2010年8月21日土曜日

My Favs⑭

国際学会運営の最終打ち合わせで、大学周辺の人たちと久々に顔を合わせた。
打ち合わせ終了後、懇意にしてもらっている他大の先生や院生の方々数名と駒場裏のトラットリアで軽く飲みました。
(こんなオサレな店があったとは!)

楽しい席だった。
来月総研大で2泊3日で開かれる、STS若手研究者の夏の集い的なやつの登壇者にあずまんを呼べた。。みたいな話をきいたりとか。
どうやらQFの話をしてくれるらしい。さらにいとうけんじさんとのトークも絡めてめちゃくちゃ濃ゆくなりそう。
懇親会BBQにも是非残ってほしいところだが・・・

がっきーは、酒が入り、親しい先生方もいらっしゃったということで、駒場キャンパスの労働条件の悪さについて珍しくグチっていた。
実際に先学期の途中、がっきーは過労で一度体調を崩している。
国際学会の準備と一般教養の授業の負担が重なったのが原因と思われる。
実際、一般教養の授業の負担はハンパないらしく、駒場では毎年何人もの先生が過労で倒れ、お無くなりになった方もちらほらいるとか。
非常勤切りの煽りで、常勤の先生方ひとりあたりの労働量が増えているのは十分想像できる事態だ。
この状況に輪をかけるようにまたしても国立大教員の基本給切り下げとか、まじでない。。。とは思うが世の中全体が大変な時代なので、まあ仕方ないね。
大学の先生というと休日が多いイメージだが、実のところはそんなに楽な仕事ではないようである。
がっきーももう、社会人ドクター受け入れやめればいいのに。。というのは私情も入った単なる感想ですが。





Jill Scott "Experience" (2001)





マクラが長くなってしまったが、、
労働環境の話をしよう。

ときは60年代。ジェイムスブラウン御大の初期の楽曲群には、基本的にコーラスパートが存在しなかった。
サビという意味での「コーラス」はあるが、それは合唱部分ではない。
全員がイエスマンであるバンドの面々が、JB大将の質問に「イエッ!」と応えたりはするが、みんなで合唱することはほとんどない。
だが、かの「リビングイナメ〜〜〜リカッ!」以降のJBのステージの映像を見ると、女性コーラスが登場している。
この落差は実際ようつべなどで見てみるとわかるが、すごい。
多少の違和感を覚えないでもないくらいだ。
とにかくステージであれ、スタジオであれ、JBの曲に筋書きはない(cf.うしろがみバンド)。
「基本のパート」と「展開するパート」のふたつがあるだけ。
基本から展開部への移行、あるいは展開部から基本への復帰は、JBのかけ声やハンドサインや目配せで指示される。
こんな行き当たりばったりの演奏で、誰がコーラスをつけられよう?
状況を読んで臨機応変に声を添えられるのは、ボビー・バードだけだった、というわけだ。

いっぽう対照的なのがモータウン方式。
ジェームス・ジェマーソンは最盛期には一日50曲分のベースパートをレコーディングしていたというし、こちらは自分が演奏している曲が誰のものかわからなくても、とにかくひたすらにサクサクと仕事が進みそうだ(想像)。
ボスの一挙手一投足に注意していないとあとから罰金刑が待っているJB組の、どちらが人間的な職場と言えるだろうか?

しかし考えてもみてもらいたい。
今の我々が考えるファンクの最大公約数的イメージは、「大勢の黒人たちが楽しそうに、そして奔放に演奏している」というものではなかろうか。
ところがファンクの出発点であるJBの場合は、確かにバンドに大勢の黒人はいるが、JB御大の指パチに支配されている以上、楽しくもないし、奔放にも慣れない。
それにウォーのメンバーは黒人だけでもないし、スライ&ザ・ファミリー・ストーンも同様だ。
特にスライ&ザ・ファミリー・ストーンの場合はファミリー・ストーンを排除し、スライひとりでドラムマシンと戯れながら全パートを録音したものまでアリ。

というわけで、「大勢の黒人たちが楽しそうに、そして奔放に演奏している」というイメージが本格的に実践されるようになったのは、実は70年代後半あたり、オハイオ・プレイヤーズ、アース・ウインド&ファイア、Pファンク軍団といった人々がスライやウォーと入れ替わっていった時代ではないか、というのがわたしの考えだ。

しかし、そのような「ファンキー」なスタイルが広まって間もなく、ファンクはその最も良心的な後継者であるヒップホップへと根源的な進化を遂げていくのである。

ヒップホップミュージックが初めて世の中に飛び出したのは79年、シックの「グッドタ〜〜〜イムス♪」のループを使ったシュガー・ヒル・ギャングの「ラッパーズ・ディライト」だ!
不景気きわまりないサウス・ブロンクスのクラブの棚に並んでいた至極のオールドスクールもののLPの間奏部分を繋いで、MCが自由にライムを踏むという行為が生まれてきたのは、ある意味時代の必然であったのかもしれない。

当時全盛だった「奔放な黒人大御所バンドによるファンク!」ブームをあざ笑うかのようにヒップホップはさらに深化していく。
そして80年代に訪れたデジタル化の波は、サンプラーの普及とともこの動きにさらなる加速をうながすことになる。ターンテーブルだけでは不可能だったような複雑なミックスが、特別なスキルを磨くことなく誰でもイマジネーションだけで具現化できるようになって来たのだ。こうして気づいてみれば、ヒップホップはポップス・シーンまで影響を与える時代の中心的存在になってきた。

