2011年8月3日水曜日

人是ブルース

下北沢のいつもの店で焼き肉食ったよ。
ここは毎回毎回、ほんとにうまい。
コースにしたら、安いのにどばっと量が出てきて非常にお得感がありんす。



久々に焼き肉を食いにきたのは何を隠そう、件のミサワおばはんの学位取得祝賀会のためである。

「なぜお前が?」

と思った方もおられよう。

そう私はこのブログでおばはんの悪口を何度か書いた。
あまり好かれていない旨も述べた。
そしてリアルでも、少なからぬ言葉を彼女の陰口に費やした。

もちろん幹事(≠ミサワおばはん)に呼ばれただけであって、主賓に歓迎されていたかは不明だ。
行かないという選択肢もあった。

しかし、結局おばはんにもええとこはあるし、焼き肉にだってええとこはある。
そこは認めていかんといけんと思ったのだ。

繰り返しになるが、彼女の言動は傍からみればミサワ的としか言いようがない。
波瀾万丈の人生も、性格が災いしとるだけちゃうかと毒づきたくもなる。

だが、本人から見えている世界における辛いこと、苦しいこと悲しいこと、嬉しいこと腹立たしいこと、それは、わしら第三者には、わからんことなんじゃなかろうか。


夢を見て、めげずくさらず、頑張っているのに、なかなか認められない。

それは過去の栄光を少しは語りたくもはなるというものさ。

彼女にも尊敬すべきところはたくさんある。


そう、人は皆ヤバイ。一人一人、皆が、まじヤバイから。

それぞれ比べられないくらいの美しさと、醜さの両方をもっている。

光が強いほど影は濃いもの。それを一人一人体現している人間て、存在自体がブルースだよ。


育ってきた環境、見てきた景色、経験してきた痛み、

誰一人、同じものを持っていない。だからそこから見える世界は、その人にしか切り取れない視界とアングルで迫っている。そして皆その視界で、全体社会gesellschaftで勝負をしているんだから、歪みはあって当たり前。分かり合えないことなんて当たり前。

だからこそ、分かり合えたときは何とも素晴らしい。

おばはんと分かりあえたとは思っていないが
おばはnはおばはんのままでええと思うねん。

適材適所→皆に居場所があるんだから。
誰だって皆一人では生きられないんだから。

器用に見える人は、周りの人間への甘え方と掌握術に長けているだけ。

その人単体では何も出来ないんでしょ。そうなんでしょ。

皆で、日々一つの世界を作ってるのさ!!
(※まじで言っています)

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