2011年9月26日月曜日

back on the road.

東京に戻ってきた。

京都ライフはなんとか生きのびれたし、なんやかや楽しかった気もする。
同志社で開催された学会で大学院の知り合いが京都に来ていて、みんなで京都の街を遊んだのもとても新鮮だったし、もちろん何人かのマイ京都ピープルとも会えた。ザコとかで
文化財防災国際研修では、専門家というもののありかたをいつも考えさせられる。
彼らは熱意と知識、そしてそれを社会において活かす技術をもっている。
困難を抱えつつ、集合的にすこしずつ世の中を良くしていっている。
浅薄なテクノクラシー礼賛をするつもりはないが、今日のポストフォーディズム的労働過程において、すべての労働者は思考する存在として生産に参加している。
その最たる典型例が、特殊な教育と経験を積んだ所謂専門家だ。
彼らはまさに、多数的なマルチチュードを特徴づける存在であり、現代の生産にとっての基礎となっている。
職務の分節化は、もはや客観的な基準に対応してはおらず、むしろ明確な形で、個人の自由意志に基づき、可逆的でうつろいやすいものになっている。
それに伴い、現代における公共性は、労働における主従関係に対応する言説空間でのヒエラルキーの無統制な拡散へと姿を変えているように思う。
つまり誰もが専門家にならなくては、成功し得ないし、労働による精神的充足を得られないという社会全体の思い込みが生起しているのではないか。
だからこそ私は何となく漠然と、どのような専門性を得たいのかはっきりともしないまま、労働市場における代え難い存在になりたいという願望を抱えているのではないか。

帝国は来た。マルチチュードの流動性に与することが、よりよく生きる戦略であると信じている。
したがって自分もいつかは、専門性を得ていくような仕事につきたいと思っているので、エキスパートたちを見ていると、刺激になると同時に、早く一人前になりたいと焦る。
でもそれを彼らに打ち明けると帰ってくるのは、みんなそういう時期を経験しているので・・・といういつものinsightfulな答えだ。
学部生の時分にこれを体験するのはよかったが、進路選択や修論を控えたこの時期にはもはや雑音でしかないかな。
とにかく5年間、やりきれてよかったと思うことにしよう。来年は日本にいないはずだから、やらないはず笑
今年はキビシかったが、総じて損はなかったと思う。
直属のボスには大学院出願用の推薦書も書いてもらったし、某国際機関でのフェローシップの話ももらっている。




そして今日は梓さんがパキに再び行ってしまう日だた。
最近はこっちもハードモードが続いていたし、マルチタスク状況から逃れてもこれからしばらく続く正念場を思うとメンタル的に大変きつかったため、いろいろ甘えてしまって申し訳ない。
向こうもとても仕事が大変そうで、受けとめる余裕もそんなになさそうなのに。
昨日は出発前日だというのにしょうもないことで揉めて機嫌と空気悪くしてしまい、禿げしく自己嫌悪だ。

私は来年からの進路も当分定まらない身分で、精神的にも経済的にも安定性がない(両者は強く相関している)。
これだけはほんと辛いなー
研究職死亡は、ファルスの位置と方向が定まらない時期が長いよ。

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