2011年1月23日日曜日

Dear Georg

よそ者は集団に、客観的な態度で向き合っている。
—ゲオルグ・ジンメル「大都市と精神生活」


学者は、社会現象を政治や経済の事件として扱う。すなわち、戦闘、軍事力、条約、政治家、選挙、国民所得統計として扱う。あるいは彼らは、社会現象を思想体系としての「イズム」との関係において説明する。しかしこれら2つの方法は、それ自体いかに正しくとも、それだけでは十分ではない。第三の方法が必要である。社会現象には、社会そのものの分析が必要である。社会における緊張、圧力、潮流、転換、変動の分析である。この方法こそ、そもそも社会学がとるべきアプローチであり、すでに19世紀初めに明らかにされたことだったのではあるまいか。
—ピーター・ドラッカー「経済人の終わり」



言われてみれば、なぜ有力な社会学者にユダヤ人が多いかは、知識社会学のひとつの問題であろう。

ユダヤ系の社会学者といえば、マルクス、ジンメル、デュルケームに加えて、ポランニー、ベンヤミン、マンハイム、ギュルヴィッチ、ホルクハイマー、エリアス、ワース、マルクーゼ、シュッツ、フロム、アドルノ、ラザーズフェルド、アロン、アーレント、リースマン、マートン、ガーフィンケル、ベル、グールドナー、ゴフマン、バウマン、バーガー、ミルグラムなど。。。ビッグネームだけでも無茶苦茶いっぱいいる。
あえて含めるならばフロイトやドラッカーもユダヤ系だ。

もちろんアインシュタインやフォン=ノイマン、キッシンジャーなどをあげるまでもなく、ユダヤ人は諸学で知性を発揮している。
しかしユダヤ人知性の一般論とは別として、社会学とユダヤ的知性との親和性は問われるべきだと思う。
安易な推理をするなら、社会学の開祖のひとりであるウェーバーが『職業としての学問』でユダヤ人学者の不遇についてとくに書いていたことからスタートするのが自然かもしれない。

ウェーバーは大学に職を求める者の生活は運に支配されるとした。
とくにその者がユダヤ人ならばすべての希望を捨てよとまで言っている。
これには同時代人であったジンメルがユダヤ人であるという理由で大学の正教授になれなかったことが反響しているととれなくもない。

社会(科)学的な知識生産の営みはすべて、ひとつの矛盾を内在させている。
それは、社会という「全体」を語らねばならないにも関わらず、語りの主体たる社会学者がその「一部」であるという困難だ。
この問題を乗り越えることは理論社会学の試行錯誤の歴史そのものともいえる。

ルーマンは、「どのシステムの全体社会像も、他のシステムにとって投企される全体社会像と媒介不可能なかたちで衝突せざるをえない」(『社会の社会』)と述べた。
システムAはその内部の観点から外部aを観察し、システムBも同様に外部bを観察する。外部aとbについては実は「同一」であるのか「違う」のかをいうこともできない。
「同一である/違う」ということができるためには、aとbを俯瞰する視点に立つことが必要であるが、aもbも内部における内部/外部の差異の観察によって得られるものなのだから、そうした俯瞰的な視点をとることはできない。
システムAの内部における「外部a/外部b」の差異の観察における「外部b」とシステムBの内的観察における「外部b」とは同じではない。
違うとしてもどう違うのかをシステムの外側からいうことはできない。
したがって社会というのは、異なる社会(像)の間の差異として、あるいはそれらの衝突において、現れてくるものとしかいいようがない。

しかしそれは、全体性への言及を極力回避し、細部の固有性にこだわるべき、というのとも少し違う。
社会学的な思考は対象が何であれ、何らかの形でその対象が置かれている文脈依存性を考えざるを得ない。
対象を局所として内包する全体性、つまり対象が置かれる文脈を想定せざるを得ないということだ。
解釈学的循環と呼ばれてきたことと同じことだが、対象の単位性を見通しにくい社会学はわりと早いうちから、こういう再帰的な問題設定に取り組んできている。

たとえばマンハイムの知識社会学はその最たるものだし、Sociology of Scientific Knowledgeの始祖ブルアが提唱したストロングプログラムにおける反射性テーゼは、自らへの再帰的な問いを厳格に追求しすぎて逆に認識論的なスタックを引き起こしてしまうほどだった。
つまり社会学的な思考は、自らがいかなる視座構造から全体性を観察しているか、ということを観察しなくてはならない。
で、その全体性の観察をどう描き出すか、というのが方法論的な探求への引導なわけだ。

ここで社会学がはじめられた時代に視点を戻すと、例えばジンメルが言っていたのは端的に「社会の広域化と人間の個別化」の同時進行=近代化だという話だった。
これはいわゆる「共同体の解体」論という社会学の伝家の宝刀で、近年でもグローバリズムや情報社会化の文脈において、各方面で語られまくっているので個人的には正直食傷気味である。

