2014年4月24日木曜日

生存確認&読書の記録

誰も読んじゃいない僻地ブログではあるけれど、最近は著者の家がインターネットに接続していない関係でいっちょまえに更新が滞っていました。

4月は工事繁忙期であることは予想できたのに、諸々の手続きをサボっていたため、3週間あまりのネット空白期間を作ってしまいました-_- 同居人たちにも迷惑をかけたと反省している。
とにかくやっとインターネト開通した&CATVと念願の衛星放送も見れるようになった。
NBAのプレーオフがはじまったところなのでちょうど良い!そしてdlifeではホームランドのシーズン2とかグレイスランドとかおもろいドラマやっとるんよなー
ベタに寝不足になりそう。


空白期間に起こった主な出来事は以下のとおり。

・科研費の申請が通ったった→このエントリで書いていた件
・論文(English)を投稿したった→刊行が待ち切れねーわ
・弟が編集しているミニコミ誌に原稿を提供した。こっちもそれなりにリキ入れて書いた。たぶんだけど媒体全体のユルいノリを破壊する生堅い感じになったのではないか。良い経験になった。
・自分企画で22人くらい集めてBBQコンパやった。お台場で。今は再び、人見知りを克服したという自信がついているw しかし調子に乗っていたら、ヘラヘラしすぎ羽を伸ばしすぎだと、その場にいた同居人の彼女に説教されてしまいなんか嗚呼
・最近、週末の趣味といえばSNOWBOARD(スノゥボォァード)な感じでスノボ君になってたけど、ホソボソとやっていたしがないアマチュア音楽活動を再開した。→5月18日に池袋のルミネで演奏することに。今回シンガーの都合がつかなかったのでインストで。
・半年以上ぶりにJINO JAMのライブに行った。マサさんとdsの坂東君とトリオでBright Size Lifeやったり、客席にいたフライドプライドのshihoが飛び入りしてSmileをセッションしたりしてたのもよかったが、なによりGap BandのYearning for Your Loveのカバーきけたのがよかったわァァーーこれわ自分の結婚式で演奏したい曲No.1!w





また以下、空白期間中の読書の記録です。



下北沢ドラマで100円だった本で、千原ジュニアが芸人として大成しバイクで事故るまでの期間について記した自叙伝。
下積み時代のジュニアさんを取り巻いていた「すべらない人たち」って感じでおもろい。さっくり読めます。




下北沢ドラマで100円だった本その2。リリーさんは雰囲気があってずっと大好きなタレントなのだが、名著と巷で言われているこの本は読んだことなかったです。リリーさんの人生とにかくむちゃくちゃやなーwって感じ。若いうちはあれくらい無茶したほうが年とってからリリーさんみたいなバイブス出せるようになるんだろうか。もちろん生まれ持ったセンスとか、オカンに愛情を注がれることで育まれた人間としての懐の深さとかあるんだろうけど、この破天荒さ加減でも最終的に人生どうにかなってるからすごい。。ていうか運の良さがすごい(これはリリーさんもこの本で認めてる)。やっぱすべて、とはいわないまでも多くの部分が運だよねー人生は。千原ジュニアの本でも思ったけど。大物って”引き”的なものが神がかっていると思う。で、自分の大成が引きの強さに大きく依存してることを理解してるから謙虚だし身内にも優しいんよね。この辺の意識が学歴エリートにまで浸透してるのがアメリカ社会なんじゃないだろうか?話が大きくなったけどさ。
とにかくベストセラーなので話のネタ、というか一般教養として読んでよかったと思うし、愛や家族についてのリリーさんの考え方には共感する部分も大きかった。



ずっと積読だった。
ガールズカルチャーについてもたまに触れている当ブログとしては独立してエントリ立てて感想を書くべき類の本かもしれないけど、あんまおもんなかったからまあここでえーやw
内容は雑誌とかでもよくある女子のライフスタイル(特に働いている若い女性を×office lady(画一的呼称)→○Odessey Lady(多様性の承認)と名づけ、21世紀頃から発生しつつある、彼女らにとっての多元的ユートピアについて記述)をいくつかのタイプへの類型化し、それぞれのグループの消費傾向の分析をやるという典型的ラベリング本である。ちょっと古いというのもあるし、あまり新しい視点が提供されてないとも思ったが、資料的価値はあると思う。
広告会社が作ったマーケ本のクオリティとしては少なくとも、『パギャル消費』よりは良かったかな、とは思う。



ごつい本だったー
世界各地の政治史レビューを通じて、いま国とか政体として認識されているもののルーツを探りましょうという壮大な企画である。
米国の政治学者として、国家というものをウェストファリア条約以降の国民国家モデルでしかとらえていなかったという再帰的な反省もあるのだろうが、中国とかインドに目を向けているのは面白い。
しかししかし、歴史の終わり論がさんざんディスられまくった福山さんだけに、オイラなどはついつい穿って読んでしまう(笑)。どんなページの内容も西欧中心史観的に見えてしまうのが悲しいところ。結局、アジア・アフリカ的なところに目配りしているようでいて、それも西欧近代の国民国家からの差分でしか語っていないというかね。
まあ福山さんも、21世紀になって10年以上経って、文明とか国家とか、世界中の政治のすべてを西欧由来のそういった概念や尺度で測って、違う文化圏との思想的な対立を「衝突」(・・・は、ハンティントンのほうか。)として語ってしまうのがそもそも間違ってましたー。。。。と認めているのはわかる。そもそも歴史的な成り立ちが違うんだから、いま同じ「国」というカテゴリで解釈できる政体そのものが限定的だというね。この謙虚な知的態度には敬意を表さねばなるまい(誰


弟者(コイソ)がいろんなミニコミ誌やブログなどに書いていた文章をまとめた自費出版本。日常の記録が中心なのだが、一部はすべらない話のようになっていて笑える。
弟とは東京に来てしばらく一緒に住んでいたのでその時期の話が出てくると当時を思い出したりしてなんか嗚呼




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