2013年7月20日土曜日

【Daizawa Love Institute】リスト思考について

好きな人の条件を30個あげると結婚できるときいた。




「こいつとはずっと一緒にいたってもいい」

と思える、パートナーに求める条件をわりと厳しめに決めておくことで、満足できない相手と満足できない関係に陥るのを回避し、結婚までのコスト(時間的・精神的)を最小化しようという戦略らしい。




恋愛において「若さ」に対して異様なまでに大きな価値が置かれる日本では、若さが失われればずっと結婚できない可能性が高まる。そして若さは一度失われれば二度と取り戻すことはできない。したがって、特に出産適齢期との兼ね合いもある女性たちは結婚を急ぐ傾向にある。
私と同年代の女性たちも、このところ結婚適齢期を迎えている。結婚していく者もあれば、単身者は恋愛/結婚市場において現役プレイヤーとして活動できる残された時間を計算し、パートナー探しを焦りはじめている。
いっぽうで私はまだまだ恋に恋していたいセカンド童貞真っただ中であり、どんどん現実的になっていく女子とは温度差が拡がりつつある。DLIとして、彼女を作るという形でのアウトプットは、もうできそうにない)


いずれにせよ、これから失敗できる回数に余裕がないアラサーにとって、効率よくパートナーを選定することは至上命題なのだ。


条件というのは例えば、

・よく笑う
・怒鳴らない
・煙草を吸わない
・年収1000万円以上
・長男ではない

といったヤツだ。
もちろん、こんなにありがちじゃなくてもいいけど。

で、こういう話になると必ず、言語哲学でいうところの確定記述の束と固有名に宿る剰余、あるいは社会学でいう機能主義と親密圏みたいな議論になってしまう。俗にいう商社マンでイケメンなら誰でもいいのか問題である。
だから、「恋愛は結局フィーリング♪パートナーに求める条件みたいな話は、飲み会でのネタ程度にしかならんじゃろ」という結論を、われわれは往々にしてだしがちだ。

ただ、30個というのは膨大なリストなので、すべての条件を満たす人を見つけることは簡単ではないし、すべてではないにせよ、条件に多く適合する人物を選んでいけば候補は必然的にかなり絞り込まれるため、近似的に「商社マンでイケメンだとしても、誰でもいいわけではナイ」を実現できる。
ということでこの30個という数の多さが、リスト化戦略の有効性の鍵であるといえそうだ。

もちろん、仮に30個の条件をすべて満たす人物が本当に現れたとしても、条件リストは、その人の個性を表現しきってはいないだろうし、世界のどこかには30個の条件を満たす人物が2人以上いたとしてもおかしくはない。
しかし例えば、30個の中でも重視する条件とそうでもない条件によって重みづけを変えて採点し、気になる異性について定量的にかつ多角的に評価する、というような使い方もできるかもしれない。


しかしここでDLIとして提言したいのは、パートナーに求める条件のリスト化による逆説的な効果だ。

例えば、
・よく笑う
・怒鳴らない
・煙草を吸わない
・年収1000万円以上
・長男ではない
という要件を含めていたとしよう(わかりやすくここでは五箇条にしている)。

そんなあなたの目の前に、
・めったに笑わない
・怒鳴る
・ヘビースモーカー
・年収200万円
・長男
という男が現れたとする。

条件リストに合致していない項目があるので、本来ならパートナー候補から弾かれそうなものだが、それでも何らかの理由で、例えばわかりやすくそいつがハンパじゃない床上手だったとして、否応なく惹かれてしまったと仮定しよう。

そのときあなたは、自分で決めた条件を満たしていないにも関わらず、そのハンデを乗り越えてもなお、自分を惹きつけてくる彼に、より強く惹かれるのではないだろうか。
(あれ・・・こんなヤツ・・・一番きらいなタイプなのに・・・・・・でもなんで?気づくとあいつのことばかり考えてる・・・?!


恐らくこうした、理性的に決めた自分ルールと、生殖という動物的な本能の間にはミスマッチがあって、管理しようとすれば管理しようとするだけ、本能は制御不能になるのではないかと考えられる。

男女ともに精神的ストレスもダイレクトにホルモン分泌などに影響を与えていることが知られている。「こうしなければならない」とか、「こうじゃないとヤダ」といった制約が増えれば増えるほど、ややこしいことになっていくのだ。

つまり30個条件を挙げるというようなリスト化思考は、理性に基づいて個人的なルールを設定することで、それを超えようとする本能のはたらきを強める効果があるのではないか。
ハードルが高いほど燃える!ということだ。

付き合う相手についての自分ルール。
これを恋愛ハードルの第一形式と呼ぼう。

いっぽうで、ニューヨークの大停電の際、その停電中に恐怖を感じたカップルが性交渉をし、更に劇的に出生率が高くなった(明らかに停電中の性交渉で妊娠したと思われるベビーが後に一時期にまとまって生まれた)というから、本当に、ワイルドな動物的な本能を否定してはいけないと思う。
これはいわゆる吊り橋効果で、ふたりでストレスフルな状況を乗り越えるというハードルを共有することから、本能のはたらきが強まるパターンだ。
これを恋愛ハードルの第二形式と呼ぶ。

どこかセクシャルな分野というのは、野性的な要素に満ちていて、その欲求・要求から切り離せないので、それを考えたときに、ハードル設定の効果を侮るべきではない。


そして実は、個人的なルールを設定したり、吊り橋を一緒に渡ったりしなくても、世の中には恋愛関係になるうえで乗り越えるべきハードルが満ち満ちている。

恋愛ハードルの第三形式は、社会的に共有されたタブーだ。
次回はこれについて考察する。


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