5ゲームも投げたから筋肉痛くるだろーなと思ってたけど、
なんか腕じゃなくて尻がずっと痛い。
ケツ筋鍛えんといけんわ。
しばらく変な歩き方してても華麗にスルーしてください。
ところで、
ラウンドワンのボウリング場でふと気づいたのが、ボウリングの球には右利き用と左利き用があるということ。(関係ないが、左利きボウラーの投球はオイルの減りが少ないレーンの左側を転がす軌道を通るため、右利きに比べ若干有利だという)
だが左利き用のバリエーションは右利きに比べ非常に少なく、これではしっくりこない球で妥協する人も多いんだろうな。と思ってしまった。
もちろんマイボール持参の人はそんなこと関係ないわけだが。
ちなみに月曜に参加された方は全員右投げボウラーでした。
そもそも世の中には左利きの人はどれほどいるのだろうか。
もちろん正確にはわからないが、およそ人口の7~15%だといわれている。
幅がありすぎる数字だが、それにしてもこのパーセンテージ、このブログをご覧の皆さん(特にわしのような完全右利き人間)の予想よりかなり大きいのではなかろうか。
おそらくこの7~15%というのは「左利きに生まれつく」ことの確率であって、実生活ではさまざまな事情から生来の「レフティ性」を(部分的にせよ)放棄せざるを得なかった人が相当数に上るのだと思う。
そこで、とりあえずこの世界の生まれつきレフティ率を約10%と仮定してみよう。
日本の人口は現在1億3000万弱と言われる。
ということは、10%なら1300万人弱。
ちょうど東京都の人口と同じくらいである。
では「レフティ」という集団に「東京都民」に匹敵するプレゼンスがあるか?
あるいは創価学会と比べてみてもいいだろう。
会員数(日本の)は、公称で1000万人。
もっとも、外部機関の調査では400万人らしいのだが。。
この(公称)1000万人の団体が持つパワーを考えたことがあるだろうか?
青と黄色と赤の旗を掲げる施設を日本各地に建て、創価幼稚園から創価大学までの教育機関を有し、出版社を三つ(聖教新聞社、第三文明社、潮出版社)も抱え、なんといっても支持政党の公明党をして長年にわたり連立内閣の一端を担わしめていたのだ。
また、創価学会の会員であるハービー・ハンコックは日蓮上人のお告げでジャムセッションでも定番の名曲「Chameleon」を作ったという(説がある)から、ジャズ系のわしらとも決して無縁ではなかろ。
こんな日本最強の宗教団体の(公称)会員数よりも多いかもしれない、日本の(潜在的)左利き人口。
それなのに、レフティ会館もレフティ大学もレフティ出版社もレフティ党も、その存在を聞いたことがない。
ラウンドワンの左利き用ボールの数だって絶対に全体の5%もなかった(と思う)!!
左利きピープルよ。君たちには団結力が足りない!
これは上京区在住の左利きドラマー阿久津ワタルにきいたことなのだが、世の中のいろいろなものが右利き向けに作られているために、左利きの人々には慢性的なストレスがたまり、平均寿命が全体の平均より約10年も短いという調査結果があるらしい(!!)
もののデザインを考える時に、使用者の要請が考慮されるのは当たり前だ。
そこからさらにさかのぼって、技術の進歩は直線的に起こるのではなく、関連する社会グループにおける需要との相互作用で、複数の進化の可能性の中から方向性が絞られていくプロセスを経る(ノンリニアモデル)という事実が、昨今のイノベーション論で注目を浴びている。
技術史で有名な例としてはピンチとバイカーによる自転車の発展史の研究がある。
昔のチャリはこんな形だった。
前輪が大きいのはその方がスピードが出ると考えられていたからである。
チェーンはなく、ペダルは前輪に固定式。その方がスピードが出ると考えられていたからである。
そしてゴムタイヤもなかった。その方がスピードが出ると考えられていたからである。
このデザインは極めて安定性に欠け、アスファルト舗装もない時代にゴムタイヤなしとは、乗り心地も最悪であっただろう。
そう。当時のチャリはスポーツ好きのヤンチャな紳士が危険を顧みず高速で乗りこなしてカッコつける、非常に中二度の高い乗り物だったのだ。
しかし長いスカートを履いた婦人たちにとっては、このデザインは非常に不便なものだった。
そこで安全性と利便性の観点から、(中二的満足度は下がるが)前後輪のサイズをそろえ、ゴムタイヤを装着した現在のチャリの仕様に近いものが開発された。
最初、野郎どもは構わず前輪がでかい中二仕様に乗り続けていたのだが。。。
実はタイヤがついてて前後輪同じサイズのやつのほうがスピードも速いということが判明した。
「女性」という社会グループが工業製品のデザインを転換させ(イノベーションを起こし)たのだ。
しかしどうも「レフティ」には昔からそういう影響力はないみたいで。
フランス革命後、全欧州を巻き込んだ合理化大変革の中で、工業製品に用いられるねじやボルトといった共通部品がついに規格化され、現在イメージされるようなスタイルでの工業製品の大量生産が始まったのはやっと19世紀に入ってから。
このとき大量生産されたのはなんだったと思われるだろうか。
最初のエンジニアといわれるレオナルド・ダ・ヴィンチも、ピンの科学者として駆け出しのころは武器職人としての腕をウリにしていたのだし、第二次世界大戦時のドイツ軍のV2ロケットと現在の宇宙技術、マンハッタン計画と原子力エネルギー利用の関係からも明らかなように・・・・・・・・・
軍事技術はサイエンス&テクノロジーの進歩をつねにイニシエイトしてきている!