(旧)思想地図vol.5で佐藤としき先生も書かれていたように、社会学はその誕生から延々100年間ずっとこの話をしてきたのだ。
今きけば実に常識じみた凡庸な命題だが、もちろんわたしを含めた現代の人たちはこういう社会像をmore or less抱いていると思う。
「格差社会」も「就職氷河期」も「婚活ブーム」も解体論の変奏だろう。
つまり解体論はある種われわれの生の肌感覚に起源を持つ。
テレビの討論番組から大学でのゼミから居酒屋でのヨッパライトークまで饒舌に語られまくる「解体していく社会」だ。
佐藤先生なら、「当事者の信憑」すなわちfolk theoryと呼ぶであろう類いのものである。

したがって、当時のジンメルが言っていた解体論と現代のわれわれが語る解体論の位置価は異なる。
いわば異なるシステムから観察された異なる環境なのだ。

ではジンメルの持っていた当事者の信憑とはなんであろうか。
ジンメルは苦節の末晩年に大学で正職を得るが、その短い在職期間は第一次世界大戦とほぼカブっていて彼の講義の受講者はほとんどいなかったというのは有名な話だ。
もちろん大学での職とユダヤ性との関係はウェーバーならば「社会学の外的問題」と呼ぶであろう事柄だ。
しかしある学問体系は大学にカリキュラムとして組み込まれることによって安定化され伝統を生む基盤を醸成できるという側面を持つ。

最近、1970年代に新興科学だった毒性学(Toxiocology)が大学の制度の中でいかにプレゼンスを得てひとつのディシプリンとしての立ち位置を形成していったかについての研究論文を読んだ。
特定の物質の毒性を検査するという非常にプラクティカルかつ個別具体的な学だったため、アカデミックで系統的な知的探求からはマージナルな存在とみなされていた毒性学は、はじめは製薬会社などの企業からの研究需要に答えることを主な営みとしていた。
しかしそのマージナル性は応用可能性の幅広さの裏返しでもあり、毒性学は結局環境保護運動家の後援を得て学として定着するという偶発的な軌跡を辿った。

草創期の社会学もそのような状況にあったのではないだろうか。
実際ジンメルは『社会分化論』で、哲学から社会学が分化していく過程において、社会学はまだまだ新興科学であったために理論整備が後手に回ったという言及を行っている。
その始まりからしてマージナルだった社会学に、本質的に亡命者的/遊牧民的性格を持つユダヤ民族との親和性を見てとるのは安直に過ぎるか。
ジンメルは「よそ者Fremde」こそが社会の実態を冷静に客観的に分析できると述べている。
それはベルリンという都市でのユダヤ人としての生活を通して主知主義と貨幣経済の席巻を嘆いたジンメルの生活実感から生まれた着想だろう。
そして全体性の観察の観察という社会学が抱え込んだ困難の解決への端緒もここに出現していると思う。
また付け加えるならば、冒頭にあげたユダヤ系社会学者には亡命者が多く含まれる。

まあこういう安易な答えを出すのは簡単だが、要するに、日本人で男でヘテロという時点でけっこう社会科学をやるのには罪悪感を感じる。
だからこそせめて方法論的な要請に対しては誠実でありたいと思う。


今でも一番好きな本のひとつ、講談社『デリダ』の著者であられるタカテツ先生の講義のレポート課題を書かねばならないのだが、とても困っている。
ヌタはナチスの戦後責任論に絡めてユダヤ性とドイツ性の対立と和解に関する考察を展開せよというタカテツならではのものだが、自分の専門との関わりがあまりに無い。
この講義はとる義理は一切無かったのだがいろいろあって履修することになった。
あまり為にはなってないがいろいろあって思い入れは深い。。orz
折角なので完成度が高い文章を読ませて憧れのタカテツを是非インスパイアしたいものだ。
2年以上前に買ってザクッとだけ読んだ早尾貴紀氏の『ユダヤとイスラエルのあいだ』を再読している。

4 件のコメント:

  1. TAKAGI Shunichi2011年1月24日 2:22

    ナチ期においては、ユダヤ系や反ナチの学者の追放により、法学も大いなる変容を迫られ、キール学派の台頭のような事態になったのですが、その際にもっとも痛手を被ったのが法社会学だったらしいです。理由は簡単で、やはりやってる人の大半がユダヤ系だったらしいです。(もっとも、詳しく調べたわけではないので、間違ってるかもしれません。)

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  2. なるほろ。。。ナチ期のユダヤ系ドイツ人アカデミシャンといえばアインシュタインとアーレントの印象が強すぎてあんまり他の人のこと考えないけどそういうことはいろんな分野で起きてたんだろうね。
    そういえばヤスパースの奥さんもユダヤ系だったような。。
    このへんの話はたくさん研究論文ありそうですな。

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  3. ナチが反マルだったのは、マルクスがユダヤ人だったからという説を本気で書いてる歴史系の本を読んだことがあります。ところでたしかレヴィもデリダもユダヤ系で、多すぎてびっくりしますね。

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  4. そうなんよね。実際アインシュタインがユダヤ人じゃなかったらドイツのほうが先に原爆を完成させていた説もあるし、、
    まあ実証しようもないけれど。

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