
今回の旅行の戦利品のひとつ。
ローレンス・レッシグの新著"REMIX"。
ハーバードの生協で見つけて、あーこんなの出てたんやと思って買ったんですけど、
(まあモノ自体はアマゾンでも買えるんですけどねw)
これが非常に面白くてですね、帰りのヒコーキで一気に読んでしまった。
レッシグは今はハーバード大学のロースクールの教授。
「CODE」や「コモンズ」といった本の著者であり、アメリカのサイバー法の権威です。
この本ではウェブ登場後の文化の消費形態のドラスティックな変容を"REMIX"をキーワードに解題。
不可逆的な形で進むコンテンツ流動性の上昇のなか、必然的にそれと抵触する現行の著作権制度をどうアジャストさせていくかについても慎重かつ大胆な提言を行っている。
テクスト、音楽、映像などなど、すべてがデジタルで大量にやり取りされる時代にあって、既存の作品なりをアレンジしたりマッシュアップしたりして新しい作品にしていく二次創作的な消費スタイルはもはや私たちにとって自然なものになりつつある。
特にデジタルのデータは、コピーを作成してもオリジナルの量が減ったり劣化したりすることはなく、その「不変性」という特徴が21世紀のREMIX文化を駆動していくことになるという。
たとえば論文やレポートを書く際に、テーマに関連する先攻研究の文献から引用をすることは基本的な技術だが、誰も引用元の著者のアドミッションをとったりはしない。
あるいはもう少しJazz系的に卑近な例でいくと、セッションでジャズスタンダードの演奏をするとき、ガーシュインやコールポーターの著作権が問題になることも無いし、アドリブ中に「無許可」でパーカーやコルトレーンのモチーフを挿入したりもすることもあるかもしれないけど誰も文句は言わない。
しかし一方でDJがクラブで有名アーティストのヒット曲をミックスしたりする時は音盤のライセンスが問題になるし、あるいは素人がオリジナルで作成したビデオをYouTubeにうpすると、BGMに使われている音声の著作権を主張されてレコード会社から削除を要請される場合がある。
これらの違いはレッシグ的には端的に、「全員がコピーをする能力」を有しているかどうかということになるらしい。
つまり文献の引用には読み書き以外に特別な能力はいらない。
一方で音盤のリミックスに必要な特殊技術は学校で全員が習うものではない。
しかし。
このMacbookにもデフォルトで入っているGarageBandを使えばわしだって音源の簡単なリミックスはできるしウワモノだけをサンプルしてオリジナルのビーツと組み合わせて新しいトラックだって作れる。
あるいは、iMovieを使って既存の映像作品を切り貼りしてオリジナルのビデオだって作れちゃう。
つまりデジタルなコンテンツを用いた二次創作は、文献を引用して論文を書くことくらい、フィジカルなレベルではお手軽になりつつあるのだ。
そしてそういった技術を「ほとんど全員」が習得した状態では、ソースとなる「オリジナル」へのアクセスが限りなくオープンである方が、芸術の創造性は高まる。
レッシグが『CODE』(2001)で、「ゾーニング」や「フィルタリング」という概念を使って分析していたのは、情報インフラの拡大がもたらす、消費領域でのグローバルなデータのフローが、世界規模での、データベース依拠型のマーケティングを可能にしており、それが「個人を一定の集団や場所に振り分ける類別的な思考の強化」につながるということだった。
これらはアマゾンやグーグルアドセンスなど、利用者の消費傾向を分析し、フルに活用する、ウェブ上での新しい形の商業サービスが台頭する中、個人の行動がデータベースに規定されてしまうことへの批判として機能する。例えばアマゾンでは、あらかじめ消費者の志向を考慮して、CDや書籍の選択肢が狭められている。
レッシグが問題視していたのは、そのような環境の中で、消費者は、自らが何らかの形でカテゴライズされていることに自覚的ではありうるのだが、あらかじめいくつかの選択肢が排除されていることには気づきにくいことだった。
それはユーザがそれぞれの状況に応じて、無意識のうちに管理されていることを意味していた。
CODEからおよそ10年を経て、レッシグは現行の文化消費の傾向が、そのようなRO(Read Only)型だけでなく、RW (Read and Write)型とも併存しつつあることを前提として議論を新たにしている。
つまり、単に消費するだけでなく、オリジナルを改変して新しいコンテンツ作りを行うユーザが増えていく一方で、オリジナルの著作権ばかりを主張してアクセシビリティを制限することが、新たな権力の過剰を生んでおり、文化の発展を疎外しかねないというのだ。
レッシグは基本的にはスミス〜ハイエク的な市場万能主義の称揚者なので、いったん適切なルールを決めてしまえば、市場は自らの慣性に従って自生していくと考える。
問題は、21世紀の情報環境アーキテクチャに適した形で法制度を整備し、新しいスタイルの文化消費/生産に合ったマーケットをデザインするかだ。
つまりレッシグは「すべてをタダにしろ」と言っているわけではないのである。