(ちなみに軍事技術とはMilitary Engineeringの和訳で、対義語はCivil Engineering。日本語にすると土木技術)
そう、最初に単一規格で大量生産された工業製品は銃だったのである。
んー何とも悲しき人間の性(さが)。
で、これが全部右利き用だった。
ちなみにわしはまったくもって銃器マニアではない。
知っている銃と言っても有名どころばかり。
ロシアのAK47(カラシニコフ)にイスラエルのウージ、スウェーデン原産のTec-9、アメリカ製のMac-10とM16(エムアイシックスではなくエムジュウロク)。
エムアイシックスと言えば、007ことジェイムズ・ボンドが愛用するのはイタリー製ベレッタとドイツ製ワルサー(ヴァルター)PPKだったっけ。
以上である。
しかし今年成人する我が弟は戦争映画や戦争ゲームがこの上なく好きで、テッポーをこよなく愛しており、モデルガン収集を趣味とし、月刊雑誌『GUN』を愛読しているファロス主義者だ。
以下の記述は彼が先日語ったテッポーうんちくに大いに依拠している。
あしからず。
そもそもの話、「銃に右利き左利き関係あんの?」という方もおられるだろう。
多くの銃に共通する発砲の基本的仕組みは、引き金を引くと薬莢に込められた火薬を撃鉄がストライクし、その衝撃による爆発で弾丸が発射される、というものだ。
問題は、弾丸が放たれた後の排莢(用済みとなった薬莢を銃内部から排出する自動作業)である。
たいていの銃は「射撃者=右利き」という前提のもと、本人の邪魔にならないよう、右方向へ排莢することになっている。
これは銃の大量生産が始まった件の時代に行われていた設計の名残である。
その銃を左手で撃ったらどうなるか。
うまくいっても排出された薬莢が自分の目の前をビュンビュン通り過ぎることになるし、ヘタをすると薬莢がテメエの顔を直撃するのだ!
弟者によれば、世の中には左利き対応の銃も存在するらしい。
排莢口が左右両方に備えられており、どちらにも切り替え可能なもの。
あるいは、排莢口が真下を向いているもの。
後者の場合、これはこれで股間を直撃しないかと心配だが、少なくとも左右平等ではある。
だが、銃器メイカー「レミントン社」のホムペにある
長年の間、銃器会社は左利きを疎外してきた。しかし我々レミントンは違います。
という文を読むと…やはりレフティ対応の銃は少ないのではなかろうか。
(ちなみにこのサイトは、謳い文句がいろいろと道義的に突っ込みどころ満載で暗澹たる気持ちになれるのでオヌヌメ。これがアメリカか・・・)
がんばれよ。左利き人間たち!!
とはいうものの。
それもこれも右利き人間の無関心と無理解から来るのかもしれない。
すでに書いたように、わし自身は右利き。
このままでは左利きピーポーの苦労なぞは実感できそうもない。
とはいえ、せっかく防衛したコイルマティック杯ではあるし(ちなみに用意していた賞品のワインとトロフィーは自転車のかごに入れてたら盗まれちゃいました><)、次回から素直に左利きボールでボウリングするわけにもいかない。
ここは妥協案として、左利き用ベースを買って練習することにする。
ボーリングとは全然関係ないけど話しが広がってちゃんと戻ってこれてるのすごいね。
返信削除にしても、かわちゃんもマーカスもコイルマティック杯の記事のテンションが異様に高くてうけた。
普通にめちゃ笑った。
こんなことでめちゃ笑ってるあなたのテンションこそ異様に高いのですよ、Pさん。
返信削除誰かさんの機嫌が悪いみたい。。
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