レファレンスがやや古いし、書こうか書くまいかずっと迷ってたがそのうち忘れてしまいそうな思いつきがあるので記録しておこう。
JJ10月号の一角を占める特集に、「9月入学スタイルはこう真似しる!!」なる記事がある。
9月入学、すなわち帰国子女的な装いに対する憧れが、うら若き乙女たち(お姉系JD)の間では興隆しているらしい。
内容を深く記述してもしゃーないが、「9月入学スタイル」とは、9月に大学に入学してくる学生=帰国子女枠裏入学生のような格好、つまり日本人でありながら簡単にいえば洋モノのファストファッションなどをうまく取り入れたエスプリ感あるガイジンぽさを備えたヤツらの服装を指しているようだ。
この記事は面白いのは、20世紀の人文科学における女性性についてのひとつの仮説を補強するエビデンスであるように思われるからだ。
単なる欧米的な価値観や生き方に憧れる脱亜入欧的ないし白欧コンプレックス的、ないし西遊記的(同居人I.Uさん発案)なイデオロギーなら明治時代からあったわけだし、今でいうミランダカーないしオリビアパレルモないしニコールリッチーのような海外セレブに対する憧憬も非常にコンベンショナルなものだ。
しかし9月入学スタイルが面白いのは、そうした西欧近代的なものに対する直接的な憧れを表現するのではなく、西欧において"啓蒙(enlightenment)"を受けて帰ってきた日本人を模倣することが是々非々で推奨されている点だ。
つまり、転移のコースが脱臼しているのである。
帰国子女ではない人物が帰国子女ぶるという行為は、「女は存在しない」というジャック・ラカンの言葉を思い起こさせる。
フロイト派の精神分析理論において、「女性」の本質は表層的な見かけにあり、「男性」の本質は内面的な機能にあるとされる。
女性の本質は見かけにしかないので、精神分析で一般的な解が得られるような女性性の本質なるものは存在しない、ということをラカンはいみじくも断言したのだ。
実際には帰国子女でなくとも、帰国子女"ぶる"ことに快楽を覚えるという性向は、時限的なペルソナをまっとうしていくJDたちの、雑駁に言って差し支えなければポストモダンっぷりを強烈に体現してはいまいか。
データベース消費と動物化が本当に時代の流れなら、愛されコーデが世界を回す♪というのは強ち嘘じゃないかもと思わせる。
今にはじまったことではないにしても、経済のグローバル化の中で、「海外」、「グローバル」、「国際」といった、ようは天竺的(I.Uさん発案)な属性を持つことへのプレッシャーは凄まじいものになっており、もはや社会全体が神経症に近い状態になっているのではないかと思う。
その結果「9月入学スタイル真似しようず!!」のような症候が現出しているのではないかね。
帰国子女のように国際的な経歴を持つことが結果的に現代の資本主義社会で成功することへの大きなアドバンテージになると多くの人間が認識しているからこそ、こうした表象がメディアに出現するわけだし。
そしてセレカジの興隆はコンサバ系JD雑誌の代表格ともいえるJJの内容すらゴシガ色に染めようとしているのか。。しかし、これはずっと前からの潮流かもしれない。わからない。
JJ10月号の一角を占める特集に、「9月入学スタイルはこう真似しる!!」なる記事がある。
9月入学、すなわち帰国子女的な装いに対する憧れが、うら若き乙女たち(お姉系JD)の間では興隆しているらしい。
内容を深く記述してもしゃーないが、「9月入学スタイル」とは、9月に大学に入学してくる学生=帰国子女枠裏入学生のような格好、つまり日本人でありながら簡単にいえば洋モノのファストファッションなどをうまく取り入れたエスプリ感あるガイジンぽさを備えたヤツらの服装を指しているようだ。
この記事は面白いのは、20世紀の人文科学における女性性についてのひとつの仮説を補強するエビデンスであるように思われるからだ。
単なる欧米的な価値観や生き方に憧れる脱亜入欧的ないし白欧コンプレックス的、ないし西遊記的(同居人I.Uさん発案)なイデオロギーなら明治時代からあったわけだし、今でいうミランダカーないしオリビアパレルモないしニコールリッチーのような海外セレブに対する憧憬も非常にコンベンショナルなものだ。
しかし9月入学スタイルが面白いのは、そうした西欧近代的なものに対する直接的な憧れを表現するのではなく、西欧において"啓蒙(enlightenment)"を受けて帰ってきた日本人を模倣することが是々非々で推奨されている点だ。
つまり、転移のコースが脱臼しているのである。
帰国子女ではない人物が帰国子女ぶるという行為は、「女は存在しない」というジャック・ラカンの言葉を思い起こさせる。
フロイト派の精神分析理論において、「女性」の本質は表層的な見かけにあり、「男性」の本質は内面的な機能にあるとされる。
女性の本質は見かけにしかないので、精神分析で一般的な解が得られるような女性性の本質なるものは存在しない、ということをラカンはいみじくも断言したのだ。
実際には帰国子女でなくとも、帰国子女"ぶる"ことに快楽を覚えるという性向は、時限的なペルソナをまっとうしていくJDたちの、雑駁に言って差し支えなければポストモダンっぷりを強烈に体現してはいまいか。
データベース消費と動物化が本当に時代の流れなら、愛されコーデが世界を回す♪というのは強ち嘘じゃないかもと思わせる。
今にはじまったことではないにしても、経済のグローバル化の中で、「海外」、「グローバル」、「国際」といった、ようは天竺的(I.Uさん発案)な属性を持つことへのプレッシャーは凄まじいものになっており、もはや社会全体が神経症に近い状態になっているのではないかと思う。
その結果「9月入学スタイル真似しようず!!」のような症候が現出しているのではないかね。
帰国子女のように国際的な経歴を持つことが結果的に現代の資本主義社会で成功することへの大きなアドバンテージになると多くの人間が認識しているからこそ、こうした表象がメディアに出現するわけだし。
そしてセレカジの興隆はコンサバ系JD雑誌の代表格ともいえるJJの内容すらゴシガ色に染めようとしているのか。。しかし、これはずっと前からの潮流かもしれない。わからない。

写真右から二番目の女子、白人ハーフらしき男の腕を組んで、グラサンを胸元にかけてる感じがもうorz 帰国子女のいやーな感じを完全に再現してますね。
返信削除元カノです。(嘘です
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