著作権その他の知的財産制度は今までに増して重要になる。
しかし、現行の法体制によるコントロールの「過剰」は問題であるといっているのだ。
先に挙げたCODEでのアマゾングーグル批判をふたたび参照すると、レッシグはそこで、個人がカテゴリに分類され、個別性を剥奪されるのが問題だといっていた。
しかしこうした権力批判は、権力の実際の作動をまったく逸した、的外れなものであるように思われる。
権力は、個人の思想や信条には関心があるわけではない。
実際に管理型権力が強化されることによって抑圧されるものの内実が、犯罪をする自由や、著作権侵害をする自由でしかないように見える、その外見が権力を拡大させている。
現代は、ある局面から見ると自由で多様な社会になっているが、別の局面から見るときわめて強く管理されている社会になっている。
情報インフラが普及し、ネットワーク化した社会についての議論では、さらにそれがはっきりとしたかたちで現れているといえるだろう。
しかし現状ではどちらか一方からの記述しかなく、どちらかの方法で全体を記述しようとすると、リアリティを描いた像になるし、説明形式の不偏性は社会学の基本である。
重要なのは、楽観論と悲観論、どちらの記述の仕方も本当であり、ひとつの同じ社会を描いていることである。
つまり、二つの記述が矛盾して見えるのは、二つをつなぐリンクが、決定的に欠けていることを意味しているように思われる。
自由と管理を架橋し、二つの領域がどのように関係付けられるのか、従来とは違う新しい枠組みが必要であると感じる。
情報技術も含め、科学技術はあらゆることに対して価値中立的であると考える近代的モデルでは、もはや現状を語ることはできない。
STS界隈で最も参照されることが多いと思われる(?)社会学者ウルリッヒ・ベックは「リスク社会」という概念を提唱し、技術依存があまりにも進んだわれわれの社会では、技術者が価値中立的な情報提供を行い、それに基づいて市民が合理的な討議を行うというモデルは潰えたとした。
すでに述べたように、われわれは技術者ではなく、技術者の政治的選好の影響を免れ得ない。
(このような状況では、科学的な知が蓄積されてくれば、最終的にはひとつの説に収斂してくるであろうという、古典的な科学論の前提も通用しない!)
現に、情報技術に対する見方が、分裂をより大きくしているのがそれを物語っている。
情報技術の恩恵を享受する管理型権力には過剰がある。
抵抗や批判が起きている事実がそれを証明している。
ただ、その過剰がなんであるかを説明する決定的な概念がまだ存在しないだけなのだ。
"REMIX"では、この問題にレッシグなりの暫定的な答えを出していると言えるのではないか。
「創造性の阻害」というのは『コモンズ』でも言っていたことだけれども、「誰もがダウンロード→マッシュアップ(REMIX)→アップロードをするようになる」ことがよりリアルになった現在、「子供たちの世代の文化を台無しにしてしまう」という言説はきわめて強い説得力を帯びているように感じる。
現実を見て、それでも完全なコントロールを目指すことを費用対効果で考えるとそれはもはやナンセンス。
新たなアーキテクチャの"code"に従い、社会制度を、市場を、そして私たち自身を"re:code"していくことが必要なのだというレッシグの論には多くの人が賛同するはず。
もはや芸術や文化の創造性を維持するうえでも、工学的な知見に基づいてルールを決めていくことが大切になってくるということ。
そんでなんつってもレッシグの文章が実に明快で鮮やかなのですよ。
イカツイ文体かと思っていたけども、意外に読みやすい!
彼の原文を読むのは初めてだったのですが、こんなにエンターテイメンとした書き手だったとは。
最新の実例やレッシグ自身の体験ベースでの話もふんだんに盛り込まれとても興味深く読める。
プロ・コモンズの論客としては既に代表的な存在になったが、この本は入門編としても最適かもしれない。
で、「ええ買い物したなー」とか思っていたのですが、、
帰国したら、邦訳が出てました(笑

なんじゃそらーー
仕事早いな。
でも発売日2月27日になってるから本当にわしがstatesにいる間に出たんだな。
しかし"REMIX"のノリから考えて一般の読者向けに書かれた本だと思うので、こんなゴツい装丁じゃなくて是非新書判で出して欲しかったような。
(*追記3/4:本屋で実物見たら非ハードカバーで、そんなにゴツくはなかったです。
ただ、デカくて厚い。なんでレッシグの本の邦訳は普通より大きい版になるんだろ。。原著は割と薄くてカッルイPBですよ。twitterで明らかなように、日本語は英語より少ない文字数で多くの情報量を伝達できるはずなのですがねー。まあ活字が大きくならざるを得ないからか。非アルファベット文化圏のディスアドバンテージ....or アドバンテージ)
とにかくオヌヌメなんでコモンズとか知的財産権とかそういう話題に興味がある方は是非読んでみてくださいよ。
英語でも日本語でも
ちょっと熱くなって長くなった読書感想文でした。
+_+hope to read this post in Korean kkk
返信削除