2012年10月13日土曜日

Good Ol Kyoto

はや一週間前のことになってしまいましたが、3連休は京都に行っておりました。








メインの目的は日曜日にあったサ○リタンの先輩の結婚パーティへの参加でしたが、その他にも旧知の友人や先輩後輩と会う機会にたくさん恵まれました。

皆ばらばらの場所で、それぞれの道で元気そうに頑張っているのを見て安心するとともに、見慣れた京都(や梅田)の風景と空気の中で学生時代と同じように杯を交わし話していると、何とも懐かしく幸せな気持ちになれました。

京都の10月は本当に良い季節です。素敵な思い出がたくさんで胸が詰まります。











やっぱりホームと呼べる場所を持つことは大切だとつくづく思いま
した。











私は元来一人で居るのが極めて苦手な性分なので、東京で、特に働き始めてからは、毎週末さまざまなパーティに通うという生活を送ってきました。
金曜日や土曜日の夜に何も予定が無いというのが、耐えられないのですね。
幸い(?)、東京という街はそういう人に向いた場所です。

都内のさまざまな場所で開催されるパーティははじめのうちはそれはそれは楽しいものでしたが、やはり集まる人たちの大半は初対面ですし、主催側でもない私はどこにいても「少しずつ場違い」であることを感じ始めました。
さまざまなバックグラウンドや仕事、趣味を持ち、時には国籍もバラバラな人たちに一夜限り出会い、飲み食い遊び楽しく過ごしているはずなのですが、ふとした瞬間に感じる寂しさには不思議な質量があります。



そんなとき迎える代沢ハウスの朝、ザンギエフが煎れたコーヒーを飲みながらギターを爪弾き、気の置けない同居人たちと団欒なぞしていると、私は前の晩に起きたことと、自分の日々の生活に対する反省を否応無く迫られました。








本当は心から楽しいはずではないのに、楽しいと思い込もうとしているのかもしれない。

そして今回京都に行き、心から一緒にいて楽しいと思える友人や先輩たちと久々に会うと、東京でのパーティライフの空虚を思い知らされた気がします。
飲み会ではなんか自分が楽しいっていうだけじゃなく、みんなお互いをすごく気遣って心配りしてる感じも、良かった。

本当に好きな友達を大切にしようと、思いました。

私はいちおうキリシタンなのですし、時限的で肉体的な快楽よりも、たましいの悦びを追求すべきなのですしおすし。












とりあえず京都行きました報告でした。

次回の日記では、私がそうしたパーティでよく出会う起業家()について書きます。

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