2011年8月19日金曜日

There's nothing new under the Sun.

“・・・ことばの本質とは,序言や註釈で述べられた文言を絶えず解体し,語られたことを取り消すことにあるからである。つまり、語られたことは、避けがたく儀礼的なものとなる表現に満足してしまうものなのであるけれども、それではよく理解されないままにとどまってしまうことがらを、儀礼ぬきに語りなおしつづけることに、ことばの本質はある。”
— レヴィナス『全体性と無限』序文より








本当にオリジナルなものを書くなんていうことは並大抵の人間にできることではない。
つまりほとんどの人間にとって書くこととは、書き換えることなんだな。

修論なんて儀礼のかたまりだ(われわれ院生が凡て訓練を受ける領域を指すディシプリンという言葉が同時に規律を意味することと関係している)が、それでもどこまで「儀礼ぬきに」っていう部分を最大化できるか、を課題としたい。
それはいかにして。


やはりテクストは薬でありつつ、毒なのである。
哲学書は院二病(「社会って何?」じゃないほうの)の源泉だ。



また、レヴィナスのこの言葉は、「先駆者たちの影響が強過ぎてオリジナルなリリックがかけねぇぜ!!」とラップするナズ神の姿にも重なる。




No idea's original, there's nothin new under the sun
It's never what you do, but how it's done
What you base your happiness around material, women, and large paper
That means you inferior, not major


パネェw

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