"ヒップホップ的な音"を考えるに、まずそれがどんな場所で広がってきたのかを考える必要があるだろう。当初R&Bは、ラジオというメディア、あるいは盛り場でのジューク・ボックスを中心に愛されてきた。当然、ミックスもその状態でもっともイケてる状態にされるべきだった。リリックのストーリーとグルーヴがいかにハマってるかが勝負だったわけだ。特徴づけも中高音のデコレートに多くの工夫が感じられた。モータウンや70'sフィリー・サウンドなどはその最たるものだっただろう。そんななか、音響技術の向上は特に低音域での可能性を大きく広げるものとなった。ましてやヒップホップが広まっていったダンス・フロアでの状況はこの低音域での可能性を革新的に飛躍させていく。今や常識となっているサブ・ウーファーの導入で、それまで邪魔者扱いにされていた二桁ヘルツの音像まで積極的に武器として使えるようになっていったのだ。

随分話も逸れたが、これがわたしの考えるざくっとしたファンク〜ヒップホップの進化史で。
つまりこのように、デジタル化の波は、制作面においても再生面においてもそれまでの価値観を大きく変えるものになってきたのだ。
さらに最近では、ProToolsやオートチューンの出現により、演奏面においても生楽器の存在は陰が薄くなってきたといわざるを得ない状況になりつつある。
もちろん、ショウの完成度を追求するうえでこういったテクノロジーの導入に否定的になる気はさらさらない。



が・・・

先ほども述べたように、ヒップホップ/R&Bは「大勢の黒人たちが楽しそうに、そして奔放に演奏するる」ファンクの最も良心的な後継者だ。
それを考えると、昨今ストリートのレペゼンたるヒップホップ/R&Bが、一部とはいえ再びマンパワー、つまり人力に回帰していっているのはやはり時代の必然であるように感じる。よりソウルフルでジャジーに。。。
そういった動きがまずフィラデルフィアやベイエリアで起こったことが興味深い。いずれも70年代に多くのパイオニアを輩出したミュージシャンズ・シティである。

The RootsやToni Toni Toneのアプローチはオールドスクールの影響を感じるものもありながら、明らかに"ポストヒップホップ的なもの"を感じる。
やはり一番大きいのは、ループの存在ではないだろうか。
マーケットはすでにループによる心地よさを知っているわけなのだ。
そんな状況でマンパワーを使うわけだから、よりグルーヴ・コンシャスにならざるを得ないわけだ。ただしそれまでのヒップホップがスパイスをブレイクビーツに頼っていたのに比べて、マンパワー率が上がることにより、よりハプニングする要素が増えているところが一番の魅力になっているといえる。
特にザ・ルーツに至っては、ライブDVDを見てみるとその圧倒的なパフォーマンスに顔がほころびっぱなしになってしまう。
あたかもクラブのパーティなどでフリー・スタイルで盛り上がるがごとく、あるいは究極の即興音楽製造手段としてのジャズのスタンダードセッションのごとく、シーンが展開していく様に酔いしれた人は少なくないハズ!

そう。ブルースやジャズといった黒人音楽が本来もっていた偶発性や奔放さは、ファンクの大御所JBによって一度封印されてしまったのだが(即興性という意味ではこの上なく保たれているが)、それが70's後半のオハイオプレイヤーズらによって復活しかかったところに、またしてもヒップホップの登場と、その最新テクノロジーによる武装で駆逐されてしまっていたのだ。

ジル・スコットのこのライブ盤は、まさしく「大勢の黒人たちが楽しそうに、そして奔放に演奏する」というスタイルの復権を継げるエポックと言っていいと思う。
リズム隊にホーンとコーラス部隊が加わったオーソドックスな編成で、いわゆる古き良きファンクを感じさせる。
それでいてヒップホップを通過する以前のブラックミュージックとは一線を画す洗練されたグルーヴはさすがであります。
ジル本人の歌も最高だし。
そしてなにより、大所帯でありながら、構築美の追求よりは予測不可能性を楽しんでいるのがわかる。
もちろん凝ったアレンジの箇所もあるし、決めてるところは決めているんだろうけど、曲のつなぎとか、インプロパートとかが、それはそれは素晴らしくて。。

やっぱりこういうスタイルこそ、JB式でもモータウン式でもない、黒人音楽プレイヤーにとって最も理想的な労働環境といえるのではないか。
少なくともわたしはそう思います。

20世紀は物質社会が極みを向かえた世紀であった。音楽もデジタル・テクノロジーの恩恵でそれまでは想像もできなかった境地を具現化できるようになった。
世の中が物質で埋め尽くされてしまうと、それ以上の膨張を拒んで色んなカタチで歪みが現れてくる。
そんななかで音楽は、この世紀は精神を復活させる時代に向かうべきなんじゃないか。
前のポストに貼付けた動画で日野さんが言ってることとも通じるが、ブラックミュージックのマンパワー回帰はやっぱり時代の必然なんじゃないですか。
うーん。これからも腕を磨いていこう!

0 件のコメント:

コメントを投稿