週末はSTS学会で京都だった。
自分の発表もだが、学会ではほかの人の発表や討論に刺激を受けることが多い。
みんなやっぱすげぇ。
ほかのジャンルの大学の先生や学会などにもちょこちょこと縁がある今日このごろだが、
なんかSTSの人らって、どういうわけか皆が皆数倍賢くキレキレに見えちゃうんだよな。
(もちろん自分がexpertiseをそこそこ評価できるというジャンルであることの裏返しでもあるが)
シニアの先生たちも、若手副編集長クラスの人らも、就職したてみたいな人たちも・・・
みんなこの領域や学会のありかた、公共政策との関係、科学者コミュニティとの関係をしっかり考えてて、世の中に役立とうとしていて、なにより行動していて、すごいわ(もちろん個人レベルで意識のずれはあるだろが)。
ガッキーも。ガッキーのことは、今回あらためて見直したかもしれん。
合同WSでの発言が群を抜いてすごかった。彼女がここまで影響力ある理由が分かった気がした。
ある意味凹むわぁ〜〜
なんか、まだまだだわ。自分なんて。
311以降の原発の話で鼻息荒くなっていたのはもちろん科学論コミュニティだけじゃないけど、知識生産共同体としてちゃんと対応できなかった、役立てなかったということへの反省から生じた再帰的な問いがいまこの業界にでかい渦を巻いている。
やはり科学と政策/社会を繋ぐ公共空間の創出という使命への自負が、強いんだな。
「科学者の社会的責任」云々を語るSTSersならば、研究者としてもやはりそうした実践に関わることは求められるわけで。
ルーマンなんかも言ってるが、既存の権力コードに抗するうえでは、どんなに巧みに組み立てられたオルタナティブな言説も、新しい完成された構造を明示できない限りにおいて、イデオロギーに留まらざるを得ない。
いわゆるオベンキョウばっかやってても、ダメなんだよな。
また、シンクタンク系の仕事で官庁とか行きたいとかおもたよ。
そしてやっぱ、もっともっと科学者たちと語っていきたい。
去年柏で古気候のシミュレーションやってる先生にインタビュー行ったのが懐かしい。
そうしたコミュニケーションを積み重ねることで、科学と社会の境界に立つことの肌感覚を少しずつ磨いていきたいわ。
ああ。。なんか今の自分アツいわ。あとで読んだらきっとまあまあハズいわ。
学部時代の指導教官の先生にも会いまして、激励の言葉もかけてもらいまして。
そういうのも、良かったな。あの先生はまじ教育精神ある。
がんばろ。ほいほいほい
そいで、昔の仲間たちとの飲み会的なやつもくそ楽しかったわ。
最初はまったく期待してなかった規模とクオリティのメンツ揃っとったわ。
まあもともともう少しこぢんまりやるつもりだったけど、まあこれはこれでよかった。
飲み会というものが何かを知ったころから無数の杯を交わしてきたわけじゃけぇね、そういう人らと飲んでまあ楽しくないわけないわ。
なんか学部のころ、飲み会つーかコンパみたいなのが、過去とか未来とかもうそういうあらゆる物語性を排して楽し過ぎて、伝説的な飲み会が毎週のように生まれていた時代のことを少し思い出した。
ノエシス的主体の回復としての飲み会、みたいなね。それは意味わからんか。
とにかくすごいありがと。また、やりたいっす。
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