのは昨今、「○○女子」という社会集団の動きや社会生活の周辺にますます明確な線が引かれようとしつつあり、後期資本主義の人文学の黒歴史とも考えられがちなカルスタの理論での分析ができるようになりつつあるのではないかということだ。

社会学者の宮台真司はかつて、マクルーハンによる現代のトライブ(部族)という概念を援用して、日本の都市風俗を説明した。
分析の対象になったのは90年代の「ナンパ文化」と「オタク文化」であり、かつて両者の間に明確に存在したハイアラーキーが単なる志向の違いとして昇華されることにより、等価な地平に置かれるようになり云々というアレである。

女子カルチャーに目を向けると、音楽とファッションの消費によるテイスト文化としての特徴をわかりやすく備え、「ギャルサー」に象徴される強力なソーシャリティを持つギャルの生態は、従来よりひとつの社会現象として研究の対象にされてきており、系譜学が発達している。
しかしここで私が関心があるのは、所謂コンサバ系や森ガール、B系(絶滅危惧種)等も含めた、講読する女性誌に基づく女子トライブの分類である。



さて前置きが長くなりました。
この本は、ちまたにあふれる女性ファッション文化を多くの人が理解できるよう、ハイテーィンから20代の女性ファッションを全10系統に分類して紹介している。

以下本文からの引用


・・・メディアの多様化が大きな要因としてあったのです。そうなると、以前のように、皆が画一的な情報を共有しなくなり、フラットな価値観を持った若年層は、長引く日本経済の不況や物価の高騰のなか消費に消極的になり、高価なものに憧れを持たず、「好きなものを自分らしく着よう」と方向転換したのでした。この細分化の動きは、ギャル系雑誌、ストリートカジュアル系雑誌の増加だけではなく、既刊誌にも影響を及ぼしています・・・ 




もちろん、読んでいる雑誌や服装だけで女子をトライブに分割することに無理があるのはわかる。わかるけども。
個人レベルで取り出すと、少なからぬ女子は境界的領域に属すると思うし、個々のトライブにしても、常に分岐と統合が続いている。
(すぐに思いつくのは、マインドはギャルでありつつ青文字系のアイコンでもあるきゃりーぱみゅぱみゅという特異点である)
しかし、マクルーハンの言ったように、メディアはそれ自体メッセージなのであり、女子の服飾が一定以上、それをまとう個人の文化的属性やライフスタイル、価値観などを反映しているのは確かなはずだ。

たとえば、



「新しいスカートで臨んだ今日の社内プレゼン、結果は上々。 部長にも褒められちゃった♪早くユウジに報告しなきゃです!」



「同期の裕子に誘われてバーパーティー♪初対面のメンズといっぱい話そ!」




これらは本の中で、コンサバ系(i.e OL系)ファッション誌を模倣(揶揄ではない)して書かれている、いわばありがちなコピーなのだが、まじでこういう世界観の中に生きてんだなーっていう女子が、わしの知り合いだけでも数名思い当たる (メールにおける体言止めの多用が、鼻につ・・・かず離れず)。
このへんはもはや、男にとっても肌感覚のフォルクロアナレッジと言っても良い部分はあるだろう。

同じコンサバ系でも、キャリア色の強いOggiやMOREと、いわゆる腰掛け一般職(もしくはその予備軍女子大生)向けと考えられるRayやCLASSYとの棲み分けが現時点で成立していると思うのだが、昨今のパンショク激減で、この2つのトライブの統合が進むとどうなるんだろ・・・とか個人的には面白いとおもふ。

とにかくである。社会研究として成り立つかどうかは別として、もはや女子服飾文化はある意味、一般教養なのでは。

彼女らは、あたかもヒップホップが新旧さまざまな音楽をサンプルして作り出されるように、移り行くモードの中で、ポストモダンのペルソナとしての被服を次々に纏い、時限的なアイデンティティをまっとうするネオトライブだといえるのではないか。

そんなことを考えさせられる本であった。
男にとっては、なかなか敷居の高い女性誌の世界をざざっとブラウズできるのが楽しい。
もちろんファッションの専門書誌に比べれば情報は薄く浅いのだろうし、社会学的/人類学的な記述なんてものは当然ないが、コラムで取り上げられている姫ギャルの源流とか、コレクションとファストファッションブランドの関係とか、読んで面白い内容はたくさんある。
そしてモデルの絵(全部萌え絵調に描かれている)が本当に可愛いので、これを機に二次に目覚めるのも、悪くはないだろう。

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